専業主婦が家事労働の大変さを訴えると、それに反論する共働き女性がいる。なぜ対立が起きるのか。PR会社「NYパートナーズ」代表の中村優子さんは、元地方局アナウンサーから専業主婦になり、起業した経歴をもつ。専業主婦も共働きも経験した彼女に、ジャーナリストの富岡悠希さんが聞いた――。
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「NYパートナーズ」代表の中村優子さん - 筆者撮影

■「私たちは大変なの! ってツイート見たけど」…

時代が令和になっても、ネット上を中心に「専業主婦vs.共働き論争」が繰り返されている。具体的にいえば、家事に専念することへの大変さを訴える専業主婦と、家事と仕事を両立している共働き女性側の意見が対立している状況を指す。

10月には、タレントのフィフィさんが以下のようなツイートをした。

〈専業主婦の労働を時給にすると1,500円で、24時間働いていることになるから……って算出して、私たちは大変なの! ってツイート見たけど、稼ぎたいなら外で働けばいいじゃない。家事も育児も独りでやって、さらに外で働いている私からしたら、こうした愚痴を何のためにツイートしているのかが分からない。〉

この発言は、2023年春の兵庫県明石市長選に立候補予定の瀬戸麻希氏のツイートを受けてのもの。当該ツイートは現在削除されているが、内容を大まかに説明すると、家事育児代行の時給を1500円と仮定した場合、1500円×24時間×365日で年収1314万円になり、専業主婦は年中無休のブラック労働に当たる――というものだった。

フィフィさんのツイートには4万件近くのいいねがつき、コメントの中には「主婦はラクしている」「仕事の責任もないのに甘えるな」といった内容が散見された。なかでも、同じ女性からの意見が目についた。ちなみに筆者にはフルタイムで働く妻がいるが、幼少期は専業主婦世帯で育っている。フィフィさんの発言をどう捉えていいのか、非常に困惑した。

■元アナウンサー、専業主婦、社長を経験した2児の母

なぜ共働き女性は専業主婦をバカにするのだろうか。その答えを探るべく、筆者はある女性にインタビューを行った。地方局アナウンサー、専業主婦、社長と1人で3つの肩書を経験した中村優子さん(38)。昨年11月、ベンチャー企業のPRを手伝うために「NYパートナーズ」を立ち上げた。他にも著者を紹介する「本Tube」などの書籍関係の仕事、金融サービスの広報手伝いなどをしている。

この1、2年ほどは順調に仕事をこなしており、会社員の夫と同程度の収入を得るようになった。

「以前は夫に、『家族のために、少しでもいいから残業して稼いできてよ』と言っていました。今は、『好きなことがあるなら、今の仕事は辞めてもいいよ。私が頑張って稼ぐから』と言っています。だってそれがフェアですよね」

諸外国と比べて、長らく日本人の収入の伸びは鈍い。ここ2年半ほどは、新型コロナウイルスが経済に大きな打撃を与えてきた。

こうした中、夫に対し「私が稼ぐ」と言い切れる中村さんは、やり手の部類に入ろう。しかし、その歩みはバリキャリ一辺倒ではない。むしろ、15年の時を経て、一周回って着地した感を受ける。「なぜ、共働き女性は専業主婦をバカにするんでしょうか?」と聞く前に、中村さんの経歴を簡単に紹介したい。

■「いちばん最後に結婚しそうだね」と言われたタイプ

中村さんは札幌市にある藤女子中高で学び、東京の津田塾大に進学した。子どもの頃から学校の先生にあこがれ、英語の先生になるつもりだった。

好奇心が強く、勉強も苦ではなかった。ところが家庭教師をした教え子が、どうしても勉強が苦手なタイプだった。うまく導けず、先生になる夢自体に挫折した。3年生の秋になると、クラスメートが採用の早いテレビ局のアナウンサー職を受け始めた。中村さんも就活を意識し始める。

中村さんは、教師を「1人ずつの種をまき、水をやって育てる仕事」と捉えていた。対するメディアはどうだろうか。「たくさんの種をまき、水をやって、どこかで育つのを期待する仕事」と受け止めた。

するとがぜん興味がわいてきた。アナウンサー学校にも通うなど本気となった。そして、見事に地元北海道のUHB(北海道文化放送)のアナウンサー職に内定を得た。

生真面目で男勝りな性格から、当時大学のクラスメートたちにはこう言われた。

「優子はキャリアを積んでから、私たちの中でいちばん最後に結婚しそうだね。結婚して家庭を持っているイメージがまったく見えない」

■別居婚になるぐらいなら…2年であっさり寿退社

2007年4月に22歳で入社し、報道からバラエティーまで幅広い番組を担当した。「嫌なことは特になくて、楽しかった」

ところが、当時交際をしていた夫と結婚を見据える中で、キャリアに対する考えが急変する。

「会社は今は私をチヤホヤしてくれるけど、もっといい子が出てきたらそちらにいく。かたや、東京で働く彼と結婚できるタイミングは今しかない」

10年以上前のことで、別居婚という選択肢もなかった。難関の倍率をくぐり抜けてのアナウンサー職だったが、わずか2年で辞めた。2009年5月末に寿退社して、上京し新婚生活を始め、専業主婦となった。

ほどなく妊娠し、2010年3月、25歳で男女の双子を出産した。

夜は近くに住む義母が入浴の手伝いに来てくれたが、双子の育児は大変だった。そして重大なことに気付いた。

「私、主婦に全然向いてない」

■“子どもと家事だけ”の生活にだんだん違和感が

学校の先生を夢見たぐらいだから、「子どもはみんなかわいいと思うタイプ」だった。だからなのだろうか。「ものすごくわが子にコミットしたいと思わないし、実際にできないのです」

中には「息子が彼氏」と明言して溺愛する母親もいるが、中村さんは「息子ラブ」とはならなかった。もちろん、愛情を持って育てているが、ベッタリしたいとは思わない。

それよりも、大学や会社の同期の女性たちがキャリアを重ねていくことに、「取り残された感じを抱きました」

言葉を扱う仕事をしていたのに、子ども向けの日本語しか使っていない毎日にも飽きた。大人同士で交わしていたやりとりが出てこなくなっていく。例えば「バスがとまる場所」とは言っても、「バス停」が表現できないという具合だ。

またそのころから、「家事育児を100%やる」という考えもやめたという。もともと整理整頓にそこまで気を使うタイプではなく、苦手な家事を毎日完璧にこなすことはストレスだった。加えて、子どもが熱を出してももう1人いるから、自分が倒れるわけにはいかない。家事はせいぜい7割ぐらいでいいんだと思えるようになると気持ちは楽になったが、よりいっそう「社会とつながりたい、仕事がしたい」と強く思うようになった。

■保育園には入れず、月収5万円のアルバイトしかない

子どもが1歳になると、反対する夫と義母を説得し、時給単位のリサーチアルバイトや、友人の手伝いなどから仕事を始めた。都内に出るため人生で初めて満員電車に揺られた際は、「都心で働く人は毎日こんな思いをして通ってたんだ。夫、偉いな」と痛感した。

撮影=プレジデントオンライン編集部

第2新卒で採用面接も受けてみたが、子どもが2人いると分かったとたん、不合格となった。正社員を募集している職種は未経験、もしくはアナウンサーのキャリアと親和性のある職種は営業や秘書などに限られ、保育園の送迎に間に合わない。結局正社員は断念し、アルバイトとして月5、6万円を稼ぐのが精いっぱい。20代後半の年収は60万円を超えるのがやっとで、キャリア形成に苦しんだ。

「専業主婦の自分はもう社会に必要とされていないのか」と絶望することもあった。同時に「このまま家庭に入っていても、私は主婦として十分な成果をあげられないだろう」という危惧もあった。

そこで、もう一度社会復帰するために2つのことを心がけた。まずは「元アナウンサーという肩書にしがみつかない」こと。2年の局アナ経験だけで戦える世界でないことはよくわかっていたし、「家庭内でも、外でもなるべく機嫌よくいる」ことも心がけた。不機嫌が顔に出ると、仕事の縁にも恵まれない。そして自分を頼ってくれた場合、手に余るようならば必ず誰かを紹介した。

こうした姿勢がご縁を呼び込んだのだろう。30代半ばに差しかかると、徐々に好転し始めた。

2017年から、今も続ける「本Tube」での著者紹介の仕事に出会った。作家エージェント会社の手伝いも始めた。コロナ禍では作家・林真理子さんのYouTube「マリコ書房」を開設し、相方MCを務めている。

■専業主婦をバカにする「2つの心理」

アナウンサーから専業主婦へ、アルバイトを経て会社代表に。そんな中村さんの目に「専業主婦vs.共働き論争」はどのように映っているのだろうか。

なぜ、共働き女性は専業主婦をバカにするんでしょうか? と尋ねると、中村さんは友人や同僚の反応を見ながら、専業主婦に対する働く女性の認識には2パターンあると分析した。

一つ目が、「専業主婦がうらやましい人」。フルタイムで一生懸命、仕事をこなしているのに満足な収入や望むようなキャリアが得られない。そのため「専業主婦は家で楽をしている」と攻撃する。

もう一つが、「仕事をしないのはもったいないと思っている人」。大企業を中心に、女性は出産しても職場に戻ることが普通になってきた。また、一度は仕事を離れても、5年、10年もたつと、別の仕事に就く場合もある。中村さんのようなケースだ。

すると、彼女たちの一部が「ずっと専業主婦なのは、もったいない」との認識になる。正義感が強い場合には、「社会に貢献していない。あなたが専業主婦でいることで女性の地位が上がらない」との主張につながる場合がある、との見立てだ。中村さん自身、同性異性問わず、「もったいない」「家の中でくすぶってるなんて非生産的だ」と言われた経験がある。

■だれかを攻撃したくなる「怒りの根源」に目を向けるべき

専業主婦、働く女性の両者を濃密に体験している中村さんは、お互いがお互いを攻撃し合う現状を、自身の体験も踏まえこう捉えている。

「あなたが怒りを持っているものが、何なのかを深掘りしてみては。それは専業主婦に対してとか、働く女性に対してとかではないはずです。他人に怒りが向くときは、実は自分の中に消化できない怒りや悲しみ、苦悩があるのだと思います。

働く女性ならば、子育てがうまくいってなくて、『専業主婦だったらよかったのに』と思っていませんか。専業主婦ならば、働くことへの夫の無理解や非協力な態度があるかもしれません」

自分の怒りの原点をこそ見つめてほしいと訴える。

筆者撮影

冒頭で紹介した、専業主婦の労働を時給1500円で24時間換算することをめぐるTwitter上の大論争はどう受け止めているのだろうか。

「う〜ん。英語や音読を教えたら私は時給1500円はもらえるでしょうけど、家事業務だと600円ぐらいかな」

笑いながらこう語った後、中村さんは次のように締めた。

「私は元々は専業主婦に憧れとは言わないまでも、“楽しそう”とポジティブに捉えていました。でも、実際経験して、家事で絶対に100点とれないと思った。だからせめて稼ぐことで家庭を支えようと思ったんです」

「みんな、少ない文字情報で判断しすぎていると思うんです。たんに嫉妬したり恨んだりしてもブスになるだけ。相手をたたくのではなく、自分の怒りの根源に目を向ければ、もっと機嫌よくいられると思うし、そのほうがずっと健康的な日々を送れると思います」

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中村 優子(なかむら・ゆうこ)
元テレビ局アナウンサー、インタビュアー、スタートアップ広報
作家・林真理子さんのYouTubeチャンネル「本Tube」を運営。インタビュー動画の企画から出演、編集まで一人でこなす。年100本以上の動画制作に関わる。2022年、スタートアップ広報の会社を設立。
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(元テレビ局アナウンサー、インタビュアー、スタートアップ広報 中村 優子 聞き手・構成=富岡悠希)