寺地拳四朗「今日は倒せないかもしれない」...TKO勝利の裏でよぎった弱気をどう立て直したのか
4団体統一世界王者を目指す
寺地拳四朗インタビュー 前編
9月18日、WBAスーパー&WBC世界ライトフライ級(48.9キロ以下)2団体統一王者、寺地拳四朗(BMB)は、WBA4位&WBC1位で元2団体統一&元2階級世界王者のヘッキー・ブドラー(南アフリカ)相手に9回TKO勝ちで防衛に成功(WBA2度目/WBC3度目)した。終始ペースを握ったKO劇はメインイベンターに相応しい戦いぶりで、会場の東京有明アリーナは大歓声に沸いた。
KOアーティストに相応しい戦いぶりを披露した寺地拳四朗
世界戦の通算勝利は日本人歴代4位タイの13回。うち9回がKO勝利で、しかもここ4戦すべてKO決着という圧巻ぶり。いまや軽量級を代表するKOアーティストは、今回も試合前に「誰が見ても圧倒的な試合を見せたい。絶対KOになる」と自信をみなぎらせていた。
しかし実は、途中に試合巧者ブドラーの戦いに戸惑い「今日は倒せないかもしれない。判定でもいいかな」と弱気な思いもよぎったそうだ。そこから奮い立たせ、KO決着に至るファイターのスイッチを入れたのは、チーフセコンドの加藤健太トレーナーだった。
試合翌日、熱戦を繰り広げた拳四朗と参謀役の加藤。そして、東京での長期出稽古を支える三迫ジムの三迫貴志会長に時間を頂き、試合の振り返りや今後のプランなど伺った。
【ブドラー陣営のブレない戦略】「序盤は少し力みすぎていたかなと。(ブドラーに対する)怖さはなかったですけど、僕自身ちょっと引きすぎた部分はあったかなとは思います。加藤さんから『もうちょっと近づいていいよ』と言われて距離間は修正できました。今回は自分発信というより、指示されて理解するほうが多かった気がします」(拳四朗)
試合前、拳四朗陣営をまとめるチーフセコンドの加藤は、変則的に動きまわり、手数も多いブドラーに対して「いつもより半歩近い距離間、踏み込まなくてもパンチが当てられる位置で戦う」というプランを立てた。
「ブドラーは、拳四朗の踏み込みに合わせて攻撃してくるはず」と予想し、「相手の戦いやすい距離を作らないようにし、自然と倒せるペース、倒せる流れに持っていくような戦いをし、テンポが上がっていけばついて来られなくなる」と考えていた。
ただ、そこはブドラーも歴戦の猛者。今回が通算40戦目、35歳の元2団体統一&元2階級世界王者は、拳四朗陣営の予想どおりの戦いをしながらも、想定以上の運動量で対応してきた。
ガードを固めてパンチを打ち返し、ポジションも攻撃されにくい位置にずらす。試合後の会見で拳四朗が「あそこまで逃げられる(動き回られる)と倒すのは難しい。『どうやったら(対応すれば)いいんやろ』と迷ったのは反省点」と述べたように、プドラーはペースを握られても、最後の詰め、「倒す」という最大の目的までは老獪なテクニックで許さなかった。
お互い好戦的に打ち合うなど大きな差はないものの、6回までのスコアはジャッジ3人ともフルマークで拳四朗。7回、拳四朗の好戦的なスタイルに対して、ブドラーは足を使って遠い位置にポジションを取りやすい、右回り主体のアウトボクシングを仕掛けてきた。ポイントで不利な状況でも丁半博打のような戦いはせず、あくまで確実に勝利を目指す自分本来のボクシングを貫いたのだ。
「今日は倒せないかもしれない。判定でもいいかな」
ブドラーの揺さぶりに戸惑った拳四朗はそれに合わせるような形で手数が減り、この回初めてジャッジ2人がブドラーにポイントをつけた。
「大丈夫。どんどん(距離を)潰していこう」
コーナーに戻ってきた拳四朗に、チーフセコンドの加藤は明るい口調でアドバイスした。拳四朗とは東京で開催された初の世界タイトル挑戦時、三迫ジムでサポートしたことを縁にコンビを組むようになった。今では「加藤さんと出会ってボクシングの奥深さを知り始めました」と全幅の信頼を寄せられている。そんな恩師の言葉だからこそ、拳四朗は迷いを吹っきることができたに違いない。
「『自然と倒せるペース、倒せる流れに持っていく』というプランを立てて準備をして挑んだはずなのに、『判定狙いに切り替える』と考え方がブレてしまうことが自分は嫌でした。逆にブドラー陣営はブレない戦い方を続けていました。
勝ち負けだけを考えれば、ブドラー陣営の作戦が正しいのかどうかわかりません。『なぜポイントでは負けているのに、倒そうとしないのか』と。でも、それくらいプランを忠実に守り続けていましたし、実際、拳四朗の戦い方にも迷いが生じました。
拳四朗には揺らいだ気持ちのまま戦って欲しくなかったので、『プランどおり戦えば必ず倒せる』という意味で『どんどん(距離を)潰していこう』と伝えました」(加藤)
9回、自信を取り戻した拳四朗は、右回りで距離を取ろうとするブドラーの進路を塞ぐように動き、ふたたび「半歩前」の距離を作り始めた。そこから得意の左ジャブの連打でプレッシャーを掛け、右ストレートでダメージを与える。多少被弾してもお構いなしに前に出て、強烈な左右のボディ攻撃。反応が遅れ出し、ついに足も動かなくなったブドラーをロープまで追い込み、仕上げとばかりに怒涛の連打でTKO勝利を飾った。
世界戦の通算勝利数はこれで「13」。長谷川穂積、山中慎介と並ぶ日本人歴代4位タイとなり、世界チャンピオンとしての評価をさらに上げた。しかし拳四朗自身は、以前のようにリング上でトレードマークの笑顔と一緒にダブルピースをしたりはせず、終始淡々と観客の声援に応え、ともに戦うチームに対する感謝の気持ちを述べた。その様子はどことなくこれまでの拳四朗とは少し違う、王者の風格を感じさせた。
終わってみればプランどおりの「倒すボクシング」で完勝した拳四朗にこれからについて聞いた。
「倒すボクシングには、これからもこだわりたいですね。そのほうがお客さんも喜んでくれますし。でも今回、僕は苦しい局面で諦めかけてしまった。人間ってやっぱり、しんどいことは嫌なんでしょうね。でもやればできるわけじゃないですか。『自分はまだまだ甘いな』と痛感しました」
【加藤さんが辞めたら僕も辞めようと思っています】一方、トレーナーの加藤も、拳四朗の進化を確実に実感しつつ「準備段階でも試合でも、課題が見つかりました。『果たしてこれでいいのかな』という疑問はそのまま残さないようにしたい」と気を引き締めた。加藤は、その日のうちに3度試合映像を見返すなど、すでに次の戦いに向けた準備を始めていた。
勝利後のインタビュー、真っ先に「僕のチームに拍手をプレゼントしてください!」と答えた拳四朗にあらためてチームの存在、加藤について聞いた。
「もし今のチームでなくなってしまえば、戦い方がわからなくなるんじゃないですかね。スランプに陥ったら、迷子になって終わる気がします。原因を見つけてくれる人がいなくなるので。で、たぶんどんどん落ちていく一方だと思います。加藤さんが辞めたら、僕も辞めようと思っています」
冗談とも本気ともとれるような口調でそう答えた。
横で聞いていた加藤は「いやいや」と少し照れ臭そうな仕草をしたあと、「まあでも、拳四朗は信じる力が強いというか、とても素直なので、いなくなればいなくなったで、自分の成長にとって必要な何かを見つけて、それを信じて取り組み、成長し続けるはずです」と笑った。
先のことは誰にもわからないが、センスや技術に加え、愚直なまでに信じる力を持つボクサーと、緻密な分析に基づいて入念に作戦を立て、ブレずに実行できるトレーナーのコンビは、これからも変わらず名勝負を届けてくれるに違いない。
拳四朗が見据えるのは、井上尚弥に次ぐ日本人2人目の4団体統一。そして2階級制覇も十分可能な目標として同じように捉えていた。そんな拳四朗をプロモーターという立場で支える三迫ジムの三迫貴志会長は、将来的なある仰天プランについて明かした。
Profile
寺地拳四朗(てらじ けんしろう)
1992年1月6日生まれ、京都府出身。プロ戦績は23戦22勝(14KO)1敗。
元日本ミドル級王者で、元OPBF東洋太平洋ライトヘビー級王者の寺地永を父に持ち、中学3年からボクシングを始めた。大学卒業後プロテストに合格し、その年の8月にプロデビューした。2017年、WBC世界ライトフライ級王座を獲得。2021年4月までに8度の防衛に成功したが、9度目で矢吹正道に敗れた。昨年、王座を奪い返すと、京口紘人とのWBA、WBC世界ライトフライ級王座統一戦でも見事勝利。今回のブドラー戦でWBA2度目、WBC3度目の防衛に成功した。