TikTok売却命令 どこまで進撃するトランプ米大統領の「反中十字軍」アリババ、百度、テンセントも標的 - 木村正人

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※この記事は2020年08月18日にBLOGOSで公開されたものです

若者の間でブレークした動画投稿アプリ

[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領は8月14日、中国のIT企業、北京字節跳動科技(バイトダンス)に対して、「アメリカの国家安全保障を損なう行動をとる恐れがある」として、同社の人気動画編集・投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」のアメリカ事業を90日以内に売却するよう命じました。

買収には米マイクロソフトが名乗りを上げています。トランプ大統領が政治的に介入したとされ、「米テクノロジー企業の政治化」が指摘されています。ベルリンの壁が崩壊して30年、市場が国家を超越した時代は終わりを告げ、再び国家が市場を管理する時代が到来しました。

TikTokは世界中の若者の間で爆発的な人気を呼び、米国務省の発表(8月6日)によると、アメリカで1億7500万回以上、世界で10億回以上ダウンロードされています。

しかし、香港や新疆ウイグル自治区の問題に関するコンテンツを検閲しているとの報道もあります。トランプ政権は「個人情報が米政府機関への浸透や産業スパイに悪用され、偽情報をばらまくツールとしても使われる危険性がある」と指摘しています。

アメリカの国土安全保障省、運輸保安庁、軍は公用の携帯電話でTikTokを使用するのを禁止。中国との間で国境紛争がエスカレートしたインドは「ユーザーのデータを不正に盗み、インドの外にあるサーバーに不正に送信している」とTikTokなど中国製の携帯電話アプリを全土で禁じました。

バイトダンスは中国共産党とつながりがあるとされています。中国の習近平国家主席は2017年6月、国の情報活動に関する国家情報法を制定。問題視されている7条には「国民と組織は、法に基づいて国の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守らなければならず、国は、そのような国民及び組織を保護する」と規定されています。

こうしたことを理由にトランプ大統領は 8月6日、45日後からバイトダンスとの取引を禁止する大統領令を発出。10億人以上のユーザーがいるテンセントの通信・電子決済アプリ「WeChat(ウィーチャット、微信)」にも同様の禁止令を出しました。

WeChatを巡っては、中国だけでなくアメリカや台湾、韓国、オーストラリアのユーザーから送信された数十億ものメッセージが中国のデータベースから見つかったという研究報告があります。このため、オーストラリアやインドなどの国々はWeChatの使用を制限または禁止し始めています。

トランプ政権の「反中十字軍」ドクトリン

新型コロナウイルスの世界的大流行でアメリカでも対中感情が急激に悪化しています。11月の米大統領選で劣勢に立たされるトランプ大統領は、対中貿易赤字の解消を最優先にする初期の方針から、中国の切り離し(デカップリング)を強引に進める「反中十字軍」の結成をアングロサクソン諸国や同盟国の日本などに呼びかけるようになりました。

トランプ政権の対中ドクトリンの変遷を振り返っておきましょう。

2017年12月=トランプ大統領が中国やロシアを「アメリカの国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」と位置づけ、戦略的競争という新たな時代の中でアメリカが優位性を取り戻す国家安全保障戦略を発表

2018年10月=マイク・ペンス副大統領が「トランプ政権の対中政策」と題した講演で「中国の自由が経済的にも政治的にも拡大することを期待したが、その希望は実現しなかった」と断言。膨大な対中貿易赤字や中国による南シナ海の要塞化、借金漬け外交、新疆ウイグル自治区での弾圧に強い警戒感を唱える

今年6月24日=ロバート・オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官が「中国共産党のイデオロギーと世界的野心」と題して講演。「中国共産党はマルクス・レーニン主義」と断罪し、習主席は自らを旧ソ連の独裁者スターリンの後継者とみなしていると非難

7月7日=クリストファー・レイFBI(連邦捜査局)長官が「中国政府・中国共産党がアメリカ経済と安全保障に及ぼす脅威」と題して講演。「中国はあらゆる手段を使い世界で唯一の超大国を目指している」としてアメリカの未来にとって最大の長期的な脅威になると警鐘を鳴らす

7月16日=ウイリアム・バー司法長官が「中国共産党の世界的野心へのアメリカの対応」と題し「ディズニーや他の米企業が北京に追従し続ければ、自分たちの将来的な競争力と繁栄、その繁栄を可能にしてきた伝統的な自由の秩序を損なう危険性をもたらす」と警告

7月23日=マイク・ポンペオ国務長官が「共産主義者の中国と自由世界の未来」と題して演説。対中関与の門戸を開いたリチャード・ニクソン元大統領は「中国共産党に世界を開くことにより“フランケンシュタイン”を作ってしまったのではないかと心配していると語ったが、それが今日実現した」と糾弾。対中関与政策の終結を宣言する

中国の「BATH」が標的

そして、8月5日にはポンペオ氏が「中国共産党の悪意ある攻撃」から市民のプライバシーと企業の機密情報を守るとして「クリーン・ネットワーク計画」の5つの柱を明らかにしました。

中国を代表するIT企業4社、バイドゥ(百度)、アリババ、テンセント、華為技術(ファーウェイ)の頭文字をとった「BATH」が標的にされています。

(1)中国企業を国際電気通信サービス事業から排除
(2)中国製アプリをモバイルアプリストアから排除
(3)中国携帯電話メーカーが事前にアプリを携帯電話にインストールできないようにする
(4)アリババ、バイドゥ、中国移動通信(チャイナ・モバイル)、中国電信(チャイナ・テレコム)、テンセントなど中国のクラウドサービスを排除
(5)海底ケーブルを中国の情報収集活動から守る

ポンペオ氏は今年4月、次期通信規格5Gネットワークから中国通信機器大手のファーウェイやZTEを排除する「5G クリーン・パス(道)」を発表し、すでに禁止した国や企業名を明記しました。

【中国系企業を排除・禁止した国】
イギリス、チェコ、ポーランド、スウェーデン、エストニア、ルーマニア、デンマーク、ラトビア、ギリシャ
【中国系企業を排除・禁止した企業】
NTT、KDDI、楽天、ソフトバンク(日本)、SKテレコム、KT(韓国)、中華電信、遠傳FET、智慧生活、台湾之星、台湾大哥大(台湾)、ジオ(インド)、テルストラ、オプタス(オーストラリア)、Tモバイル(ドイツ)、オレンジ(フランス)、O2(イギリス)、ロジャーズ・コミュニケーションズ、テラス、ベル(カナダ)、テレフォニカ(スペイン)、テレノール(ノルウェー)、テリア、TELE2(スウェーデン)、エリサ(フィンランド)、プレイ(ポーランド)

バイデン氏も封じ込め政策か

トランプ大統領の最優先課題は大統領選で再選することですが、今のところ民主党の大統領候補ジョー・バイデン前副大統領に大きくリードされています。習主席はコロナ・経済対策で中国共産党支配に一段と自信を深め、香港国家安全維持法を強行しました。トランプ大統領の「反中十字軍」攻勢に対しては一歩も引かないでしょう。

日本がアメリカの同盟国として悩ましいのは、次の大統領選で政権が共和党から民主党に交代する可能性が高い中で、どこまで「反中十字軍」攻勢に足並みをそろえていいかです。民主党マニフェスト(政権公約)のドラフトでは前回2016年マニフェストでは7回しか触れなかった中国について18回も言及しています。

前回の民主党大統領候補ヒラリー・クリントン元国務長官は「中国の台頭を管理し、ルールに基づいて行動するよう圧力をかける」と唱えていました。バイデン氏はトランプ政権の新冷戦や一方的で自滅的な関税戦争には反対しているものの、中国を押し返す方針です。

バイデン氏は「政権を奪還すれば、中国政府の行動によって脅かされている経済・安全保障・人権について明確に、そして強力に一貫して押し返す」と宣言しています。

これについて、ドイツを代表するシンクタンク、メルカトル中国研究センター(MERICS)のハンス・W・モール上級准研究員は「1940年代後半にアメリカが旧ソ連に対してとった封じ込め政策の原型とかなり類似している」と指摘しています。

日本には、トランプ大統領の選挙向け「反中十字軍」パフォーマンスに振り回されることなく、共和党と民主党の間でアメリカの対中政策が中・長期的にどこらへんに落ち着いていくのかを見極める分析力が求められています。