東京はエリアが変われば、街の色が変わる。それぞれの街が特徴的なのは、住人の個性によって変化するからだ。

東カレが、街に住まう人々やレストランを徹底取材して、その個性をご紹介しよう。

今回は、「広尾」という街のスペックや成り立ち、そして広尾のいまを体現するレストランに注目!

東京の街の個性を徹底調査する連載「東京ご近所探訪」。過去にご紹介した街も、要チェック!


今月のエリア【広尾】


日比谷線の広尾駅を中心とした歴史ある高級住宅街「広尾」は、都会のエアポケットのようなエリアだ。

住所で言えば、渋谷区広尾2〜5丁目、恵比寿2丁目、港区南麻布3〜5丁目、白金5丁目あたりだが、大きな複合商業施設も大規模なタワーマンションもなく、どこか奥ゆかしく、それゆえ一見つかみどころがないようにも思える。


江戸から続くお屋敷街の“何もない”心地良さ

銭湯や鮮魚店など懐かしい風情が残る「広尾散歩通り」。「顔を合わせれば挨拶を交わす、下町的な交流も魅力の商店街です」と『レストラン オカダ』の岡田 宏オーナーシェフ


今回、多くの方に「広尾はどんな街ですか?」と訊ねたが、皆一様に「何もない街、ですかねぇ」と言うのである。

ある住民は「恵比寿と六本木という繁華街に挟まれているけれど、広尾は落ち着いた住宅街。わざわざ来る理由がない」と笑い、「そこが魅力でもあるんですけど」と付け加えた。



『ナショナル麻布』はインターナショナルな街、広尾のアイコン的存在


広尾の街を見渡せば、高級スーパー『ナショナル麻布』と『明治屋ストアー』があり、駅の西側には昔ながらの庶民的な商店街「広尾散歩通り」が延びている。

緑豊かな公園があり、聖心女子学院、東京女学館、広尾学園、慶應義塾幼稚舎など名門の学校やインターナショナルスクールも多い。

寺院や教育機関、医療機関を地主とした土地が多いのも、大規模な開発が及ばない理由だろう。



「有栖川宮記念公園」。盛岡藩の下屋敷だったところが有栖川宮家の御用地となり、1934年に公園として整備された。緑豊かで、池や滝もある近隣住民のいこいの地


広尾にあるのは華やかな非日常ではなく、穏やかで上質な日常だ。

江戸時代に立ち並んでいた武家屋敷が、皇族や華族の屋敷、諸外国の大使館や領事館となり、国際色豊かな街の基盤を作った。

創業から24年、広尾・恵比寿・白金の不動産を扱ってきた『ジェイ・ネットワーク』の石井準一代表によれば「広尾界隈にはフランスやドイツ、スイス、ノルウェーなど30ほどの大使館や領事館があって、昔から、外国人が好む広くてゆったりとした物件が多いんです。六本木ヒルズのオフィスに通う方が、喧騒を避けて広尾に住まいを求めるケースも少なくありません」。

海外で暮らした経験を持つ日本人が多いのも広尾の特徴だという。


実力派レストランが産声を上げる土壌がある


広尾を語るのに、“食”は重要なファクター。特にレストランシーンを見れば、その名を轟かす有名店がいくつも存在してきた。

1982年に創業し、1988年から広尾に移転した『レストランひらまつ』はフランス料理を根付かせた存在であり、いまなお風格ある佇まいを見せる。

イタリアンの歴史を見ても、重要店がズラリ。レジェンド的存在としても知られる『LA BISBOCCIA』、原田慎次シェフの『アロマフレスカ』(現在は銀座に移転)、日郄良実シェフの『アクアパッツァ』(現在は青山に移転)などが筆頭。

その流れは、いまにも続き、『ボッテガ』『メログラーノ』など都内有数の人気イタリアンが点在する。

それ以外のジャンルでも、『長谷川 稔』や少し離れるが『茶禅華』などの弩級店が誕生。ここ最近は、鮨店も話題で、『すし 良月』はその成功例。今年オープンの『鮨 うらの』も食通の間では噂になっている。

実は広尾は近隣の恵比寿、六本木などと比べても家賃相場が安く、若手にはうってつけ。商店街には「EAT PLAY WORKS」や立ち飲み店もでき、多様化も進んでいるのだ。


「EAT PLAY WORKS」


広尾駅から徒歩1分。「広尾散歩通り」の入口に2020年に誕生した複合施設。

1、2階のレストランフロアは、店舗と店舗の間に仕切りのないシームレスな構造になっており、さながら大人のためのフードコートの様相。

3〜6階はメンバー制のラウンジとオフィスで、下階のレストランのフードをオーダーすることもできる。


『酒亭二ぶん半 広尾離れ』


立ち呑みの概念を変えた日比谷の『三ぶん』、門前仲町『二ぶん半』の姉妹店として2023年7月にオープン。




旬の魚介、「自家製からすみ餅の磯辺焼き」(880円)などの逸品と、各地の日本酒(100cc)660円〜。


『鯛茶TOKYO』


小鉢と漬物、甘味がついた「鯛茶漬け御前」1,650円。




濃厚なゴマだれにからめた鯛は刺身として食べても、お茶漬けにしても美味。

ワイン(750円〜)とのペアリングも楽しめる。



『LA BISBOCCIA』の井上裕基シェフは広尾の客層について「イタリアはもちろん、大使館が近いフランスやドイツなど各国のお客様も多いですね。地元の常連さんは、流行やブランドではなく本質に価値を求めていると感じます」と語る。

近隣には、経済的に成功を収めたアッパー層のほか、旧華族や財閥系など錚々たる家柄のお宅も多く、ケタ違いの富裕層が日常を過ごしている。

そんな街を証明するように、彼らが好むワインショップの多さも必然。2022年だけでも4軒がオープンしている。


『ルグラン・フィーユ・エ・フィス東京』


1880年創業、パリの老舗ワインショップの海外旗艦店。




「外国のお客様も多く、ロワールやローヌ、プロヴァンスといった良質だけど知られていない銘柄が動きます」と代表の前川大輔さん。

地下にはヴィンテージ専用のセラーもあり、広尾のニーズに網羅的に応える。



最後に、長年、広尾を見てきた『レストランひらまつ広尾』の後藤隆浩支配人に“広尾のこれから”を伺った。

「街の成り立ちから見ても、今後も街並みが大きく変わることはないでしょう。この不変性こそ、広尾の良さだと思います」

日本の文化も外国の文化も、日常に溶け込みながらしっかりと根付いている街、広尾。

住人たちの時代に迎合しない価値観が、広尾を広尾たらしめている。


地元の不動産店に聞いた!街の基本スペック


・賃貸相場:(1LDK 40平米目安)
 15万〜25万円

・販売相場:
 中古マンション 40平米 6,000万〜8,000万円
         50平米 1億円〜
 ※築浅〜築50年前後まで幅広いが、築20年前後が比較的多い

・駅周りの人口:
 約27,000人

◆協力してくれたのは◆
店名:ジェイ・ネットワーク
住所:渋谷区広尾5-19-12 渋谷広尾ビル 2F
TEL:03-5793-7711



ライター・坂井が街の気になる店を現地リポート!
〜地元の富裕層たちが集う夜の“溜まり場”に突撃!〜



「広尾にセンベロ立ち飲みがあるの知ってる?」。取材中、そんな話を聞いて耳を疑った。

え、ここ広尾ですよ。都内屈指の高級住宅街ですよ。きっと洒落たワインバーかなんかでしょ。

そんな疑念を抱いたまま噂の店『チャオズ広尾』へ。



辺りが闇に包まれると、店先にあるピンクのネオンサインに誘われるように男女が集まってくる


ネオンサインが光る外観は、下北沢や三軒茶屋にありそうな“ネオ居酒屋”の雰囲気。

壁のメニューに目をやれば、“レサワ”、“ウーハイ”、金宮のシャリキンまで!

サワーは500〜600円で、中華系のおつまみは200〜300円のものもあり価格帯までカジュアルだ。




モツをじっくりと煮込んだコク深い「煮込み白」(990円)はハーフサイズ(590円)も。




辛みと旨みがあとを引く「麻婆豆腐」850円。



「涙餃子」(400円)は、餡の隠し味に山葵を忍ばせたさわやかな刺激がユニーク


ところが、「若いお客さんは少ないですね。常連客のほとんどは30〜50代のご近所さん」と店長の石井さん。

確かに、店内に集うグループは、短パン・サンダル姿の男性や、クリップで髪を留めたワンマイルウェア姿の女性など、40代と思しき大人たち。

BGMの昭和の懐メロを口ずさみながら“レサワ”を飲む。これまで広尾になかった砕けた空間が、近隣に住む富裕層たちの溜まり場と化していた。


■店舗概要
店名:チャオズ広尾
住所:渋谷区広尾5-1-23
TEL:03-6456-2590
営業時間:【月〜金】16:00〜25:00
     【土・日・祝】14:00〜25:00
定休日:不定休
席数:スタンド25名




広尾は取材や食事で、たま〜に訪れる程度。公園が近いからか、高級そうな犬連れマダム率の高さに驚き!


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