女子ボートレーサー

内山七海 インタビュー後編

(中編:養成所の「劣等生」だった内山に、現役ボートレーサーが喝「そんな奴の舟券を誰が買うんだ」>>)


デビュー後の苦労や目標を語った内山七海 photo by 栗山秀作

【1号艇で感じるプレッシャー】

 今年の10月半ばのレース。内山七海はボートレース平和島に初斡旋となったこのシリーズで、初日から連勝を飾ったものの2日目の第二走で転覆し、翌日のレースは6位。それ以降も精細を欠いた。4日目の9Rは1枠という好条件も、スタートで大きく出遅れて5位に終わる。

 レースを終えた内山は下を向いてインタビュースペースに現れた。思ったような結果が出なかった直後のレーサーは、記者からの質問をスルーしようとすることも多い。じっと内山を見ていると目が合った。覚悟を決めたように立ち止まる。不甲斐ない結果に、少しぶっきらぼうな口調だった。

「1枠が得意じゃないんですよね」

 内山の1コースからの3連対率は50.0%。これは3着以内、つまり舟券の対象になったかどうかを表す数字である。

 参考として、2022年3月に女性ボートレーサーとして史上初のSG(最高クラスの大会)優勝を果たした遠藤エミは86%。1コースからスタートしたレースで100回中86回3着以内に入ったということだ。ちなみに、遠藤は2コースが77%、3コースだと53%と、外に行くにしたがって数字は下がる。これは1号艇から6号艇まで同時にスタートするボートレースという競技で、外枠が圧倒的に不利であることを裏付けている。

 だが、内山は1コースの3連対率が50%で2コースが61.5%、3コースが46.2%。この数字も1枠の苦手さを物語っている。だが、トップレーサーのひとりである平高奈菜の3コースからの3連対率は38.5%だから、内山の数字が一流レーサーに引けを取らないこともわかる。もちろん、出場するレースのレベルもあるから一概には言えないのだが(平高の1コースからの3連対率は84%)。

 1コースは最内枠で、単純に考えたら走る距離は一番短い。その分、ターンする余地が少なく、ヘアピンカーブのような旋回を余儀なくされる。だから1コースの選手はスタートと同時に、外に開いてターンをしやすくする。だが、横に2号艇がいるから簡単に外にはいかせてくれない。ここでも大事なのはスタートだ。

「スタートの直後に思いきり行けないから、切りしろ(ターンできる幅)を狭くしちゃうんです」

 最もインコースにいるため、左右に自由に動けない。一番有利だと思われている1枠の難しさはここにある。そして、1号艇というプレッシャーにも苛まれる。

「1号艇は『舟券にからんで当たり前』だと思われています。そのプレッシャーに負けそうになるときもあります」

 1コースから舟券に絡めなかった時は、ゴールしてからも顔を上げることができない。滅多に観客の声が聞こえるわけではないが、不甲斐ないレースの直後に、舟券を買ってくれたファンと合わせる顔がないからだ。

【一流レーサーの「勤勉さ」に驚き】

 そんな内山もデビュー3年目を迎えた。それまでの2年間は「何をやっても勝てる気がしなかった」というが、目標とすべき先輩たちの背中を追いかけ続けた。ライバルではあるが、尊敬する先輩もたくさんいた。

 平山智加との出会いは、内山の人生を変えたと言ってもいい。2児の母でもある平山は日本を代表する女子レーサーのひとりである。

内山は同じ斡旋の際に、勇気を出して話しかけたところ、調整方法や旋回に関する質問にも気さくに答えてくれたという。驚いたのは、その勤勉さだ。

「たとえばレース場ごとに、その時の天気や条件とかを全部記録しているんです。それを見返して、『この時期はこうだから、今はこうなる』という判断をしている。知識と経験、それを続ける継続力。そして常にレースのことを考えていることに驚きました」

 一流レーサーが一流たる理由を目の当たりにし、内山は奮い立った。

「平山さんに勝てるところが本当にひとつもなかったんです。そこで『下手くそなんだから、もっと頑張らないと』って思えた。あとは、同じ失敗を何度も繰り返しちゃダメだなって。どうせするなら新しいミスのほうがいい。私は失敗から学ぶので」

 今年6月の女子戦からだんだんと成績が上がってきた。大きな理由は苦手だったスタートを克服できるようになっていったことだ。

 今期の内山の平均スタートは0.18。(平山のデビュー3年目は0.19。現在は0.16)。スタートが安定したことで、第一ターンマークの旋回時に慌てず、周囲を見回す余裕ができたのだろう。動体視力と間隙を見つけて飛び込む瞬発力こそ、大学時代にスポーツに打ち込んだ内山の強みが生かされる瞬間。差し、まくり差しで勝ちを掴むことが増えた。

【初の優勝が見えた日】

 7月にはレーサー人生で初めて優勝戦に手が届きかけた。

「早い段階で、エンジンの調子がよくなってきたので、これはいけるかもしれないと思ったんですけどね」

 ボートレースは数日間にわたってレースが開催され、最終日に成績優秀者による優勝戦が行なわれる。優勝戦前日に行なわれるのが、準優勝戦。ここで2位までに入れば、最終日の優勝戦に出られる。レース期間もモーターやプロペラの調整を続けるから、後半に向けて調子が上向きになることもある。

 準優勝戦の内山は4コースからの勝負だった。ファンにとっては数あるレースのひとつかもしれないが、内山にとっては人生を変える瞬間になるかもしれない大事なレースだ。

 4コースで引いて構えた内山と、他艇のスタートはほぼ同時。スタートで先行することは厳しい。そうなると、高速で旋回しながら、先行する船のインから差しを狙うしかない。

 1号艇の左、最内はどうしても間に合わない。すぐに2号艇と3号艇の間を狙おうとしたが、一瞬判断が遅れた。同じようにまくり差しを狙った3号艇にはばまれ、舳先を差し込むことは叶わなかった。前の2艇にブロックされる形で外に流された内山はそのまま5着でフィニッシュ。

「みんなが上手だったんです。もう少し早く判断をする必要があったけど、できませんでした」

 初めての優勝決定戦出場のチャンスを逃した時はさすがに落ち込んだ。

 優勝戦は賞金額が跳ね上がり、ボートレース最高峰のレース「グランプリ」の優勝戦で1着となれば1億1000万円もの賞金が手に入る。

 これは決して宝くじのような夢物語ではなく、内山が進む道の先にあるものなのだ。はるか遠くかもしれないが、着実に1歩ずつ近づいている。

 内山には他のレーサーに負けないものがある。それは、諦めの悪さだ、

「7回も試験を受けたなんて才能がないのかもしれないけど、それで元気をもらったと応援してくれる人もいるんです」

 常に応援してくれるファンもいる。内山が走ることで誰かに力を与えることができることをうれしく思う。同時に、もっと上に行くにはどうすればいいかもがき続けている。狙うはもちろん最高位のA1級だ。

 最後にレーサーという仕事の魅力を聞くと、端正な顔に力を込めた。

「自分の手で母を幸せにできることですね。それがボートレーサーを目指したきっかけだから」

【プロフィール】
 
◆内山七海(うちやま・ななみ)

1996年12月12日、福岡県北九州市生まれ。B1級。祖父は元ボートレーサーの橋本忠。ボートレーサー養成所の試験に7回目で合格。福岡支部の127期として2020年11月にボートレース若松でデビューし、2021年12月に初勝利を飾った。