運転士と車掌「同時にやると休む間ない」 東京圏で進む鉄道のワンマン運転 実際どうなの?
東京都心を走る鉄道のワンマン運転化が進んでいます。2022年8月からは東京メトロ有楽町線で開始されたほか、今後はJR山手線や東急東横線などもワンマン化予定です。多くの利用客がいる通勤列車のワンオペ。実際はどうなのでしょうか。
ワンマン化 JRは山手線や京浜東北線、東急電鉄は東横線で
東京メトロ有楽町線でワンマン運転が始まってから、2022年10月で2か月近くが経ちます。10両編成で運行する有楽町線のワンマン化には一部で心配の声もありましたが、特に大きなトラブルがあったという話もなく、すでに日常の一部になりつつあるといってもよいでしょう。
振り返れば東京メトロでは、副都心線が開業時から小竹向原〜渋谷間で10両編成のワンマン運転を行っており、2015(平成27)年3月には有楽町線と副都心線が線路を共有する和光市〜小竹向原間で両路線ともにワンマン運転を開始しています。有楽町線ワンマン化がスムーズに進んだのは、和光市、小竹向原運転事務室所属の運転士が経験済みだったという面も大きかったといえるでしょう。
東急目黒線の3000系電車。同線はワンマン運転を行う(2011年5月、草町義和撮影)。
ワンマン線区は今後、急速に数を増やしていくことになりそうです。JR東日本は2021年12月、2025年から2030年頃を目途に山手線、京浜東北線、南武線、横浜線、常磐緩行線をワンマン化する方針を発表。また東急電鉄も、東横線のワンマン化に向けた準備を急いでいます。
その背景にはコロナ禍があります。鉄道事業者の事業環境は一変し、鉄道の利益を確保するにはさらなる業務効率化とコスト削減が必要です。その取り組みのひとつが、車掌の業務を運転士が兼ねることで、ひとり分の人件費を削減するワンマン化です。
ワンマン運転とは車掌が乗務せず運転士のみで列車を運行する方式を指します(厳密には車掌のみが乗務するワンマン運転もありますがここでは省きます)。車掌は運転士への出発合図、乗降時・出発時・列車後方などの安全確認、ドアの開閉、車内放送、空調の操作など、運転以外の業務のほとんどを担っていますが、ワンマン運転ではこれらを運転士が行わなければなりません。
運転しながら全てこなすことは困難なので、都市型ワンマン運転では原則、自動列車運転装置(ATO)を導入して運転操作を自動化しています。つまりワンマン列車では事実上、機械が「運転士」で、運転士が「車掌」の役割を果たしているといえるでしょう。
なぜワンマン運転の路線にはホームドアがあるのか
ただ自動運転とはいえ運転士は常に前方監視をし、必要に応じて非常ブレーキ操作などの手動操作を行わなければなりません。そこでワンマン運転対応車両の運転台にはドア開閉スイッチ、放送用マイク、空調操作盤など車掌業務用の設備が設置されています。
車掌の役割をそのまま代替できないものもあります。例えば車掌は駅進入、進出時に列車最後部から側方を監視しますが、運転士は自分より後方が見えません。そこでワンマン運転を行う区間では各駅にホームドアを設置し、ホームからの転落や列車との接触などを防いでいます。また乗降時や閉扉時は運転士が、ホームまたは車上に設置されたカメラの映像を運転席のディスプレイで確認しています。
ちなみに運転士は、ATO故障時など緊急時に対応するために月1〜2回ほど営業列車で手動運転の訓練をしており、その際は運転士と車掌の両方を兼ねなければなりません。ワンマン運転を経験した運転士に話を聞くと「同時にやると休む暇がない」ということでかなりの重労働になるそうです。
さてここまでATOとホームドアを中心にワンマン運転の要件を見てきましたが、近年これらはツーマン路線でも普及し始めています。ホームドアは乗降客数が多い駅を中心に、JR・大手私鉄で導入が進んでおり、東急電鉄はすでに、軌道線である世田谷線を除き全駅に設置を完了。JR東日本も2032年頃を目途に、首都圏主要線区330駅(758番線)に整備する方針を示しています。
ホームドアを拠点駅のみならず全線にわたって設置すると、停止精度を確保するため運転士のバックアップ装置としてATOやTASC(定位置停止装置、停車時のみの自動運転)の導入が必要になります。するとホームドアの整備が完了した路線は自ずとワンマン運転の条件が揃うのです。
東急目黒線は2000(平成12)年の南北線・都営三田線との直通運転開始にあわせてホームドアを設置しワンマン運転を開始しました。つくばエクスプレスは新設路線の強みを活かしてホームドアとATOを完備し、2005(平成17)年の開業時からワンマン運転を実施しています。
実際、1人でも2人でもほとんど変わらない
ただしATOとホームドアはワンマン化の前提ですが、実際にワンマン化に踏み切るにはこれに加えて経営判断が必要です。鉄道事業者にとって将来の働き手不足は大きな懸念でした。そこで今のうちから人手がかからない仕組みを作り、退職者と新規採用のバランスを取りながら、徐々に要員を削減していこうと考えていました。
南北線にはフルスクリーン型のホームドアが設置されている(2021年12月、大藤碩哉撮影)。
ワンマン運転とは結局のところ車掌の廃止です。彼らの仕事を奪うのはモチベーションに関りますし、組合問題にもなりますから、事業者としては穏便に進めていきたいと思っていたはずです。ところがコロナが事態を大きく変えてしまいました。せっかく設備があるのならできる限り早くワンマン化を実現して、業務の合理化・省力化を進めなければなりません。
それにしても、最大で2000人が乗車する通勤列車を運転士1人に任せていいものかと不安に思う人もいるのではないでしょうか。前述のようにワンマン列車には運転士をバックアップする様々なシステムがあるとはいえ、機械が代替できない人間の直接対応、具体的には大地震などの災害や事故、事件時の対応という問題があります。
これについては、鉄道事業者は口を濁しますが、結局のところ運転士と車掌の2人がいても対応は困難なのです。都心の駅間が短い路線では次駅で対応するのが一番早く、そのためには駅員の協力が不可欠です。
災害時についても、2000人もの乗客を1人で誘導しようが2人で誘導しようが無理なものは無理です。この場合も駅の応援を待って避難することになりますし、同時多発的に被害が発生し、応援の見込みがない場合は乗客の協力を得て対処するしかありません。
ワンマン運転はATOやホームドアを含めたシステム全体で安全性を確保する設計ですが、その中には指令所や駅といった外部のサポートも含まれていること、そしてそれは、ワンマンでもツーマンでも変わらず重要であることを見逃してはなりません。