小学校の運動会では、避難所となる学校にマンホールトイレを設置。児童や教職員、保護者など、多くの参加者に使用してもらっている(写真:東松島市建設部下水道課)

1923年9月1日に関東大震災が発生しました。近代化した首都圏に甚大な被害をもたらした災害です。昼どきに発生した震災により、多くの火災が起きたことで、死因の9割近くが火災によるものでした。

それから100年の月日が経ち、新たな都市と多様なライフスタイルにおける防災を私たちは考えていかなければなりません。そのなかでもトイレは100年前と大きく様変わりした生活機能です。

上野公園には数万人の「汚物」

東京で近代下水道の建設が始まったのは1884年で、日本で初めて近代的な水再生センターの運転が始まったのが1922年です。

この翌年に関東大震災が発生しました。

し尿処理に使っていた鉄道、自動車、桶・樽、し尿投棄場の多くを失い、汲み取りを担っていた人が被災者の救護にあたっていたことなどから、避難場所や地域にし尿が滞留し、衛生状態が悪化しました。

街なかのトイレの損壊や清掃道具の焼失により、状況はさらに深刻化します。東京市(当時)は清掃道具をかき集め、学生ボランティアなどの協力を得て掃除と消毒を行ったのですが、トイレ不足や掃除体制が不十分なことから不衛生な状態が続きました 。避難場所となった上野公園には数万人の汚物が山のようになっていたという記録もあります。

このような状況に対して、警視庁や東京市などは感染症の蔓延を恐れ、応急対応として仮設トイレの急設、掃除隊による清掃と消毒、自動車や四斗樽、手車、汲み取り桶、天秤棒、柄杓(ひしゃく)などを調達して対応しました。

震災後の復興とともに下水道が普及し、汲み取りから水洗へと変わり、令和3年度末の東京都の下水道普及率は99.6%(日本下水道協会の調べ)です。100年前とは街も人口もトイレの方式もまったく異なります。このような環境下で私たちはどのように備えるべきかを考える必要があります。

トイレ問題がもたらす深刻な事態

関東大震災以降、日本では多くの災害を経験してきているわけですが、残念ながらトイレ問題は繰り返し起きています。

トイレ問題がもたらす深刻な事態として主なものを3つ挙げます。それは、「感染症の温床になること」、「トイレを敬遠することで脱水症やエコノミークラス症候群などになること」、「集団の秩序が保てなくなり治安が乱れること」。つまり、トイレ問題は“命と尊厳に関わること”として認識すべきなのです。

そこで、筆者のいる当研究所では、地方公共団体によるトイレ対策の現状を把握することを目的として、アンケート調査を実施しました。以下に、調査結果の主なものを説明いたします(詳細はこちらをご覧ください)。

トイレ対策に限らず、防災を徹底するには計画の作成が欠かせません。2016年に内閣府(防災担当)が作成した「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」では、市町村に対して災害時のトイレ確保・管理計画の策定を求めています。

しかし、その計画を策定していると回答した自治体は、24.1%でした。


災害時のトイレの備えに関するアンケート調査/特定非営利活動法人日本トイレ研究所(災害用トイレ普及・推進チーム)

また、地域防災計画で想定する最大規模の災害が発生した際、想定避難者数に対して災害用トイレが「足りる見込み」と回答した自治体は30.7%で、「不足する」41.3%、「わからない」27.7%でした。


災害時のトイレの備えに関するアンケート調査/特定非営利活動法人日本トイレ研究所(災害用トイレ普及・推進チーム)

実は切実、避難所以外のトイレ問題

これまでの避難は避難所に集まることが主でした。

しかし、とくに都市部では避難所の収容能力を被災者数が大きく上回っていることが課題になっています。さらに新型コロナウイルス感染症による感染防止対策として密を回避することが求められていますので、避難所避難が困難になりつつあります。

そのため、自宅が安全であればそこにとどまったり、親戚や知人宅、宿泊施設などに避難したりする分散避難が勧められています。

このとき水や食料以上にトイレが問題になると筆者は考えています。

耐震化や不燃化が進み、建物の倒壊や延焼を免れる可能性は高くなっていますが、断水や排水設備の損傷などにより、水洗トイレが使えないことが想定されます。せっかく建物が大丈夫でもトイレが使えなければ、そこで生活を継続することはできません。

しかし、避難所のトイレを在宅避難者が使用することを想定していると回答した自治体は33.1%でした。また、在宅避難者へのトイレ支援を検討していると回答したのは15.7%でした。在宅避難者の多くは災害用トイレを備えていませんし、避難所のトイレを期待していることが予想できます。分散避難を勧めるためには、トイレ問題を解決することが重要です。


災害時のトイレの備えに関するアンケート調査/特定非営利活動法人日本トイレ研究所(災害用トイレ普及・推進チーム)


災害時のトイレの備えに関するアンケート調査/特定非営利活動法人日本トイレ研究所(災害用トイレ普及・推進チーム)

災害用トイレがどのようなものであるかを知っている市民は少ないと思います。使ったことがある人はかなり少数でしょう。

災害時にトイレを衛生的に保つには、災害用トイレの使い方を周知することが必要です。西日本豪雨の際、愛媛県の病院ではトイレに説明係を配置しました。 間違った使い方や失敗は、汚染や感染症の伝播につながるため、使用方法の周知は非常に重要なのです。

大混乱時にトイレの使用方法を周知するのは容易でありません。そこで、大切なのは防災訓練です。しかし、防災訓練で災害用トイレの組立訓練をしていると回答した自治体は42.5%、実際に使用しているのはわずか3.3%でした。


災害時のトイレの備えに関するアンケート調査/特定非営利活動法人日本トイレ研究所(災害用トイレ普及・推進チーム)

排泄は強く習慣化された行為ですので、急な変化に対応しづらいです。また、排泄は自律神経の中でも副交感神経優位のときに機能しますので、リラックスできる環境が必要になります。だからこそ、平時に災害用トイレに慣れておくことが大事です。

宮城県東松島市は、東日本大震災のとき避難所でマンホールトイレを活用しました。そのとき、使用方法の徹底に苦労しました。

そこで現在は毎年、避難所となる学校の運動会でマンホールトイレを設置し、児童や教職員、保護者など、多くの参加者に使用する機会を提供しています(トップの写真)。運動会は防災への関心に限らず多くの人が参加しますし、そのほとんどが災害時に避難対象者です。このような取り組みは全国に広がってほしいと感じています。

災害時に水洗トイレは使えない

東京都は首都直下地震の被害想定、および地域防災計画の見直しを行いました。それによると、耐震化や家具転倒防止、不燃化などにより、科学的な知見に基づき定量化できる被害は軽減することがわかっています。しかし、定量化は限定的であると注意喚起しています。

トイレに関していえば、浄水場や下水処理場、し尿処理場などの被害想定は盛り込めていません。大元の施設が被災すれば、広域的にトイレ機能は停止します。さらに、下水道整備による水洗化が進んでいるということは、バキュームカーなどの汲み取り体制が脆弱ということです。仮設トイレを配備したとしてもあっという間に満杯になり、使用禁止になります。

だからこそ、都市部におけるトイレ対策の徹底が求められています。

100年前の関東大震災、その後の阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、そして毎年被害をもたらす水害など、被災経験は山ほどあります。この経験を備えに生かすことが必要です。


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水洗トイレが機能停止することを想定内として取り組むべきです。トイレは命と尊厳にかかわりますし、我慢できない生理的欲求ですので、真っ先に対応しなければなりません。

繰り返しになりますが、水洗トイレはとても便利で衛生的な生活機能であるがために、その機能が失われるとパニックが起こります。関東大震災100年を機に、それぞれの立場でトイレの備えに目を向けていただけたら幸いです。

(加藤 篤 : 日本トイレ研究所代表理事)