在庫だけの問題じゃない? ウクライナへの戦車供与が全く捗らないもうひとつの理由
西側諸国によるウクライナへの自国戦車供与が遅々として進みません。どう数を捻出するかといった問題のほかにも考えられる理由があります。もしかするとロシア側は西側最新戦車の投入を、手ぐすねを引いて待っているかもしれません。
ウクライナへの戦車到着は2年後?
2023年2月23日、アメリカのクリスティン・ウォーマス陸軍長官はメディアの取材に対し、陸軍はM1「エイブラムス」戦車をウクライナに送る方法を検討しているが、到着に要する期間は数週間レベルの話ではなく、1年から2年というスパンになるかもしれない、と述べました。ウクライナの戦場では、今春から夏にかけてロシアの攻勢が予想されているものの、それには間に合いそうにありません。
ウクライナへ送られる予定のM1A2「エイブラムス」SEPv2。「v2」はバージョン2の意。最新型v4は電子機器、ソフトウェアの更新が施されている(画像:アメリカ陸軍)。
実際、ウクライナに送る戦車をどうやって調達するのかも決まっていません。アメリカとポーランドは、2025年から2026年にかけてM1A2「エイブラムス」をポーランドが250台、購入することで合意し、さらに今年1月には、ポーランド国防相が同戦車116台を購入する第2弾の契約に調印しました。このように同戦車は大量の発注を受けているところでもあり、新規製造するのであれば製造ラインの調整が必要になりますし、ストックを再整備するにしても相応の工程が必要になります。
さらに戦車本体だけでなく、回収車、弾薬などの兵站、そして訓練パッケージといった支援装備をどうするのかも決まっていないようです。ウォーマス陸軍長官は、陸軍としては選択肢を提示してバイデン大統領の最終決定を待つだけだ、と述べています。
第1騎兵師団第1機甲旅団戦闘団の第12騎兵連隊第2大隊の公式Facebookに投稿された最新型M1A2「エイブラムス」SEPv4のプロトタイプと思われる写真。
ロシアによるウクライナ侵攻から1年を迎える直前の2023年初頭から、西側諸国による各国製戦車の供与が次々に発表され、各国のウクライナへの支援レベルが新たな段階に入ったとニュースになりました。
このことはロシアをさらに刺激するリスクがあるといわれてきましたが、しかしT-72などの東側製戦車はもうとっくに西側諸国から供与されています。ロシアにしてみれば、戦車の出自がどこであろうと、抵抗する戦車戦力が補強されることに変わりはなく、東西の製造国の違いがそれほどの政治的意味を持つのでしょうか。
西側諸国が勝手にハードルを設定しているようにも、足並みが揃わない言い訳のようにも聞こえます。しかも、実際に供与されるペースもはかどっているように見えません。
西側戦車に懸賞金…? 供与が進まない別の理由
西側戦車の実際の供与が進まないのには、別の理由もあるようです。すなわち、ロシアに鹵(ろ)獲されることを恐れている、というものです。
ウクライナ軍に鹵獲された、ロシア軍のT-90A戦車(画像:ウクライナ国防省)。
戦場では、敵の兵器を鹵獲することは普通に行われており、性能を調査研究することはもちろん、再整備して自国戦力に組み入れることもあります。ウクライナ軍が、鹵獲したロシア軍戦車を使って戦力を補完しているのは周知のことです。さらに最新のロシア戦車であるT-90Aもすでに9両、鹵獲しています。
強力な新兵器を戦線に投入したいのはやまやまですが、鹵獲されて能力が露見してしまうリスクとのジレンマになります。実際、ロシア軍戦車の追加装甲の中身などがSNSに晒されました。
ウクライナに送られる予定の「レオパルト2A6」。なお現行最新版は2A7V(画像:synaxonag、CC BY 2.0〈https://bit.ly/3mCCVrc〉、via Wikimedia Commons)
一方でロシアにしてみると、西側製戦車が投入されることは、これを恐れつつもサンプルを手に入れるチャンスにもなります。ロシアの企業家、知事、そしてテレグラム・チャンネルまでもが、西側の最新型戦車に賞金を出すと約束しています。その額は、M1や「レオパルト2」で500万ルーブルから1000万ルーブル(およそ900万円から1800万円)となっています。鹵獲する気満々です。
供与されても制約バリバリ…どう戦えというのか
イギリスは真っ先に「チャレンジャー2」戦車の供与を発表しました。その数は14両と、充分とはいえませんが、それでもイギリスとウクライナの関係者間では鹵獲防止策が真剣に検討されています。「チャレンジャー2」の部隊はとにかく前に出さない、孤立させない、戦車は放棄させない、万一に備えて民間軍事会社を使った奪還特殊部隊まで用意する……といった具合です。
「チャレンジャー2」には複合装甲、いわゆる「チョバム・アーマー」など、西側同盟国にも知られていない機密が多くあり、ロシアに露見するのを恐れているのでしょうが、こんな制約付きでどうやって戦うつもりなのでしょうか。
演習中の「チャレンジャー2」、回収車も見える。戦場では鹵獲を避けるため、孤立させず、回収の準備をしておかなければならない(画像:イギリス国防省)。
ほかの西側諸国が供与するという戦車も、鹵獲を恐れてか最新型ではありません。アメリカが配備しているM1「エイブラムス」の最新型は「SEPv4」というバージョンですが、ウクライナに供与するのはこれより2世代前の「SEPv2」というバージョンです。ドイツが供与するのも最新の「レオパルト2A7」ではなく、1世代前の「2A6」になります。それでも機密はありますので、ウクライナに届いても「チャレンジャー2」のような制約付きになる可能性はあります。
ロシアが鳴り物入りで2015年に公開した「アルマータ」シリーズの、T-14戦車やT-15重歩兵戦闘車を出す気配がないのも同じ理由でしょう。そもそも量産にさえこぎつけていないという話も聞かれますが、実力のほどがバレるのを避けるということかもしれません。
戦車の性能を秘密にしておくのも抑止力です。虚々実々の駆け引きはまだ続きそうです。