中国企業のリスクになったチャイナリスク TikTok排除も対外戦略の報いか - 高口康太 - BLOGOS編集部
※この記事は2020年07月28日にBLOGOSで公開されたものです
「これからはウィーチャットでは連絡取れなくなるっぽい。メッセージはフェイスブックメッセンジャーで送って」
6月末、インドに住んでいる中国人から連絡が入った。インド政府の“中国アプリ禁止令”を見て、あわてて連絡してきたという。
インドで高まる反中感情 中国製アプリ禁止に
インド電子・情報技術省は6月29日、中国製モバイルアプリ59件について、その使用を禁止すると発表した。日本でも人気のショートムービーアプリ「TikTok」やメッセージアプリ「ウィーチャット」、アリババグループのブラウザーアプリ「UCブラウザ」などが含まれている。これらのアプリがインドの主権や社会秩序を損なう恐れがあるためと発表されているが、具体的に何が問題だったかは明らかにされていない。
政府発表では言及されていないが、この“中国アプリ禁止令”の発端は、6月中旬の中印国境での衝突だろう。45年ぶりに死者が出た惨事はインド国内の反中感情を急速に高めた。中国系アプリを一括削除するという触れ込みのアプリが登場するなど世論は中国に対する怒りを高めており、インド政府が追随したといったところか。
TikTokの受難…香港から撤退 米国で排除も
そして、インド政府の決定の数日後、槍玉にあげられたアプリの一つであるTikTokは、今度は香港市場での運営を中止した。中止は自発的なもので、香港国家安全維持法を受けての対応である。香港のTikTokユーザーが香港独立を主張するなど香港国家安全維持法に違反した場合、サービス提供企業は香港政府にユーザー情報の提供を求められる可能性がある。
この要請を拒否すれば違法行為となるばかりか、中国政府の怒りを買いかねない。だが応じれば、そのユーザー情報は香港政府を経由して中国本土政府に渡りかねない、ユーザーを危険にさらしたと国際社会に叩かれる。こんなリスクを背負うぐらいならば、人口700万人あまりの香港市場を捨てたほうがいいという判断だ。
香港市場を捨ててまで、国際社会の批判から身を守ろうとしているバイトダンスだが、その先行きには暗雲がたちこめている。米国ではトランプ大統領、ペンス副大統領、ポンペオ国務長官など政権中枢の要人がTikTok禁止について言及している。日常的に利用するSNSはきわめて膨大な個人情報を収集することが可能だ。さらにリコメンドするコンテンツを操作すれば、個々人の考えを操作することも可能かもしれない。過去数年でフェイスブックがさらされてきた批判が、今度はTikTokに向けられている。その開発元が中国に由来するとあって、フェイスブックに向けられた以上の強い批判が向けられている。
中国の外交カードとして使われてきたボイコット
TikTokをはじめとする中国アプリに対する排斥、一連の動きは時代の変化を感じさせる。もともとこうしたボイコットは中国の十八番であった。1915年の対華21カ条要求を契機とした日貨排斥運動は有名だが、中国ではその後もこうしたボイコット運動は何度も繰り返されてきた。それは民間の自発的な動きだけではない。中国政権による外交カードとしても使われてきた。
また、1980年代以降の経済成長のなかで、いわゆる「市場換技術(市場と技術を交換する)」という方針が採用されてきた。膨大な人口を抱え将来の成長が約束された中国市場。その中国市場に外資企業が参入したければ、技術供与を行うことが条件となる。世界のさまざまな企業が中国に技術を供与したが、今ではお株を奪われて、第三国で中国企業との競争に苦しむという展開も珍しくない。日本の新幹線と中国の高速鉄道が第三国での輸出をめぐって争うのはその典型だろう。それだけのリスクを背負ってなお中国市場には魅力があったわけだ。
ボイコットにせよ、「市場換技術」にせよ、中国の戦略が成り立つ前提は、中国企業の海外進出がほとんどなかったことも見すごせない。もし中国企業が他国でビジネスを展開していればボイコットの仕返しを恐れなければならないが、進出がなければそうした心配はない。メイドインチャイナ製品は世界中にあふれているが、そのほとんどは海外企業が中国工場に作らせたものであり、ボイコットは中国企業以上に、発注した海外企業の懐を直撃するものとなってしまう。
チャイナリスクが中国企業にとってもリスクに
だが、状況は変わった。今ではグローバルに展開し、海外の消費者に自らのブランドで直接サービスを提供する企業も増えてきた。かつては海外を目指すにしても、パソコンメーカーのレノボのように、まず中国市場でポジションを築いてから世界へという順序が一般的だったが、近年ではTikTokやドローンのDJIなど、創業初期より世界展開に取り組み「ボーングローバル」(グローバル企業として誕生)するケースも多い。
以前のように、「いやならば中国から出て行け」という姿勢では、海外の中国企業が犠牲になる。そして今、まさにこの問題が起きている。バイトダンスだけではない。ドローンメーカーのDJI、さらには通信機器・端末大手のファーウェイなどの中国企業も、今、チャイナリスクに苦しめられている。チャイナリスクは海外企業だけではなく、中国企業にとってのリスクとなる時代となった。
世界最強の国家である米国ですらも、他国を思い通りに動かすことは困難だ。強権を振るっているように見えるが、最近でもフランスとデジタル課税交渉でもめるなど、すべてを思い通りにできるわけではない。成長したとはいえ、実力が米国に劣る中国ではなおさらだ。本来ならば、軍事力と経済力以外の手段で、海外展開する中国企業の権益を守る手段を模索する必要がある。国際協調や多国間のルール形成がこの役割を果たすものとなるが、中国政府はいまだに新しい戦略に適合できずにいる。
中国が真のグローバル大国となるためには、グローバル企業を数多く生み出す必要がある。そのための発想転換ができるかが鍵となる。
プロフィール
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を続けている。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐氏との共著、NHK新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。