名古屋グランパス所属の26歳。大卒プロ入り4年目。現役日本代表――。

 そんな肩書のプロサッカー選手が、現役引退後のセカンドキャリアについて興味を持っていると聞くと、多くの人はちょっと意外な印象を受けるのではないだろうか。

 今がアスリートとして一番充実している時なんだし、それを考えるのはもっと先でもいいんじゃないの、と。

「でも、僕はどっちも好きなんですよね。サッカーも好きだし、そういうことを考えるのも好きなので、僕からしたら好きなことを考えてるだけ。サッカー選手って、暇な時によくYouTubeとか、Instagramとかを見てるんですけど、彼らはそれが楽しいから見てる。僕がセカンドキャリアのことを考えてるのは、それと同じ感覚です」

 そう語るのは、現役Jリーガーの森下龍矢である。


名古屋グランパスで活躍する日本代表の森下龍矢。photo by Sueishi Naoyoshi

 身長168cmと小柄な体格ながら、卓越したスプリント能力を生かして上下動を繰り返し、左右両サイドのサイドバック、あるいはウイングバックをこなす、今まさに売り出し中の選手だ。

 Jリーグではつらつとしたプレーを見せる俊英は、2023年6月に初めて日本代表にも選出され、年明け早々の2024年1月1日に行なわれるタイとの親善試合のメンバーにも名を連ねている。

 そんな森下が今季のJリーグ終了直後、「ゆくゆくは自分のサッカーでの経験を社会に還元できるような、言葉にできるような、そんな活動をしたいなと思って」参加していたのが、『アスリートキャリアデザインセミナー』。現役アスリートを対象に、現役時代に行なっておくべきことや、今後のキャリアデザインの在り方について学んでおこうという、いわば"セカンドキャリア勉強会"である。

 数週間後には日本代表戦を控えている現役サッカー選手が、セカンドキャリアのセミナーに参加するというのは、何とも不釣り合いな感じもするが、当の本人はそんな見方を否定する。

「サッカー人生に幕を下ろさなきゃいけなくなった時に何もできないのって嫌だよねっていうネガティブなセカンドキャリアじゃなくて、現役中であっても何かやりたいことをいっぱい見つけて、いろんなことにトライしてみる。やりたいことが100個あったら、(全部トライしてみれば、本当にやりたいことや続けたいことが)3つくらいは見つかると思うので、それを現役中に育てていく、みたいな感じです。

 そのうえで、『もうサッカーはやりきったな』となった時に、『ちょっと次を楽しんできます』くらいにポジティブなほうが気持ちいいなと思いますけどね」

 サッカーができなくなかったからやるのではなく、それをやりたいからやる――。

 その前向きな発想は、プロアスリートとなった今に始まったことではなく、明治大学在学中にさかのぼると森下は言う。

「大学3年生の時ですね。プロ(Jクラブ)の練習参加に行った時に、しっかりやっている人もいれば、そうじゃない人もいるっていうなかで、本当にこれが正しい道なのかなって、何かそういうのをすごく感じた瞬間があって......」

 ひと口にJクラブと言っても千差万別。高いプロ意識が浸透しているクラブもあれば、そうでないクラブもあるだろう。

 実際、森下と仲がよかったサッカー部の先輩のなかには、「本当に(Jリーグの)第一線で活躍する可能性がある選手でも、サッカーじゃなくて就活(一般企業への就職)を選ぶ人もいた」といい、森下自身もそれをきっかけに損害保険会社に就職活動をしたという。

 森下が続ける。

「J2やJ3で(サッカーが)できるっていうオファーをもらっても、それでも(一般企業に)就職して自分は社会で活躍したいんだっていう(先輩の)意志を感じ、僕も正しい道をしっかり自分で選びたいなと思いました」

 現在の森下の思考が、「大学時代にそういう先輩たちのカッコよさに触れることができた」ことが大きく影響しているのは間違いない。盲目的にサッカーがすべてだとは考えず、常に視野を広く持ってきたからこそ、彼は現在の地位までたどり着くことができたのだろう。

 もちろん、セカンドキャリアを考えている=サッカーと真剣に向き合っていない、ということではない。

 実際、森下は「常々言っていることだが、海外志向はある」と話し、海外移籍の意思があることも隠そうとしないが、それはサッカー選手として貪欲に高みを目指しているがゆえのことだ。

「点を決めた瞬間とか、相手を打ち負かした瞬間とかに、僕は何とも言えないエモーショナルな気持ちになるんです。あとで(自分のゴールシーンの)映像を見て、『オレ、こんなシュートを打ってたんだ』みたいになることがよくあるんですけど、そうやって記憶がなくなるぐらいのエモーションをサッカーには求め続けています」

 アスリートのセカンドキャリア――。その言葉には、競技を続けられなくなった時のための保険であるかのような、どこかネガティブな響きがある。

 だが、現役中にセカンドキャリアを考えることは、決して悪いことではなく、森下の表現を繰り返せば、「暇な時にYouTubeやInstagramを見るのと同じ」ことなのだ。

 事実、森下は楽しげに自身の未来について話しながら、まもなく日本代表の一員として元日の国際試合に臨もうとしている。「日本代表に(大学時代に)就活してた選手なんていないでしょうね」と笑う森下は、どこか誇らしげでもある。

 彼のような選手が増えることが、セカンドキャリアの概念を変えるはず。ひいてはアスリートの価値を高めてくれるはずである。