【いきなり!ステーキ過剰出店のその後】“枯れかけた金の成る木”を残し祖業売却したペッパーフードの危険な選択 - 大関暁夫

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※この記事は2020年08月25日にBLOGOSで公開されたものです

当初の想定以上に長引くコロナ禍にあって、多くの企業が今までの延長線上での経営が難しくなり、新たな展開への舵取りに迫られています。

特に外食産業は、店舗の固定費削減に向けた動きが著しく、上場企業100社の2020年店舗計画で1200店舗が閉店予定(日経新聞調べ)であると聞きます。

コロナ前まで順調に経営を続けてきた企業ですら大変な状況にある今、アパレル業界におけるレナウンの破綻からも分かるように、順調さを欠いていた企業にとっては、今まさに生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているといえるでしょう。

「飽きられた」既存事業の抜本的な立て直しが急務

外食業界においてレナウンに近い立場でコロナ禍と対峙しているといえるのが、ペッパーフードサービス(以下、ペッパーフード)でしょう。

ペッパーフードは、立ち食いスタイルでリーズナブルに高級ステーキを提供するビジネスモデル「いきなり!ステーキ」で2014年以降急成長を遂げ、店舗数を約500にまで増やしました。

しかし、これが集客力を過信した過剰出店となり、近隣店舗同士で売り上げを食い合うカニバリズムを招いて2018年以降業績が急下降します。同社の拡大基調方針の転換は遅く、昨秋前年同月比売上で約4割減となるに至ってようやく店舗リストラに着手した、その直後のコロナ禍直撃でした。

リストラ着手の遅れもあり、2019年12月期決算は最終損益で27億円の赤字を計上。この苦しい状況下で、春以降の飲食店への営業自粛要請と世間に広がった外出自粛の風潮が与えた打撃は甚大です。

最新の報道では2020年1~6月半期の最終損益で79億円の赤字という、半期で前期1年の約3倍もの赤字を計上。57億円の債務超過になるという、加速度的な財務悪化状況にあります。

同社は114店舗の閉店と200人のリストラ策と、キャッシュフロー確保を目的とした投資ファンドなどからの97億円の資金調達を公表していますが、これといった業績回復策も見当たらず苦しい状況は依然続いています。急務なのは、利用者に飽きられたと言われる既存事業の抜本的な立て直し、すなわち大幅なビジネスモデルの見直しです。

このままでは、調達した資金が赤字資金を補填して終わり先には進まずということにもなりかねない、そんな状況にあるといえます。

祖業「ペッパーランチ」売却は十分に検討されたのか

私は、ペッパーフードの立て直し策の中でひとつ大きく気になることがあり、それがゆえに同社の先行きには一層の暗雲を感じています。それは、7月に公表された同社の祖業「ペッパーランチ」の事業売却です。

「ペッパーランチ」は1994年に1号店が開店、肉やご飯を鉄板の上で焼いて食べるペッパーライスをメインメニューとした庶民向け独自業態で、安定的な人気を得てフランチャイズを含め国内170店舗、海外321店舗展開するに至っています。

ペッパーフードの「いきなり!ステーキ」に至る発展史は、従業員の不祥事件や食中毒事件などの苦難も乗り越えてきた「ペッパーランチ」とともに成長してきたといえます。

そんな「ペッパーランチ」が、投資ファンドJスターへ売却されることに。売却額85億円。当然、厳しさを増す資金繰りに充てることが目的であろうことは明らかなのですが、前記97億円の資金調達交渉が同時進行していたと考えられ、祖業売却決定がそれに先立つタイミングでよかったのか、他の選択肢は十分に検討されたのか等々、私は大いに疑問に感じました。

「いきなり!ステーキ」は祖業とは異なる”モノマネ事業”

というのは、ペッパーランチ事業は19年度12月期で、売上が事業全体の約1割でありながら利益は12億円。一方、全売上の約8割を占めるいきなりステーキ事業の利益は19億円であり、やはり歴史ある「ペッパーランチ」の収益性は安定的に高いのです。

さらに考慮すべきは、「ペッパーランチ」の祖業としての存在です。オリジナルのビジネスモデル確立ノウハウと、度重なる不祥事を乗り越えて安定収益を稼ぐに至った経験と知見が、組織とスタッフに蓄積されているはずなのです。

他方「いきなり!ステーキ」は、ブックオフ創業者の坂本孝氏が発案した立ち食い形式で高級料理を安価に提供する「俺のフレンチ」の大ヒットに学び、坂本氏から「うちはステーキはやらないから、やってみてはどうか」と言われて始めたという事業化の経緯があります。

言ってみれば、こちらは祖業とは異なる「モノマネ事業」であり、オリジナルビジネスモデルではないというのが実情なのです。

上記を踏まえビジネスセオリーから申し上げれば、仮に事業売却を決断するとしても優先売却すべきは「いきなり!ステーキ」であり、独自ビジネスモデルで同社黎明期の成長を支えてきた祖業の「ペッパーランチ」ではないと思うのです。

具体的には、「いきなり!ステーキ」の店舗を縮小し、黒字化が見込める形で事業売却して売却資金と外部調達資金で本事業をゼロクリアし、堅実なペッパーランチ事業を柱に据え、原点に立ち返って次なるビジネスの展開を練る、というのが本来とるべき窮地脱出戦略だったのではないかと思うのです。

祖業を手放し”枯れかけた金の成る木”を温存させる危険な選択肢

ペッパーフードは、取締役8名中、社外取締役は2名(うち1名は公認会計士)で残りは社長、ご子息と部下社員で構成されており、メディアで垣間見た創業者一瀬邦夫社長の我の強さも加味すれば、同社が社長のワンマン企業であることに疑う余地はありません。

すなわち、現状の危機的経営状況下においても、経営方針は社長の一存で決められているであろうことは想像に難くないところです。

「いきなり!ステーキ」は同社に思いがけぬ急成長をもたらした事業であり、窮地にあっても社長がこの事業に対する自己の執着心を突き通してしまったこともまた想像に難くありません。

大成功した事業は手放したくない、東証一部からの上場陥落はしたくない、昔の事業規模には戻りたくない…等々の思いが、祖業を手放し“枯れかけた金の成る木”を温存させる危険な選択に至らせたのではないかと思うのです。

今回、97億円の資金協力をする投資ファンドは、アドバンテッジパートナーズ(AP)グループです。APといえば、あの「牛角」を創業者からコロワイドに売却せしめたファンドです。

思えば「牛角」も、安価な焼肉チェーンで500店舗規模にまで急成長したものの、同業競争激化で急激に収益環境が悪化。「成城石井」等買収企業を切り売りしつつ再生する中、APが間に入ってグループごとコロワイド・グループへの売却が成立し、創業者の手を離れました。

一連の途中経過は「いきなり!ステーキ」と、あまりに似ていないでしょうか。

一瀬社長が「牛角」創業者と同じ道を辿ることが難しい理由

「牛角」創業者の西山知義氏は、グループ売却によって創業事業は失いつつもそれなりの金融資産を得て、今また新事業を指揮しながらある意味悠々自適な余生生活を送っています。

債務超過で銀行借り入れができなくなり、資金繰りに窮した一瀬社長が、西山氏のようなハッピーリタイアを夢見てAPに支援を頼んだのではないか、と私の目には映ります。

しかし西山氏は、経営悪化時の苦しい局面では周辺事業の切り売りはしつつもオリジナル事業には手をつけなかったこと、外食複数ブランドを所有しリスク分散ができていたこと、から事業売却で金融資産を手にできましたが、一瀬社長の場合そう簡単にはいかないでしょう。

真っ先に祖業を手放し、かつ債務超過に陥ってしまったペッパーフード。AP主導の下で「いきなり!ステーキ」事業改善の見込みがないならば、体裁を整えて事業売却されるという流れは確実に想定されるところです。

既に祖業を手放した一瀬社長の手元に残るものはなく、西山氏のような第二の人生は開けぬまま“いきなり!丸裸”で投げ出されることにもなりかねません。

祖業「ペッパーランチ」の早計に思える売却は、企業ペッパーフードにとっても、創業者一瀬邦夫社長にとっても、あまりに危険な選択だったのではないでしょうか。