※この記事は2020年08月22日にBLOGOSで公開されたものです

一口に「アパレルビジネス」と言っても、様々なテイストやジャンルがあります。例えば価格帯で分けるなら「低価格」「中価格」「高価格」があり、ファッションテイストでいうなら「アメカジ」「ファストファッション」「ラグジュアリー」「ミリタリー」「ワーキング」「スポーツ」などがあります。

同じ「服」だと世間一般の方は思われるでしょうが、それぞれの分野はあまり交わらず、あまた存在する専門家も実は得意とする分野やジャンルが決まっているのです。どの分野、どの価格帯、どのテイストでも得意とするオールマイティーな専門家はほぼ存在しません。

この部分を念頭に置いて、今回の原稿をお読みいただけると幸いです。

ラグジュアリーブランドが新型コロナの煽りを受けにくい理由

先日、こんな質問を受けました。「国内ではレナウンの経営破綻やセシルマクビーのブランド廃止などが新型コロナの影響で起きているが、欧米のラグジュアリーブランドが同様のことになる恐れはあるのか?」というものです。

また、先日もワールドが「オゾック」「アクアガール」「ハッシュアッシュ・サンカンシオン」など5ブランドの廃止を発表しました。

実際は5つともに赤字続きのブランドだったのですが、オゾックとアクアガールは90年代のワールドの躍進を支えた著名ブランドであるだけに、消費者に与えた衝撃は大きいといえます。

毎日のニュースをチェックしている方なら当然持つだろうという疑問だとは思いますが、これは両方ともに「服」ということで、国内ブランドと欧米ラグジュアリーブランドを同一視していることから起きる疑問だといえます。

結論からいうと、すぐさま経営破綻やブランド廃止が欧米ラグジュアリーブランドに起きることはほとんどないと考えて間違いないでしょう。

大きな理由は2つあります。

1、 減収減益とはいえ赤字にはなっていないこと
2、 減少しているとはいえ、依然として高い営業利益率を誇っていること

もちろん、今のような商況が5年、10年と続けばどうなるのかはわかりませんが、今年や来年すぐに経営破綻したり著名ブランドが廃止になったりということはほとんどあり得ません。

考えてもみてください。黒字な上に高い営業利益率を維持しているなら、よほど変な資金繰りでもしないかぎり経営破綻する理由がありません。

本来ならラグジュアリーブランドの動向はその専門家が解説するのが最適ですが、「新型コロナによる破綻があるのかないのか?」くらいの分析であればラグジュアリーの門外漢である自分でも可能ではないかと思います。

ユニクロよりも高いラグジュアリーブランドの利益率

我が国のアパレル企業の営業利益率を見てみましょう。ユニクロやジーユーを展開し、トップを独走し続けるファーストリテイリングの2019年8月期連結を見てみると、売上高に相当する売上収益は2兆2905億4800万円、営業利益は2576億3600万円となっており、営業利益率は11.25%です。

次に、オンワードホールディングスの新型コロナショックの影響がまったくなかった2019年2月期連結を見てみましょう。売上高2406億5200万円、営業利益は44億6100万円で、営業利益率は1.85%にすぎません。

我が国のアパレルの中では、ファーストリテイリングは営業利益率でもトップを独走し続けており、その他の多くのアパレル企業の営業利益率はだいたい3~5%しかなく、10%を超える企業は極めて少数派です。

これに対して、新型コロナショック以降に発表されたラグジュアリーブランドの業績を見てみましょう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b3890b77b7732795c59e38c5c7df36708beee47

グッチなどを擁するケリングですが、第二四半期の売上高は43.7%減少しました。

ブランド別ではグッチの売上高が45%減、イブ・サンローランが48%減、ボッテガ・ヴェネタが24.4%減とのことですが、営業利益率は下がったとはいえ17.7%もあります。

また同じ記事ではルイ・ヴィトンなどのブランド群を擁するLVMHの第二四半期の売上高は38%減とあり、営業利益率も減少して9%だったと触れています。

減収率が38%~48%減と大きいので、その数字だけを見ると、我が国のアパレル企業と同様に苦戦しているのではないかと思ってしまいますが、実はLVMHは赤字ですらありません。
https://www.wwdjapan.com/articles/1106650

LVMHの2020年1~6月期(上半期)決算は、売上高が前年同期比26.6%減の183億9300万ユーロ(約2兆2623億円)、純利益が同84.0%減の5億2200万ユーロ(約642億円)の減収減益だった。

とのことです。減収減益とはいえ、2兆円を越える売上高があり、純利益も640億円もあるわけですから、ブランド廃止や倒産がすぐさま起きるとはまったく考えられないことがおわかりいただけるでしょう。

またケリングも同様です。
https://www.seventietwo.com/ja/business/KeringGroup_JanuarytoJuneOperatingincomeof118billionyen

ラグジュアリーブランドのマルチ企業グループであるケリンググループの2020年1~6月の連結売上高は前年比30%減の53億7800万ユーロ(6668億円。以下1ユーロ=124円で換算)、営業利益は50%減の9億5200万ユーロ(同1180億円)、純利益は53%減の2億7200万ユーロ(同337億円)だった。

とのことで、半年間の決算内容を見ると、大幅な減収減益とはいえ、売上高は6668億円もありますし、営業利益もまだ1180億円もあります。この内容ですぐさま倒産するとは到底考えられません。

ブランドステイタスを維持することで実現する高い利益率

しかしながら、新型コロナによる世界各地での落ち込みがこのまま続けば、如何に営業利益率が高いラグジュアリー各社とはいえ、ブランドの廃止や経営危機に陥る可能性は高くなるでしょう。

そもそも旧型・従来型のコロナウイルスでさえいまだに根絶できておらず、毎年それなりの感染者が世界中で出ています。ですから今回の新型コロナも根絶することはほぼ不可能ではないかと思われます。

感染拡大しないように努めるのは重要ですが、経済を活性化させることも重要です。経済がこの後も長期間に亘って停滞したままなら、収益性の高いビジネスモデルを誇るラグジュアリーブランドといえども経営の根幹が揺るぎかねません。

ちなみに、ラグジュアリーブランドの営業利益率が高い理由は、①製造原価を安く抑えている②製造原価に比して高い販売価格を設定している、という2点にあると考えられます。

これが実現できているのは、ラグジュアリーブランドは、我々が普段買うようなファストファッションやSPAブランド、中価格帯ブランドとは異なり、「製造原価率〇〇%だからコスパが良い」という思想で企画製造販売していないためです。そしてラグジュアリーブランドの顧客は「高コスパ」を求めていません。

そうなるように、ラグジュアリーブランドは、少なくない資金を使ってブランドステイタスを高め続ける取り組みを行ってきました。例えば、有名タレントやスーパーモデルとの契約や豪華な店内内装などです。そういう高額な投資によってブランドに高いイメージを与えてきたわけです。そして、それを所有するのがステイタスだから製造原価率が10%程度でもまったく構わないわけです。顧客は生地や原材料を購入したいわけではないのです。

ここが、通常、我々庶民が日常的に購入する衣料品とは大きく異なる点です。

「安く作って(仕入れて)できるだけ高く売る」というビジネスの基本にもっとも忠実であり、ユニクロの「良品を割安で提供したい」という価値観とは対極のビジネスモデルを確立したのがラグジュアリーブランドだということです。

そして、「安く作って高く売る」ために、多額の資金を投入してブランドステイタスを高めるというのがラグジュアリーブランドの手法なのです。

商品面でいえば、ともすると衣料品の華やかさに目を奪われがちですが、シーズンごとに商品が総入れ替えになるため、シーズン末期にはセールで値下げ販売するため高い利潤は望みにくく、売れ残って不良在庫となるリスクもあります。

ラグジュアリーブランドのメイン商材は、リスクの高い衣料品ではなく、販売期間が長くてデザイン変化の少ないバッグやベルト、財布などの雑貨やアクセサリー類、香水などです。衣料品はあくまでも「見せ球」に過ぎません。

そのため、衣料品がメイン商材である通常のアパレル企業よりもリスクが低く、利潤を稼ぎやすいといえます。正直なところ、日本企業には確立しづらいビジネスモデルだと感じます。

ラグジュアリーブランドの廃止や倒産が起きれば、コロナショックによる不況もいよいよ極まったといえます。そうなる前に何とか収束させたいものです。