「きれいに使ってくれてありがとう」も効果的だが…飲食店のトイレを美しく保つ"魔法のひとこと"
※本稿は、竹林正樹『心のゾウを動かす方法』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■整理整頓したがらない人をどう変えるか
整理整頓は、「大切なのはわかっていてもなかなか実践できない行動」の代表格です。
散らかった状態が続くと、「多少ごちゃごちゃしたくらいがちょうどいい」「手が空いた時にまとめて掃除するので、今はやらなくてもいいか」といった習性が働き、掃除するのがどんどん面倒になります。そうなる前にナッジを使った散らからない方法を提案します。
1)靴をそろえるには:線を引く
私は小さい頃から玄関では靴を脱ぎっぱなしにしていて、よく親に注意されていました。でも、ナッジを使ったところ、靴を脱ぎ散らかす悪い癖が改善できました。
さらに私が靴をそろえていると、他の人もそろえるようになり(同調ナッジ)、家族内で靴の整頓に関する不満がなくなりました。
■「ポイ捨てをやめましょう」では効果が低い
2)ポイ捨て防止には:投票箱にする
タバコのポイ捨てが悪いことなのは、多くの人が知っています。それにもかかわらず、灰皿が置いてある喫煙所でもポイ捨てが相次いでいます。「喫煙マナーを守りましょう」「ポイ捨てをやめましょう」という掲示があるにもかかわらずです。
これに対し、喫煙者の持つ、ギャンブルやゲームを好む習性に沿って設計されたナッジを紹介します。
「吸い殻を灰皿まで持って行って捨てる」という行動に「人気投票」という意味を持たせました(ゲーム化ナッジ)。さらに、「皆が楽しそうに吸い殻投票をしている」という状態を見ているうちに、「それなら自分も」という行動に繋がったようです(同調ナッジ)。
■「ながらスマホ」を防止する簡単な方法
我が家の食卓でも投票システムを活用しています。食事中にスマホが目の前にあると、どうしてもスマホが気になってしまいます。そこで、私は冷蔵庫の前に「明日のデザートはメロン? スイカ?」と書いたラックを設置(図版2)し、食事前にスマホをひっくり返して入れて投票するようにしました。
スマホを入れないとどちらも食べることができません。私の象はフルーツに目がないため、私は食卓にスマホを持ち込まなくなり、さらにひっくり返して入れたことで、スマホが気にならなくなりました。
■後片付けをしたくなる「ありがとうシール」
3)相手が片づけない時には:ありがとうシール
病院の手術室では、医師が使用済みの針を置きっぱなしにしたため、器材を片づける看護師に針が刺さる事故が起きることがあります。メインの仕事が完了して安心すると、その続きの用事を忘れてしまう習性(完了バイアス)が生じ、医師は後片づけを忘れてしまったようです。これに対して、ナッジを用いた張り紙によって使用済み針の適正処理が進んだ事例を紹介します。
ありがとうシール制度を開始した後、使用済み針の処理状況が劇的に改善しました。一度「ありがとう」と言われたからには、「次もきちんと後片づけしてお返ししたい」という気持ちが起きやすくなります(返報性ナッジ)。
また、ありがとうシールをもらえなかった医師は、「次回こそは」という気持ちが起きたと推測されます。看護師も医師に対して後片づけについての苦言を呈するのは嫌なものです。これは職場の雰囲気を悪化させずに後片づけに成功させた好事例です。
■男性用小便器の「マト」はゲーム化ナッジ
4)トイレの汚れ防止には:他人の視線
飲食店ではどんなに店内の清掃が行き届いていても、直前に使った誰かがトイレを汚してしまえば、次に使った人は「不潔な店だ」という印象を持ってしまいます。これに対し、男性用小便器に「マト」のシールを貼ったり(ゲーム化ナッジ)、「一歩前進」と明確な行動指示を書いたり(簡素化ナッジ)、「きれいに使ってくれてありがとう」と書いたり(返報性ナッジ)といった手法が使われてきました。
中でも、青森県七戸町にある「まきば寿司」のトイレの張り紙は秀逸です。
■利他性ナッジで人の「美しい心」に訴求する
地元の寿司屋のトイレを皆がきれいに使った結果、外国の人に褒められた――これは地元住民としてのアイデンティティがくすぐられ、誇りに思う瞬間です。「このトイレはきれいに使われていることで注目されている。もしも自分がトイレを汚して、次のお客様をがっかりさせてしまったら……」と考えるということはしたくないものです。このような美しい心に訴求した設計(利他性ナッジ)です。
大小兼用の洋式トイレでは、男性は、つい立ったまま小用をしたくなることがあります。しかし、それでは掃除をする時に大変になります。座って用を足すようにするため、我が家ではナッジを用いました。
このイラストと目が合ったまま用を足すのは不快なもので、どんなに寝ぼけている時でも私は必ず座るようになりました。
----------
竹林 正樹(たけばやし・まさき)
青森大学客員教授
青森県生まれ。立教大学経済学部卒業後、University of Phoenix大学院にてMBAを取得。青森県立保健大学大学院博士課程修了(博士〈健康科学〉)。行動経済学を用いた公衆衛生を研究。政府の日本版ナッジ・ユニット有識者委員などを通じて行政や企業のナッジ戦略を支援。軽妙な津軽弁で年間200回以上の講演を行っている。TEDxGlobisUで「心の中のゾウと仲良くなると、人は動く」は80万回以上再生。著書に『心のゾウを動かす方法』(扶桑社)がある。
----------
(青森大学客員教授 竹林 正樹)