世界的高級車メーカーとして知られるドイツのポルシェは、かつて農業用のトラクターを製造していました。実は日本に、この車両が稼働できる状態で実在しています。実車を見て、いろいろ背景を聞いてきました。

ライセンス生産もされていた「ポルシェのトラクター」

 世界的高級車メーカーとして知られるドイツのポルシェ。実はかつて、農業用のトラクターも製造していました。そして、日本もかつて「ポルシェのトラクター」をライセンス生産していたのです。その製造から60年たった2023年現在もなお、稼働できる状態で現存しているトラクターがあります。


「ポルシェのトラクター」。ボンネット側部には「PORSCHE」の文字が(加賀幸雄撮影)。

「ポルシェのトラクター」は農機具メーカーの井関農機が1962年から63年にかけて、西ドイツ(当時)のポルシェ・ディーゼル社と極東地域での販売代理店契約と技術提携契約を結んで、完成品150台を輸入。その後ライセンス生産したものでした。

当時、日本の田畑にあうトラクターの開発を探る中で、30馬力級以上の大きなものは外国メーカーと提携することにし、ポルシェ博士が、維持費を安く、堅牢で使いやすいことを目標に設計したトラクターに着目し、白羽の矢を立てました。

 しかし、ポルシェ・ディーゼルはその後にトラクターの製造を中止。1966年1月に提携は解消されました。合計255台が販売されましたが、現在何台が可動状態にあるかは定かでありません。

 そんななか今回取材した、首都圏の自動車整備会社の経営者のもとには、2台の「ポルシェのトラクター」があります。1台はおそらく輸入された150台中の1台とみられ、2台目は、井関農機がライセンス生産の対象にした型のうち、車体に貼られたプレートから「TP219」という車種とのことです。

「ポルシェのトラクター」どうゲットしどう復活させたのか

 経営者は、約10年前に知人から1台目を譲り受け、可動させるために交換部品を探していたところ、4〜5年前にライセンス生産と思われる2台目を見つけました。そして、2台目を先に「動かすことができるだろう」と考え、購入したということです。

 ちなみに、車体はどちらも赤色。1970年代後半、歌詞に「真っ赤なポルシェ」を入れた歌謡曲が大ヒットし、他メーカーの「赤い」トラクターのCMソングも好評でした。もちろん、そういった影響を受けたわけではないでしょうが、「ポルシェのトラクター」は赤色が多いのが印象的でした。


「ポルシェのトラクター」ナンバー部。「KP」とあるのは、エンジンは川崎航空機工業でライセンス生産されたため、とされている(加賀幸雄撮影)。

 2台目の整備を終えたこの経営者は「外見に傷みはあったが、エンジンはかかったし調子は良かった」と振り返っており、シリンダー・ヘッドやバルブの調整をするなどエンジンを分解し、新品のように仕上げ直しました。ただ、やはり「ポルシェのトラクター」は多くの人の記憶から忘れ去られていたのでしょう。ナンバー申請のさい、担当者に「本当にポルシェの?」と首を傾げられたそうです。

 実際に見る「ポルシェのトラクター」は、今の視点ではレトロなデザインです。それが一層、日本の農機具メーカーがどのように国内の農業振興に海外のトラクターを役立てようとしたか、考えさせてくれます。可動状態が末永く続くように願ってやみません。