性風俗業は給付金の対象外に デリヘル経営者が国を提訴へ - 小林ゆうこ
※この記事は2020年08月27日にBLOGOSで公開されたものです
新型コロナウイルスの感染拡大に影響を受けた中小企業や個人事業主向けの支援事業について、性風俗関連特殊営業を対象外とするのは「職業差別」だとして、無店舗型デリバリーヘルス(デリヘル)を経営する女性が、「セックスワークにも給付金を」と国を提訴する。
女性は6月、同じ性風俗関連業者らとともに中小企業庁に出向いて陳情したものの、担当者の回答は「これまでも国の補助制度から対象外としてきた」という紋切り型のものだった。国会でも同様の押し問答が繰り返されるばかりで、司法の場に判断を委ねることにした。
コロナ支援の対象か否か「謎の線引き」
大阪府でデリヘルを経営するFU-KENさん(仮名、30代)は、コロナ禍の風俗業界への支援を訴える「ナイト産業を守ろうの会」で活動している。代表を務めるのは、風俗専門の行政書士として働く福岡在住の行政書士・佐藤真さん(36)。陳情には、佐藤さんの他に、群馬県でラブホテル(以下、ラブホ)を経営するホテルセーラグループ社長の市東剛(61)さんも同行。3人は、書面で集めた416人分と、オンライン署名サイトで集めた533人分の署名簿も提出していた。
デリヘルとラブホは、いずれも風営法で性風俗関連特殊営業とされている。陳情に際して、2人はそれぞれ次のように訴えた。
FU-KENさん「法律を遵守して営業し、納税している事業者を差別しないでほしいという願いをお伝えしたい。同じ性風俗業でも個人事業主として働く人は対象になったが、届出している事業者は依然として対象外のまま。こうした非常時に守られないなら、反社会勢力に頼ってしまう店が現れたり、違法な店が勢力を伸ばしたりすることにもつながる。業界の健全化や従業員の安全のためにも支援が必要」
市東さん「このままでは自殺するしかないと考える経営者がたくさん出てくる。風営法に該当する業種として届出をしているラブホテルは、持続化給付金の対象外だが、逆に、実態はラブホテルでありながら届出をしていない(レジャー)ホテルは対象となっている現状がある。法律に則り経営し納税している事業者が、結果的に不利益を被っている」
性風俗関連特殊営業には、ソープランド、デリヘル、ストリップ劇場、ラブホテル、アダルトショップなどが含まれるが、FU-KENさんと市東さんは、同じ性風俗業界でも、働き方や業態の違いによって支援の有無が別れる、“謎の線引き”を問題視している。
陳情に立ち会った衆議院議員の尾辻かな子(立憲民主党)、本多平直(同)、田村貴昭(日本共産党)の3氏も、給付対象外となっている理由を質問したが、対応した中小企業庁の担当者は「検討はしたが、判断を変えるに至っていない」「過去の政策との整合性から総合的に判断した」と答え、謎の線引き問題に触れることはなかった。
「夜の街で働く人間は国民じゃない?」
その回答は理解に苦しむものだったと、佐藤さんは振り返る。
「支援から除外される理由について具体的に尋ねても、担当者は『いろんな意見がある』と言うばかりで、まったく説明にすらなっていなかった。実は4月に、地元の福岡市で水商売の人たちが休業補償を求める署名を市議会に提出したが、あのときも行政担当者は『政府が決めたことなので』と答えて、埒があかなかった。対象外とする理由は、『国民感情が許さない』『前例にない』というのが、行政の一貫した対応です。まるで、ナイト産業で働く人たちは国民じゃないと言っているように聞こえます」
「前例にない」とはどういうことだろうか。国会での質疑を遡ると、判で押したように肩透かしな答弁が並ぶ。
梶山弘志経済産業相「災害対応も含めて一貫して公的金融支援や国の補助制度の対象としてこなかったことについては、社会通念上、公的資金による支援対象とすることに国民の理解が得られにくいといった考えのもとに、これまで一貫して国の補助制度の対象とされてこなかったことを踏襲し、(今回も)対象外としている」(5月11日の参院予算委員会、立憲民主党・石橋通宏議員の質問に対して)
梶山弘志経済産業相「風営法で定義されている性風俗関連特殊営業については、災害対応も含めて一貫して公的金融支援や国の補助制度の対象としてこなかったことを踏襲している」(5月22日の衆院経済産業委員会、立憲民主党・本多平直衆院議員の質問に対して)
安倍晋三首相「性風俗関連特殊営業等については、災害時の各種支援も含めて、過去の国などによる補助制度において対象としていなかったことなどから、今般の持続化給付金からも除外させていただいたところです」(6月8日の参院本会議、国民民主党・徳永エリ議員の質問に対して)
佐藤さんは行政書士として、博多や繁華街・中洲の飲食店などで働く人々からの相談を受けているが、営業自粛による影響は大きく、生活保護などの申請に何度も立ち会ったという。
そんな佐藤さんは性風俗店などに勤めた経験があるが、当時は差別されているという感覚を抱いたことはなかったと語る。
「今回、持続化給付金の対象から除外されたことで、差別が急に表立ってきたように感じている。小池百合子都知事が言い出した〝夜の街〟という言葉がまさにそれだ。実はホストクラブのお客の8、9割はキャバ嬢だが、そのキャバクラのお客は昼の街の人たち。それなのに、なぜ一定の属性だけを〝夜の街〟という言葉でくくって標的にするのか? 夜の業界で働く人たちは個人的な事情から声を上げにくい、いわば社会的弱者。政治家は自らの責任を逃れるために弱い人たちを叩いているようにしか思えない」
デリヘルを経営する女性が国を訴える理由
ナイト産業を守ろうの会は8月、「change.org」で「#臨時国会の早期開催を求めます」とネット署名を始めた。
「最近は、性風俗業への支援除外の問題に加えて、風営法を濫用したコロナ対策の問題について活動している。その問題解決のためにも、臨時国会の早期開催を望んでいる」と、佐藤さん。
いっぽうFU-KENさんは、社会に向けて発信するのはこれが初めてという。この春からSNSやnoteで、「職業差別」に対する憤りを綴り始めた。反響は大きく、多くの人たちからの生の声に触れるうち、ある決意が膨らんでいったという。
「差別を止めてほしいという思いを国に伝えたい――。発信を始めたころは、政治家に動いてもらうには、世間の人の声を集めることが大事だろうと考えていた。誰に声をかければよいかなとも考えた。でも、次第に性風俗営業については法人ごとの内情があるのだから、ここは個人として戦おうと考えが変わってきて、結局ひとりで国を訴えることにした。
もちろん複雑な思いはある。訴訟が性風俗業全体の声だと見られることの責任感とか、店の女の子たちに迷惑がかからないかとか。それでも、自分は性風俗業を営む健全な経営者であり納税者であり、一国民であるということを訴えたい」
FU-KENさんは、デリヘルのキャストを10年ほど経験した後、独立して経営者となった。現在、自社の従業員は4人、キャストは総勢50人、コロナの感染拡大が始まった今春からは縮小した編成で営業している。
「4月半ばから5月半ばまで自粛要請に従って店を休業した。4月は例年比9割減、5月は5割減、6月7月は3割減、8月は4割減の見通し。補償はなく、性風俗業は融資も受けられないので、内部留保でなんとか凌いでいますが、経営的には非常に苦しい。女の子たちは個人事業主なので持続化給付金を給付されることになったが、そもそもコロナ禍に入ってからは出勤自体が怖くてできなかったり、家族のことを考えて昼の仕事を探したりと、見ていても本当に辛くなる」
最近、平裕介弁護士(東京弁護士会)を代表に、メンバー5名の弁護団が結成され訴訟準備が始まった。弁護団のひとり亀石倫子弁護士(大阪弁護士会)がメール取材に応じてくれた。裁判は次のような内容になるという。
「主意的(メインの)請求として〝給付の訴え〟を起こします。被告(国)は、原告に対し、・・・(本来給付されるべき持続化給付金と家賃支援給付金の合計額)円を支払え、という訴えです。予備的(サブの)請求として、〝確認の訴え〟を起こします。持続化給付金や家賃支援給付金を交付される法的地位の確認の訴えです。さらに、〝国家賠償請求〟をして、弁護士費用、慰謝料も請求する予定です。(持続化給付金に関する裁判は)弁護団が把握している限りでは、日本で初めてだと思います」
裁判費用は、クラウドファンディング・サイト「Call4(コールフォー)」で、きょう8月27日(木)から集める。呼びかけのタイトルは、『「セックスワークにも給付金を」訴訟』とした。
弁護団との打ち合わせに多忙を極めるFU-KENさんだが、表情は明るい。
「訴状提出は9月中旬になる見通し。裁判の期間を弁護士に聞いたところ、地裁、高裁、最高裁へと進む場合は2~3年以上かかるだろうと言われた。憲法14条の〝法の下の平等〟や、〝行政裁量の逸脱濫用〟を争うことになるだろうが、この裁判で職業差別の本質を知ることができるなら、期間は関係ない」
〝夜の街〟はなぜ叩かれ続けるのか
ひとりのデリヘル経営者を法廷闘争に駆り立てたコロナ禍。「それは国の支援に値する産業なのか」といった性風俗業廃止論も一部で飛び出すなか、ナイトワーカーとしての彼女自身の存在意義を問い正す戦いにもなりそうだ。「厳しいだろうが意義のある戦いだ」と弁護団が語ったと、FU-KENさんは柔らかな声で笑った。
実は性風俗の是非についてもっとも知りたいのは、彼女自身だったかもしれない。そうでなければ、「性風俗業除外の問題について思うことをお聞かせください!」と題するサイトを立ち上げる必要もなかったのではないだろうか。
6月にサイトを始めて以来、業界内外から多くのコメントが寄せられたという。予想に反して誹謗中傷より「同感」の声が上回った。
「補償や給付に国籍や職業による差別があるのはおかしい」(ストリップ劇場で踊る女性)、「政府が緊急事態宣言まで出して、〝過去に例のない支援〟と言っているのに、対象外の理由が〝前例を踏まえて〟というのは、いくらなんでも説明がお粗末」(性風俗店で働く女性)、「救済にふさわしくない職業というのなら、その根拠は何か具体的に説明してほしいです」(元AV女優)など。
ラブホチェーンの社長・市東さんもコメントを寄せ、業界の苦境を訴えている。
性風俗特殊営業事業者は全ての新型コロナ感染症関連支援策から対象外とされている。対象外となっている支援策は・持続化給付金・日本政策金融公庫のコロナ特別貸付・日本政策金融公庫のセーフティネット貸付・日本政策金融公庫のコロナ資本性劣後ローン・商工組合信用金庫の危機対応融資・金融機関と信用保証協会によるセーフティネット保証5号・金融機関と信用保証協会によるセーフティネット保証4号・生産性革命推進事業による小規模事業者持続化補助金等々。他にも政府HP上でPDF80ページ以上にもわたる支援策の殆ど全てが対象外である。
この投稿が縁で、冒頭に書いた3人の陳情につながった。
こうしたFU-KENさんへの「支援の声」と、首相らの「支援せずの答弁」との間には、天地ほどの温度差があるように感じられるが、その「職業差別」は、この国が性風俗業界を、淫靡な〝夜の街〟として排除してきた歴史に根ざしているようだ。
その手がかりを探しているうち、NOON裁判に行き当たった。2012(平成24)年、「客を無許可で踊らせた」という風営法違反で大阪梅田のクラブ・NOONの元経営者が摘発された事件(以下、NOON裁判)で、最高裁での控訴棄却によって勝訴した裁判。判決文に、性風俗関連特殊営業について言及するくだりがある。
性風俗関連特殊営業に関しては、許可の対象とすることでその営業を公認したかのような印象を与えることが適当ではないという政策的な理由から届出制が採られている。
国が公認するか否かを検討するまでもないほど、「いかがわしい業界」だと、暗に述べている。風営適正化法では、風俗業の業種別に公安委員会への許可制あるいは届出制を定めているが、許可の必要がある業種とは、風俗営業(接待飲食等営業、遊技場営業など)で、具体的には、バー、キャバレー、キャバクラ、ホストクラブ、パチンコ店、ゲームセンターなど。いっぽう、届出が義務づけられている業種とは、性風俗関連特殊営業(店舗型、無店舗型風俗特殊営業など)で、具体的にはデリヘル、ソープランド、ストリップ劇場、ラブホなど。
許可制か届出制か。この分類こそが、今回の職業差別を紐解く重要な手がかりになりそうだ。前者の業界には持続化給付金という支援があり、後者にはない。NOON裁判の地裁判決文に照らせば、性風俗関連特殊営業の届出をした事業者に持続化給付金で支援することは、「公認したかのような印象を与える」ということになるか。
ラブホと偽装ラブホがコロナ支援で逆転
持続化給付金をめぐり、「ラブホ業界」もまた二分している。そのことを世に知らしめたのは、市東社長が中小企業庁への陳情で述べた「法律に則り経営し納税している事業者が、結果的に不利益を被っている」という訴えだ。
ラブホには、風営法と旅館業法に届出して営業する、「4号営業ラブホ」と、旅館業法のみで営業する「新法ラブホ」との二種類が存在するが、2011(平成23)年の風俗営業法改正により、それまで旅館業法だけの許可で営業していた「偽装ラブホ」は「新法ラブホ」と呼ばれ、やがて「レジャーホテル」として人気を博している。
ところが、それは風営法に届出をしていない「偽装ラブホ」なのだと、YouTubeチャンネル「大人の遊び研究所」の木曽崇さんが問題提起している。
7月21日に同チャンネルで公開の「【専門解説】偽装ラブホと持続化給付金問題」で、「偽装ラブホとは、風営法上の許可を得ず、旅館業法の許可のみで営業を行うが、実質的にラブホテルとして運用されているホテル」と定義したうえで、木曽さんは概略を次のように解説した。
真面目に届出をしてラブホ経営している事業者は、いま性風俗関連事業者ということで差別的に持続化給付金の対象外という扱いを受けている。いっぽう、実態はラブホテルであるにもかかわらず、制度逃れをしているレジャーホテルは、ホテル・観光業事業者ということで持続給付金の対象になっている。
ルールを守っている人が損をする世界ができている時点で、ルールを守る人がいなくなる。ギャンブルや風俗はそういう業界だからこそ、行政は真面目にやっている人に報いていかなくてはいけない。いま持続化給付金の問題が、まさにラブホテルを中心として性風俗関連営業のなかで問題視されている。
市東さんに、改めて本音を聞いた。
「国のやることは矛盾している。不満もある。風営法は何のための法律か、何のための既得権益だったのか。抗議もした。ただし、法律的にはともかく、実際は同業者。違法だと相手を刺すような声は上げにくい」
コロナ禍において生きるか死ぬかの崖っ淵で、適法ラブホの声を上げにくくしているのは、やはり国民感情なのか。しかし、ラブホにしろデリヘルにしろ、性風俗業に対する国民感情は、図らずも、届出をしていない違法事業者(アンダーグラウンド)に加担してしまっている。