2019年7月に死去した故・ジャニー喜多川氏。あれから5年たって噴出した性加害問題にメディア各社、とくに関係の深かったテレビ各社はどう対応するのでしょうか?(画像:共同通信)

ジャニーズ事務所の前社長・ジャニー喜多川氏による性加害問題に大きな進展がありました。

29日に行われた外部専門家による再発防止特別チームの会見では、「40年以上にわたる性加害の認定」のほか、「藤島メリー泰子氏の放置と隠蔽によって被害が拡大」「事務所も見て見ぬフリなどの不作為」「典型的な同族経営によるガバナンスの脆弱性」などを指摘。さらに、被害者への謝罪と救済措置制度の構築、藤島ジュリー景子社長の辞任などが提言されました。

提言を受けたメディアの声明に、人々は怒りや呆れ

今後、ジャニーズ事務所が会見を行い、これらの提言に全力で対応する姿勢を見せていくでしょう。もはやそうしなければ組織として存続していくことは難しいほどの危機的状況だけに、「私たちがその動向を注意深く見ながら、必要に応じて声を上げていくことができれば、改善できるのではないか」というムードが感じられます。

しかし、その一方で看過できないのが、メディアの対応。なかでも、再発防止特別チームの提言を受けてそれぞれ29日・30日にホームページ上で発表した民放主要5局とNHKの声明には、怒りや呆れまじりのコメントが飛び交っています。


29日に行われた再発防止特別チームの会見。特別チームの記者会見を受け、テレビ各社は今後どう動くのか、それとも動かないのだろうか(写真:東洋経済オンライン編集部)

その声明とはどんなもので、なぜ人々の怒りや呆れを招いてしまったのか。あるいは、怒りや呆れは誤解で、声明は信用でき、忖度は終わるのか。筆者は、これまでジャニーズ事務所に忖度しなかった媒体の1つが東洋経済オンラインだと考えています。ここだからこそ書ける、声明の背景や文章の裏にある本音を掘り下げていきます。

同じ例文を見て書いたような声明

各局が声明を発表したのは、再発防止特別チームが会見や調査報告書で「マスメディアの沈黙」と題して、性加害問題を知りながら取り上げてこなかったことを指摘されたから。それ以前にも、国連人権理事会の専門家から「日本のメディア企業は数十年にもわたり、この不祥事のもみ消しに加担したと伝えられている」などと責任を追及されていたこともあり、もはや声明を出さざるをえない状況に追い込まれていました。下記に6局の声明を挙げていきます。

【日本テレビ】
本日、故ジャニー喜多川氏による所属タレントらへの性加害の事実が
認められたとする調査結果が公表されました。
日本テレビは、ジャニー喜多川氏による性加害の事実について
「マスメディアが正面から取り上げてこなかった」などの指摘を重く受け止め、
性加害などの人権侵害は、あってはならないという姿勢で報道してまいります。
また、日本テレビは取引先であるジャニーズ事務所に対し、
被害者の救済と再発防止に取り組むよう求めるとともに、
人権を尊重した企業活動に努めてまいります。

【テレビ朝日】
ジャニーズ事務所の性加害問題について、再発防止特別チームより性加害の事実を認定する報告書が公表されました。性加害は許されるものではなく、今回の報告書を受けてジャニーズ事務所が提言された事項について今後どのように取り組み、対応していくのかを注視してまいります。
テレビ朝日グループでは従前より、人権尊重を明確に掲げて事業活動を行っておりますが、調査報告書に盛り込まれたマスメディアに対する指摘を重く受け止め、今後ともかかる取り組みを真撃に続けてまいります。

【TBS】
故ジャニー喜多川氏による性加害問題について事実が認められたとする調査結果が公表されました。
TBSテレビは、「マスメディアの沈黙」と指摘された事も踏まえ、いかなる性暴力も許されるものではないという姿勢で、今後も報道や放送に臨んでまいります。
また、TBSテレビはすでに人権方針をかかげ人権を重視した経営に取り組んでおり、ジャニーズ事務所に対しても被害者の救済や人権侵害の防止を求め、ひきつづき適切な対話を続けてまいります。

【テレビ東京】
性加害は重大な人権侵害であり、いかなる性暴力も許されません。
ジャニーズ事務所前社長であるジャニー喜多川氏の性加害問題について、テレビ東京は6月以降、同事務所に対し、第三者機関による検証と公表、さらには再発防止の徹底などを申し入れてきました。
ジャニーズ事務所の再発防止特別チームは本日、性加害の事実を認定し、藤島ジュリー景子社長の辞任を含むガバナンスの強化などを求めました。
テレビ東京は、ジャニーズ事務所が今回の報告を受けて、迅速で的確な対応をとるよう望みます。
また、再発防止特別チームの報告書は、メディアの関わりについても言及しています。テレビ東京はこうした指摘を重く受け止め、人権デューデリジェンスの考え方に基づき、自社はもちろん、取引先についても、人権重視の姿勢を徹底するよう今後も行動して参ります。

【フジテレビ】
調査報告書に記された再発防止策について、ジャニーズ事務所が今後どのように対応していくのか、その推移を注視していきたいと考えております。
また、報告書に記されたマスメディアの過去の報道に関するご指摘を真摯に受け止めております。
性加害が決して許されないことは当然です。当社としても、あらゆる人権侵害を防ぐべく対処していく所存です。

【NHK】
ジャニーズ事務所の「外部専門家による再発防止特別チーム」が調査報告書で、ジャニー喜多川氏による性加害について「マスメディアが正面から取りあげてこなかった」などと指摘していることを重く受け止めています。
NHKは、職員の行動指針として「人権、人格を尊重する放送を行うこと」を定めており、性暴力について、「決して許されるものではない」という毅然とした態度でこれまで臨んできたところであり、今後もその姿勢にいささかの変更もありません。
ジャニーズ事務所に対しては、被害者救済と再発防止に取り組むよう要望するとともに、その実施状況を確認しながら、人権尊重の観点から、適切に対応していきたいと考えています。

全6局が性暴力について「決して許されるものではない」と断言しつつ、取引先であるジャニーズ事務所に対して「注視していく」「要望する」というスタンスを示し、メディアへの指摘については「重く受け止めている」。その内容は、まるで同じ例文を見て書いたかのように「6局ほぼ同じ」と言っていいでしょう。

「各局横並び」では逃げ切れない時代

とくに自らの非であり、反省を述べるべきであろうメディアへの指摘については、各局がわずか1行程度で終了。「具体的な文章を書くほど、さらなる批判を浴びやすくなり、加害者としての責任を問われかねない」「“各局横並び”でこれくらいの文章にとどめておいたほうが……」という意識を感じさせられます。

その“各局横並び”こそ長年におけるテレビ業界の悪癖。筆者は長年テレビ業界をウォッチしてきましたが、これまで各局は、日ごろの番組編成やキャスティングから、災害、国政選挙、皇室、世界的出来事などへの対応まで、さまざまな点で横並びの番組制作を行ってきました。とくにリスクがあるときは各局横並びの意識が強く働き、「自局だけが責められないようにしてやりすごす」というケースが多かったのです。

今回の性加害騒動に限らず、その他のスキャンダルやキャスティングなども含め、ジャニーズ事務所への忖度は、その各局横並びの1つ。しかし、世間の人々が多くの情報を得て賢くなった現在では、「各局横並びなら自局が責められることはない」という考え方が通用しなくなりました。逆に「ふだんは視聴率争いでバチバチのつぶし合いをしているのに、リスクがあることだけ結束するのはおかしい」などと見られかねないのです。

実際、ネット上のコメントを見ていくと、「テレビ局は示し合わせたかのように『重く受け止める』と言ってますが、今まで報道してこなかったことについて謝罪はしていません。自分たちは悪くないとでも思っているのでしょうか? 視聴者の多くはテレビ局も同罪、共犯者だと思っています」などの厳しい指摘が目立ちます。

そもそも世間の人々にとっては、長年ジャニーズ事務所に忖度してきた各局が急に態度を変えて「注視していく」「要望する」と言われても信用できないのではないでしょうか。この点でもネット上には、「テレビ局はジャニーズ事務所による性犯罪の共犯だ。タレント事務所の性犯罪を黙認し、テレビビジネスによる利益拡大を優先させた責任は重大」などと「注視」や「要望」する立場ではなく、共犯だろうとみなす声が続出していたのです。

「できるだけ事を荒立てず現状維持」で

くしくも30日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)でコメンテーターの玉川徹さんが、今後行われるジャニーズ事務所の会見について、「会見に出るわれわれ側は、『そこで石を投げる資格があるのか』というのも同時に考えます」「その石を投げることができるのは、もしかしたら週刊文春だったりBBCだったり、フリーのジャーナリストとしてこの問題を追及してきた人だけかもしれないなと感じたりします」とコメントしました。玉川さんは今年7月31日で定年退職するまでテレビ朝日の所属だっただけに、その責任を感じているのでしょうか。

ただ、やはりこのコメントにも、「石を投げる資格がないどころか、石を投げつけられる側にいると思う」「誰が誰に石を投げるかなんてことより、どういう構造があってこういうことになったかをしっかり解き明かしたほうがいい」「『石を投げる資格』について、現場の記者は『わが社』より一歩進んで、ジャーナリズムを真摯に考えてほしい」などの厳しい声が見られました。

このような厳しい声があふれている状況を見れば、「重く受け止めている」「注視していく」「要望する」だけの声明が不十分だったことは間違いないでしょう。各局もそんな反発の声が出ることをわかっていながら、「それでも横並びで乗り切りたい」「それ以上の対応はジャニーズ事務所の会見が終わってから」という選択をしたところに、テレビ業界の旧態依然とした姿が表れていました。

現在10月期スタートのドラマが次々に発表されていますが、ジャニーズ事務所のタレントが半数近くの作品で主要キャストに起用されています。彼らを重用して先週末に放送された「24時間テレビ」(日本テレビ系)なども含め、テレビ局は「できるだけ事を荒立てず、現状維持で進めたい」というのが本音ではないでしょうか。しかし、人々から「共犯」とまで言われているジャニーズ事務所との関係性を過去にさかのぼって検証し、そのうえで今後の姿勢を示していかなければ理解は得られないでしょう。

ジャーナリズムよりビジネスの危うさ

これを書いている私自身、これまで20年強にわたってテレビ局、出版社、新聞社、ウェブメディアの制作現場と仕事をしてきましたが、それぞれのジャニーズ担当者は、そのほとんどがつねに事務所の顔色をうかがうように仕事をしていた印象があります。

大手メディア勤務の言わばエリートたちが、まるで弱者のようにジャニーズ事務所の意向に従い、ジャーナリズムよりビジネスを優先させられ、あきらめたような表情を浮かべる姿は、外部から見ていて異様なものがありました。

その異様さは、キャスティングや内容への間接的な関与、スキャンダルへの沈黙など多岐にわたりましたが、なかでも顕著だったのは、2016年のSMAP解散騒動。「テレビ、雑誌、スポーツ新聞などがジャニーズ事務所の意向を汲んだ対応をしてメンバーを追い込んだのではないか」と多くの人々から批判を浴びたのは記憶に新しいところです。

テレビ局の番組出演に限らず、出版社なら雑誌出演やカレンダーなどの販売、新聞社なら掲載許可と情報や素材の提供など、「ジャニーズ事務所に売り上げを頼り、今後もそうしていきたい」というメディアが多いのは、誰がどう見ても間違いのないところ。そんな背景を自負したうえで行われるジャニーズ事務所の営業力は高く、ビジネス手法としてはありなのでしょう。しかし、2019年に公正取引委員会から注意を受けたほどの強硬な営業手法は、組織の透明性や個人の尊重が求められる現在の世の中には合っていません。

そのメディアの異様さや時代に合わない営業については、これまでジャニーズ事務所に忖度しない東洋経済オンラインのようなメディアで何度か書いてきましたが、追随するメディアが少ないためか、まったく変わりませんでした。ところが、性加害疑惑の指摘を海外から受け、国連が動き、認定されたことで、メディアは手のひらを返すようにジャニーズ事務所を断罪しはじめています。

私自身、現在もテレビ局、出版社、新聞社、ウェブメディアのすべてと取り引きがあり、内部事情をそれなりに知っていますが、現段階では「今回を機にメディアが本当に変わるとは思えない」のが正直なところ。各局横並びで1行レベルの声明文を見たとき、明るい未来はイメージできなかったのです。性加害の被害者救済と再発防止策が進められるのはもちろん、それと同等レベルで、今回を機にメディアが本来あるべき姿となることを願ってやみません。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)