体調崩した首相は「一般ピープル」ではない ブラック企業を持ち出す呆れた擁護派たち - 赤木智弘
※この記事は2020年08月25日にBLOGOSで公開されたものです
酷い茶番である。安倍首相が一時的に体調を崩した問題で、その擁護を行う人たちの主張があまりにも酷いのである。
首相への「筋の通らない擁護」が続々
最も酷かったのは副総理でもある麻生太郎氏による擁護だ。
麻生氏は報道陣の取材に対して「あなたも147日間休まず働いてみたことありますか?ないだろうね、だったら意味分かるじゃない。140日休まないで働いたことないだろう。140日働いたこともない人が、働いた人のこと言ったって分かんないわけですよ」などと、まったく筋の通らないマウンティングを行ったのである。(*1)
そもそも自民党は高度プロフェッショナル制度などを推進し、職能給から職務給へと旗を振っているはずだが、こうやってフタが開けば副総理自ら単純な「労働日数」の長短で相手を値踏みしてドヤ顔をするのだから、お話にならない。
また、慶應義塾大学の夏野剛特別招聘教授も酷い。
曰く、「首相の仕事は特別なのだから、一般ピープルの目線で見るのは間違い。批判をするヤツは選挙権を返上しろ」などと、さも自分が首相の仕事を知ったかのようなことを主張している。(*2)
夏野氏は一般ピープルではない上級国民か何かのつもりなのだろうか?
また、首相が普段からどのような仕事をしているのかということを一般ピープルに向けてわかりやすく開示する責任は首相の側にあるのだが、夏野氏はご存じないようである。
また一般ピープル目線という意味では、麻生副総理の「147日休まず」発言は、労働時間の長さで労働の大変さを認識するという一般ピープル目線の考え方なので、上級国民夏野氏はぜひとも一般ピープル麻生副総理と論戦でもしてほしい。
さらに、作家でタレントの乙武洋匡氏はこのようなツイートを行った。
「「たいして働いてないだろ」「休みたいなら辞職しろ」「そのままずっと休んでろ」この国でブラック企業がなくならない理由がよくわかった気がする…。どんなに政治思想が相容れなくても、体調が悪いときに浴びせるべき言葉ではないかな。」(*3)
まず、首相は会社などの命令で長時間労働を行っているわけではない。そもそも首相という立場なのだから、その労働は当然自身の裁量による。夏野氏の言うとおり、首相という立場は一般ピープルである労働者との立場とは大きく異なるのだから、労働者に対する目線で、首相の労働を見るべきではない。
ブラック企業の問題は、結局は「働かなければ生活が成り立たない労働者に対する社会保障の弱さ」が大前提なのだから、そもそも働かなくても生きていけるような資産を持っている人間に適用される話ではない。
資産を十分に持っている人がブラックな環境で働いているとしたら、それこそ「辞めればいいじゃん」で終わりである。むしろ資産があるのにそういうところで働いているなら、ブラック企業の存続を助けているのだから「ブラック企業に与している側」というだけのことである。
当然、首相は「一般ピープル」ではない。ならば……
さて、これらの恥ずかしい首相擁護を見たところで、僕が首相の労働というものをどう見ているかと言えば、基本的には夏野氏の意見のとおり、首相の労働は一般の労働者と同じと見なすべきではないという立場だ。
首相の労働というのは国益に直接関係し、多くの人にとって重大な結果をもたらすのだから、そりゃ一般の労働者と同じ尺度で測ってはいけない。麻生氏の「147日マウンティング」や乙武氏の「体調が悪いときに首相を批判するな」という論理は、首相と一般労働者の労働を同じ尺度で測るものであり、論外である。
しかし一方で、夏野氏の考え方は「首相の労働は一般ピープルと違うのだから、首相を批判するな」というものである。これは話がまったく逆で、首相の労働は一般ピープルと違うのだから首相は常に批判に晒されて当然なのである。
ところが、今の日本には民主主義をはき違えて「首相は大変なんだから、いたわるべき」というおかしな社会観を身につけた人たちがたくさんいる。実際、乙武氏の主張の記事(*3)についたコメントを見れば、乙武氏の言葉に賛同する人たちがいかに多いかがよく分かる。
だが、こうした考え方は間違いだ。乙武氏は首相のような権力者にすら厳しい言葉が飛ぶから、ブラック企業がなくならないと考えているようだが、実際には逆で、首相のような権力者に厳しい言葉を飛ばすことを批判するような人間がいるから、ブラック企業がなくならないのである。
ブラック企業の問題とは、要は薄い社会保障のせいで多くの労働者は働かなければ生活がままならない。その状況を利用して、労働基準法を守らず、労働者を買い叩くような経営者がいる。そんな経営者をまともに罰せずに甘やかしているからこそ発生している問題である。
権力者を甘やかせば、権力を持たない者から搾取を始める。だからこそ民主主義社会において権力者は厳しく監視されなければならないのである。民主主義においては権力とは常に「監視される側」であり、権力の監視こそが主権者たる国民に課されている義務なのである。
権力者に優しくすれば、権力者も労働者に優しくしてくれるという考え方を「優しさトリクルダウン」とでも呼ぼうか。
しかし、本来のトリクルダウン論理である「富裕者がより豊かになれば、貧しい人にも富がしたたり落ちてくる」という論理は実態とまったくマッチせず、富裕層はいくら豊かになっても富を吸いとるだけだということが分かっている。
これは優しさについても同じである。
権力者に優しさを与えても、権力者はそれを当然の権利として吸いとるだけであり、決してそれを持たざる者に還元などしないのである。
権力者に厳しく対応するというのは、ごく当たり前の話であり、それと持たざる者に対する優しさはまったく別の関係なのである。首相の擁護をするためにブラック企業の問題を持ち出すなど、論外としかいいようがないのである。
ダマされてはいけない。
*1:安倍首相 7時間検査終了、記者団に「お疲れさま」(TBS NEWS)https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4055289.html
*2:「首相動静」を根拠にした安倍総理批判に夏野剛氏「仕事をしているかどうかを“一般ピープル”の目線で見るのは大間違い」(ABEMA TIMES)https://times.abema.tv/posts/8620710
*3:乙武氏、安倍首相の休暇に対する世間の反応に落胆「ブラック企業がなくならない理由がわかった気がする」(スポニチアネックス)https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2020/08/18/kiji/20200818s00041000333000c.html