※この記事は2020年08月23日にBLOGOSで公開されたものです

現実逃避したくなる日々、「天国」へのいざないを唱え続ける奇特な番組がある。BS朝日で放送中の「サウナを愛でたい」。2019年からの特番を経て、今年3月にレギュラー化され、現在放送中だ。

現世にはサウナという「天国」があることを折々につぶやき、期せずしてコロナ禍と言われる苛酷な時代と並走することになった当番組は、その反動を背に深い存在感を増している。・・・のではないかという思いを抱いたゆえ、ここにその思いを記している。

番組レギュラーは、音楽界きってのサウナ好きというヒャダインと、サウナ業界のレジェンド的存在である濡れ頭巾ちゃん。彼らがほぼ準レギュラーなゲストでサウナ初心者のTKO木本武宏を連れて(自粛再開後はロケ1人態勢に変更)、全国各地の個性的なサウナを訪ねて紹介し、サウナのノウハウを伝え、そのVTRを壇蜜の湿気を帯びたナレーションが包み込む、という内容だ。

<「サウナを愛でたい」 BS朝日 放送リスト >

<特番>
#1 2019年3月22日 熊本・湯らっくす
#2 2020年1月14日 池袋・かるまる/埼玉・草加健康センター

<レギュラー 火曜22時~23時 >
#1 2020年3月31日 錦糸町・ニューウイング
#2 4月7日 後楽園・スパラクーア/大崎・金春湯
#3 4月14日 大久保・ルビーパレス/渋谷・改良湯
#4 4月21日 大宮・おふろcafé utatane /錦糸町・カプセルイン錦糸町
#5 5月12日 平塚・湘南ひらつか太古の湯グリーンサウナ
(この間、緊急事態宣言による自粛でロケ休止)
#6 7月21日 横浜・スカイスパ YOKOHAMA/埼玉県入間・オーパークおごせ
#7 8月4日 船橋・ジートピア/台東区・サウナセンター
#8 8月11日 船橋市・クアパレス/渋谷区・大黒湯
#9 8月18日 東久留米市・スパジアムジャポン/横浜・ヨコヤマ ユーランド鶴見

※(以後放送中 番組はすべて1時間枠)

映し出されるのは裸のオッサンの恍惚とした表情

BS的なワンジャンル番組は「吉田類の酒場放浪記」とか「町中華で飲ろうぜ」とか「友近・礼二の妄想トレイン」とか種々あるが、とりわけサウナはマニアックだ。まず、圧倒的に男性向けであり、サウナ店で女性が利用できる施設は中々少ない。

そして一度見ればわかるが、画面に映し出されるのはそれなりのオッサンがサウナでたらたらと汗をかき、水風呂でううーんと唸り、休憩してふわーんとなる、その繰り返しだ。「サウナ→水風呂→休憩室(外気浴)」という「セット」ごとに、裸のオッサンの恍惚とした顔が映し出され、視聴者はそれを眺める。テレビ的な万人向けの「華」は一切そぎ落とされている。

(唯一、自粛期間が明けて番組再開の一本目となった7月21日放送の「#6」では、ナレーション担当の壇蜜が初ロケに出るという、番組が有する「華」の切り札が投入された)

振り返ると2015年、選ばれしイケメンモデルたちがじゃれあいながら温泉につかる姿を延々と映す「メンズ温泉」(BSテレ東)という番組があった。これは、温泉の魅力を伝えるというよりは、全裸で濡れたイケメンを堪能する、そういうマーケットを充たす方面の番組だった。

だが、「サウナを愛でたい」の主役はサウナそのものであり、見目うるわしいメンズのルックスではない。別目的の視聴者を取り込もうという意図は一切ない。数年前にサウナにハマり、その魅力をシンプルに広めたいという使命を抱いた柳橋弘紀プロデューサーの「サウナ愛」がとてもシンプルに画面に反映されている。

つまり「地味」だ。そういう番組が、各地のサウナ紹介という情報以上に胸を掻き立ててくるのは、「天国はある」「身近にある」「聖地巡礼せよ」「扉を開け」「階段を昇れ」「天に召されよ」というメッセージが表に裏に放たれてきて、しかもそれは裸のオッサンが汗たらたら流した果てに「うふぅううう~~~」と唸るイキ声を借りて、染み入ってくるのだ。

オッサンの唸りが宗教的メッセージのごとき祈りに感じられてしまうのは、やはり、かなり、コロナ時代の副作用なのだとも思う。

それも踏まえて「サウナを愛でたい」――、これはサウナ紹介番組でありつつ、コロナ禍に咲く徒花であり、現世天国を信じる信者による「宗教の時間」であるのだと。

壇蜜「ぎりぎりのところ、危ない処でした」

大枠でサウナを宗教と結びつける見立ては、とくに目新しくはないだろう。古より「湯」は快楽であり「天国」「極楽」に結びついてきた。のだが、サウナ信者がサウナを信奉する「宗教的体験」は、一般的な「湯」や「温泉」の悦びとは別ものだと番組は唱える。

それは「ととのう」「ととのった」というフレーズで表される。「サウナ→水風呂→休憩室(外気浴)」という「セット」によって到達する身体の陶酔状態を「ととのう」「ととのった」と言っている。サウナ愛好家にはおなじみのフレーズかもしれないが、「ととのいました」は、芸人のねづっちがなぞかけを発する際の決めゼリフ以外に使われているとは初耳だった。この「ととのう」というサウナフレーズは濡れ頭巾ちゃんが提唱したという。

そして「ととのう」とは番組解説によると「血液が巡り、脳にも酸素が送られ深いリラックス状態になること」という。これは言い換えれば「トランス状態」である。快楽ではあるが、その質は「放心」「陶酔」「恍惚」「忘我」「瞑想」「無」に近いだろうから、深く柔らかい愉楽とか悦楽か。

この「ととのう」に向かうプロセスとして、サウナで開いた毛穴を、水風呂でキュッと閉じる、毛穴開閉のステージがある。その状態を、生と死の狭間、臨死のようなものとして出演者は言及している。

< 2020年7月21日放送「サウナを愛でたい」#6より >

壇蜜「湿度が安定したサウナに入ったあとのせいか、(水風呂が)柔らかく感じる。冷たいのに痛くない。やっぱドライサウナのあとは、水風呂の刺激は楽しみなんですけど、なんかね、うっかり千の風になっちゃったらどうしようって思っちゃうんで・・・こういうのは千の風にならずにすむかな」

(略)

「(気持ち良すぎて)一回、走馬灯が見えました。ぎりぎりのところ、危ない処でした(笑)」

この、毛穴開閉がもたらすトランス状態「ととのう」を画面では何度も眺めているわけだが、筆者自身はその悦びをまだ知らない。過去幾たびかサウナに入ったことはあるが「息ぐるしい」という苦手意識で終わっているのだ。まさしくサウナ童貞である。

しかし、「サウナを愛でたい」という宗教番組の勧誘を受け、いま新たな入信の思いが沸々となる一方だ。サウナ初心者のTKO木本武宏がサウナにハマっていく過程で「いままで(サウナに)足を運ばなかった自分の時間がめっちゃもったいない」と発していた。この「悔い改め」が入信磁力を高めてくる。

「ロウリュ」「アウフグース」「天然地下水」「温度の羽衣」・・・頭の中は実感に紐づかないサウナワードが舞っている。天国の扉を開き、それらを実感にするため、ええと、まずは錦糸町方面の天国に行ってみようか。もし扉が開かなかったときは「ふろがーる!」に転ぶということで。