短期連載:証言で綴る侍ジャパン世界一達成秘話(4)

 第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で栗山英樹監督率いる侍ジャパンは、2009年以来14年ぶり3度目の優勝を果たした。世界一の軌跡を選手、首脳陣たちの証言とともに振り返ってみたい。


WBCで2本の本塁打を放ち、侍ジャパンの世界一に貢献した岡本和真 photo by Getty Images

【ホームランを予感させた1本のファウル】

 負けても次があるWBC1次ラウンドを4戦全勝で勝ち抜いた日本代表は、負けたら終わりの戦いに突入した。その初戦、東京ドームで行なわれた準々決勝の相手はイタリア。試合を決めたのは日本の6番を打つ岡本和真の一発だった。

 1点を先制した3回、なおも二死一、二塁のチャンスで、岡本はイタリアの左腕、ジョセフ・ラソーラのスライダーに泳がされながらも、左手一本でレフトスタンドへ3ランホームランを放った。

「準々決勝の前まで、思うような結果は出ていなかったんですが(4試合で2安打、長打はゼロ)、調子がよくないなという悲観はしていませんでした。練習でセンター方向へ打球が伸びていく時というのは、調子がいい。あの期間は一貫してそういう打球が打てていたので、WBCの緊張感に慣れてどこかで一本が出てくれれば、いいふうになっていくんじゃないかと思っていたんです」

 ホームランを打つ直前、岡本は三塁線に強い当たりのファウルを打っている。それがホームランの呼び水になっていたのだという。

「WBCが始まってから、どうも左ピッチャーに対してのアプローチがよくなかったんです。僕はもともと右ピッチャーのほうが打ちやすいタイプなんですけど、それにしても左ピッチャーの外角から内側へ入ってくるボールに対していい感じで振れていなかった。それが、あのホームランを打つ直前の内側へ入ってくる変化球をポーンと打ったら、それが三塁側へのファウルになった。その時に『ああ、こういう感じか、これはいけるかも』というラクな気持ちになれたんです」

 岡本はその次の打席でも右中間へタイムリーとなるツーベースヒットを放って5打点を挙げ、お立ち台に上がった。

「準々決勝を前に、髪を切ったんです。日程を見たら、あのタイミングで切っておかないと行く時間がないなと思って......それは準々決勝で勝ってアメリカへ行くことが前提でしたから、もしかしたらあのタイミングで髪を切ったのがよかったのかもしれませんね(笑)」

【衝撃を受けた大谷翔平のバッティング】

 じつは岡本、このWBCを前に漫画『SLAM DUNK(スラムダンク)』(井上雄彦)にハマっていた。昨オフ、アニメを見て、漫画を全巻買い揃えて2月の宮崎合宿へ持ち込んだ。もちろん映画もWBCの前に観に行っている。

「(映画館入場者特典の)"安西先生タプタプステッカー"をもらえる最終日でしたね(笑)。でも湘北のジャージが売り切れで山王のTシャツの発売前日だったので、結局、何も買えませんでした。僕は桜木花道がめちゃめちゃ好きで、『SLAM DUNK』には、よし、頑張ろう、という気持ちにさせてもらいました。

 たとえば花道が『左手はそえるだけ』と言ってシュートの練習をするじゃないですか。僕も野球を始めた頃は素振りをめちゃくちゃやらされて、嫌で嫌で仕方なかった。どうせ振るなら素振りじゃなくて本物のボールを打ちたいって(苦笑)」

 プロになった今も、素振りは大事な練習として欠かさないという岡本には、独自のバロメーターがある。

「振りたいところがスッとイメージできて、そこに自然とバットが出る時にはボワーンと振れるという感覚があります。その感じが出たら本数に関係なく終わります。素振りのコツですか? 僕は素振りの時、右手に力を入れません。だからコツは『右手はそえるだけ』かな(笑)」

 WBCを戦っていた時、5年連続で30本以上のホームランを打っていた岡本(2023年も41本のホームランを打って、今は6年連続30本以上)だが、日本を代表するスラッガーの目に大谷翔平のバッティングはどう映ったのだろう。

「僕もナマで見るのは初めてでしたけど、えげつなかったですね。僕の打った感じだと外野フライになる角度の打球が、ホームランになる。弾道が"真上にライナー"なんです。あれは軸足の強さがあるからなんでしょうね。回転する時、ボールに力を伝えるまでの動きにムダがなく、100パーセントの力がボールに向かっていく。それって、やろうと思ってもなかなかできないんです。その精度と出力がメチャクチャ高いんで、だからあんなに飛ぶんだろうなと思いました。

 ムネ(村上宗隆)には衝撃だったでしょう。あのチームではムネが一番遠くまで飛ばしていたのに、それをはるかに超える飛距離でしたから......でもね、ムネとはこんな話もしたんですよ。同じ人間なんだから可能性はあるよねって。あきらめるとか、心折れるとか、そういうふうにはならなかった。『あきらめたらそこで試合終了』ですからね。そうしたら決勝でふたり揃ってホームランを打てました。同じチームで、同じ試合で、一緒にホームランを打てるのはひょっとしたらあれが最初で最後だったかもしれませんし、むちゃくちゃうれしかった......すべては"SLAM DUNK"に通ず、ですね(笑)」