※この記事は2020年08月27日にBLOGOSで公開されたものです

大和総研の2020年7月の日本経済見通しは、『日本経済は「戦後最悪」ともいわれる厳しい経済危機から脱しつつある』とするが、一方で内閣府が17日に発表した2020年4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は実質で前期比7.8%減、年率換算で27.8%減と戦後最大の下げだった。大きな視点で見れば最悪とまではいえないのかもしれないが、先行きが見えない状況が続いていることは間違いない。

6カ月連続で前年同月単価を上回る新築マンション

その中にあって面白い動きをしているのがマンション市場だ。供給戸数自体は10カ月連続で前年を下回っているものの、首都圏の新築マンションの分譲平均㎡単価は6カ月連続で前年同月を上回る+5.4%となっており、平均供給価格は6月時点で6389万円。初月契約率も73.2%と改善しているのである(数字はすべて公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会不動産総合研究所の2020年7月の不動産市場動向データ集より)。

他の建物種別を細かく見ると、中古マンション、中古戸建て(首都圏、近畿圏とも)、新築戸建て(首都圏)は2020年5月まで下落した後、6月から価格が上昇。6月以降持ち直しているのは他の種別でも明らかなのだが、上昇し続けているという意味で新築マンションは異質である。

長期の不動産価格指数(速報値)で見ても2009年以降、住宅地は一時下落するも横ばい、戸建て住宅はそれよりは上ぶれしているもののやはり横ばいが続く中、マンション価格は2013年に入った辺りから長期にわたって上昇傾向が続いている。

この状況を理解するには2つの状況説明が必要だ。まず、ひとつは長期に価格が上昇しているという件。これについてはよくいわれる超低金利や節税効果、都心集中などの要因の他に、2013年をピークに首都圏も含め、全国で新築マンションの供給数が減少してきたという背景がある。一方で2019年には契約率が販売好調の目安といわれる70%を切る月が10カ月もあるなど売れ行きは鈍化しているのだが、それでも価格の下がる気配はない。

新築マンションの価格を下げないことが可能なのは、2008年のリーマンショック後に1990年代後半に急成長した新興デベロッパーの多くが姿を消しており、現在の供給を担っているのが体力のある大手デベロッパーばかりであるためだろう。安く売り急ぐ必要はなく、逆に供給を絞って価格を高値に安定させておいたほうが良いという判断があり得るのである。

そこにコロナ禍で供給が極端に絞られる事態が出現した。加えて、これまでの「できるだけ都心に住みたい」というニーズが変化し、テレワークの普及により住まいで過ごす時間が増えたことから、少しでも広い住まい、満足いく住まいに住替えたいと考える人が出てきた。しかも、この時点でそれを実行できる人は経済的に安定、余裕がある人である。そもそもテレワークになった時点で非正規でも、現場の仕事でもない可能性が高いのだ。

ニーズを強く感じている中での購入は予算度外視、多少高くても良いからニーズを最大限満たすものへと向かう。しかも、数が少ないとあれば高くても買うだろう。これが2つめの状況である。

こうした経済的に余裕のある人ほど予算オーバーした買い物をするのは平常時でも見られる。予算3000万円で住宅を探している人が4000万円の物件を買うことはほぼないが、7000万円で探している人は場合によっては8000万円、9000万円はおろか、1億円オーバーに手を出すこともあるのだ。

新築マンションはいつが「買い時」なのか

次に気になるのはこの傾向が続くのかという点。一般的には「先行きが不安定になると、消費者は大きな買い物を控えるようになります」と貸住宅市場レポートなど各種の不動産情報を手がけるタスの主任研究員・藤井和之氏。経済的に余裕がある人なら、数が少ないがゆえに高くなっているとしても、今、必要としている物件を買うだろうが、世の中はそうした人ばかりではない。そうしたことも含め、藤井氏は長期的には新築マンションの分譲価格は下落すると見ている。

それにはいくつか考えられる要因がある。ひとつは首都圏の新築マンションの平均価格である「6000万円超」という額だ。

現在、この金額帯の物件を買っているのは世帯年収700万円から1000万円前後、あるいはそれ以上の人が多いのだが、国税庁の民間給与実態統計調査で見ると年収700万円超が該当するのは従業員数1000人以上規模の企業勤務、男性でも勤続20年以上などの層になる。そのうち、これから住宅を購入する30代、40代がどのくらいを占めるか考えると、対象層はそれほど多くはない。しかも今後、給料が増えるよりも減る懸念が多いことを考えると買える層はさらに限られてきそうである。

また、コロナ禍下では都心の狭い集合住宅よりも郊外の広い一戸建てに目が向く傾向がある。今後の働き方の変化に左右されるところはあるものの、交通利便性が最優先ではない選び方をする人が増えるはず。その観点で探してみると、最近人気が高まっている神奈川県湘南、たとえば鎌倉辺りで探すと、駅から多少遠いにはしても、土地面積150㎡ほどの新築一戸建てが5000万円ほどで買える。中古を狙えばさらに広く、安くもなる。これからはこちらのほうが良いと考える人もこれまで以上に出てくるだろう。

この動きは新築マンションでも同様にある。郊外のファミリータイプ3000万円台からの大規模物件モデルルームに来場者が増えているのである。

もうひとつ、完成までに時間がかかる物件を買うことのリスクをどう考えるかという点もある。たとえば、東京五輪・パラリンピック(以下東京五輪)の延期に伴い、入居開始も2023年から延期された晴海フラッグ(選手村跡地)の場合、これから4年後の入居だとして、買った人の生活や社会が今のままだろうか。同物件は現時点の相場からすれば手頃だと人気が出たわけだが、4年後にもその相場は不変だろうか。そう考えると、今を前提にタワーマンションや大規模開発のような「何年か後の生活を買う」というやり方自体に不安を覚える人が出てきてもおかしくはない。

さらに今後もタワーマンションを中心に新築マンションは増える。不動産経済研究所が2020年4月27日に出した「超高層マンション動向 2020」によると、2020年以降に完成を予定している超高層マンション(2020年3月末現在)は258棟、10万3100戸で、前回調査時(2019年3月末時点)に比べて27棟、8009戸増加している。

うち、首都圏は177棟、8万1525戸である。2011年以降、増えたり減ったりしてきたタワーマンションだが、2019年に一気に増加、その勢いのまま2020年に突入している。首都圏では都心部や湾岸エリアを中心に、超高層大規模開発や複合再開発プロジェクトが数多く含まれているのが特徴でもある。

もちろん、コロナ禍を受けて計画の見直し、延期などが行われるであろうことを考えると、必ずしもこのままとは思えないが、それにしてもまだかなりの数の新築マンションが供給されるのである。需給のひっ迫が高値安定の一因とすると、供給増はそれをひっくり返す可能性がある。

晴海フラッグの値下げが相場全体の試金石に

以上の状況を踏まえ、今後の動向を考える上で注目したいのは前述の晴海フラッグである。日本を代表するデベロッパーのほとんどが参画してのプロジェクトだけに、そうそう簡単に価格を下げることはなかろう。ここを下げることは自分たちの市場を潰すことでもあり、市場が大崩れになるからだと藤井氏。

「大手デベロッパーの場合、一社だけが関わるタワーマンションでも期を分けて少しずつ、3~4年をかけて販売します。オプションを付けて実質的には値引きしつつも表面的には値下げを見せないようにしますが、晴海の場合もそのやり方で延々と販売が続くのではないでしょうか」

ひとつ、難しいのは晴海の場合、すでに契約してしまった住戸があること。引き渡し延期が決まった後、手付は全額返還、解約も可となったが、どの程度が契約を続行するか。もし、全員が解約するのであれば、次回分譲時には状況に合わせた価格設定ができるが、現在の契約者がいるとなればそうもいかない。相場よりは安くとはいっても平均坪単価300万円超が4年後にどうなっているか。まして、もし東京五輪がさらに延期あるいは中止ということにでもなったら……。

長い目では安くなっていくだろうが、それまでにはまだまだ紆余曲折がありそうだ。