中国かアメリカか ファーウェイ排除をめぐり「二者択一」の政治的決断迫られたイギリス - 小林恭子
※この記事は2020年07月24日にBLOGOSで公開されたものです
14日、イギリス政府は中国の通信機器メーカー、ファーウェイ(華為技術)製品を第5世代(5G)移動通信市場から排除する方針を発表した。来年以降、イギリスの通信会社によるファーウェイの5Gシステム向け設備の購入が禁止となる。すでに購入していた場合は2027年までに撤去を求められている。
イギリスは今年1月、ファーウェイ製品の限定的な参入を容認すると発表していたが、アメリカが安全保障上のリスクを理由にファーウェイ製品排除の姿勢を強め、与党・保守党議員らによる対ファーウェイへの強硬姿勢を求める声も高まったことで、圧力に屈しきれなくなった模様だ。
オリバー・ダウデン英デジタル・文化・メディア・スポーツ相によると、ファーウェイ排除によって最大20億ポンド(約2690億円)の調整費用が必要となり、イギリス内での5Gの整備が「2~3年遅れる」という。なぜそこまでして排除せざるを得なくなったか。
ジョンソン首相は「中国びいき」 近年は親中路線を歩んできたイギリス
ボリス・ジョンソン英首相は自称「中国びいき」だ。人口が約14億人に達し、アジア圏のスーパーパワーとなった中国は貿易相手として非常に魅力的。中国側もイギリスの通信、運輸、原発分野で大きな投資を行ってきた。
英政府による近年の親中路線を如実に示したのが、2014年に発足したアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加だった。アメリカ政府の反対を押し切って、15年3月、デイビット・キャメロン首相(当時)が率先して参加を表明した。
同首相はその3年前にジョージ・オズボーン財務相(当時)とともに中国を訪問し、巨額ビジネス契約を結ぶなど親中路線を歩んできた。この路線を引き継いだテリーザ・メイ前首相は、18年、中国を訪問して巨額商談をまとめた。
英国は今年欧州連合(EU)を離脱。ジョンソン現首相にとっても、新たな「グローバルな英国」を築くために、中国と強いパートナー関係を維持することが重要となった。
5月、アメリカ政府のファーウェイ輸出規制強化で事情が急変
今年1月、ジョンソン政権は安全保障に関係する通信網からリスクの高い業者を排除し、携帯基地局などの5G周辺インフラに最大35%までファーウェイ社の製品を使用することを決めた。
完全排除を求めるアメリカ政府の希望を若干満たしつつも、5G通信網の発達には欠かせないファーウェイとのつながりも残しておく、妥協案だった。
しかし、5月、アメリカ政府がファーウェイに対する輸出規制を強化し、半導体チップの製造に制限をかけたことで、事情が変わってきた。米政権はファーウェイが半導体チップを通して中国政府によるスパイ行為を可能にしている、と主張している。
中国政府はファーウェイにスパイ義務強制が可能? 揺れるリスク査定
アメリカ政府によると、中国企業は中国の「国家インテリジェンス法(17年)」の下、「国家的なインテリジェンス作業を支援し、協力し、協調して取り組む」義務があり、これを使って中国政府はファーウェイに義務を果たすことを強制できる、という。
しかし、ファーウェイ側はこれまでに中国政府にスパイ行為を頼まれたことはないと反論。そのような依頼があっても「拒絶する」と述べてきた。
そこで、イギリス政府は通信傍受を目的とする「政府通信本部(GCHQ)」傘下の「国家サイバーセキュリティーセンター(NCSC)」の中にファーウェイ社の安全リスクを査定する部門を立ち上げた。
19年3月、NCSCは「ファーウェイ社のソフトウエアやサイバーセキュリティの面には重大な欠陥があるが、悪質な行為の証拠は見つからなかった」と指摘した。
その後、5G通信体制におけるファーウェイの安全リスクの査定に変化が起きる。
ダウデン文化相は、今月14日、NCSCから「ファーウェイ製品のうち、第三者による半導体チップを使ったものは安全保障及び安定性の面から問題が生じる可能性が高い」とする報告を受けたと説明した。
これを基に、ジョンソン首相は完全排除につながる方針を決めた。
米中の覇権争いに挟まれたイギリス
強硬派からすればやや弱腰の方針でもあった。ファーウェイの5Gシステム向け設備をすでに購入していた場合は、撤去期限は27年までと猶予期間を設け、3Gや4Gの設備は排除する必要がないとしたからだ。また、ファイバーを使ったブロードバンドの設備の撤退は2年後になった。
今年の米大統領選挙で民主党候補のジョー・バイデン氏がもし勝利した場合、トランプ政権の対ファーウェイ強硬方針が若干緩み、完全排除をする必要がなくなることを期待しているようにさえ見える。
世界の貿易市場の覇権を狙って戦うアメリカと中国の間に、中堅国イギリスが挟まれた格好となった。
「十分ではない」「アメリカの属国」 割れる国内外の反応
英政府の排除方針は、保守党強硬派から「十分ではない」という批判を受けた。
元保守党党首のイアン・ダンカンスミス議員は14日、ファーウェイが3Gや4Gに関与し続けることを問題視し、下院で「国家の安全保障にリスクとなる」と指摘。すでに設置されたファーウェイの5G用製品の撤去期限を短縮するよう求めた。
米政権は英政府の決定を歓迎したが、マイク・ポンペオ米国務相は、撤去を27年までではなく「迅速化するべき」と述べている。
一方、中国の劉暁明駐英大使はイギリスが「アメリカの属国になった」と非難。「あらゆる手段を使って」、中国の商業上の利益を守ると15日の会見で述べた。ファーウェイはジョンソン首相によって「粛清された」、中国を「ライバル、脅威、敵国」として扱っている、というのが大使の見方だ。
アメリカ政府はドナルド・トランプ大統領の就任(17年1月)以降、世界的に存在感を大きくしている中国を敵視する姿勢を明確にしており、8月13日からはファーウェイを含む中国の通信IT企業5社の製品やサービスを使用する企業と米政府との取引を原則禁止する規制が導入される。
中国かアメリカか 日本も他人事ではない「二者択一の世界」
ファーウェイ製品が排除されたとき、英国の5G通信網はどうなるか。
現在、国内で同社の製品を使って5Gサービスを提供している通信企業はボーダフォン、スリー、EEの3社だ(O2はロンドンで限定的サービスのみ)。今後は別の携帯機器メーカーを選択せざるを得なくなる。
ファーウェイは英南部ブリストル、ケンブリッジ、東部イプスイッチ、北部エディンバラに調査研究センターを置き、約400人が勤務している。この上に、ケンブリッジ南部ソーストンに10億ポンド(約1345億円)の費用で新たな研究センターを作る予定で、建設には100人規模が雇用される見込みだ。こうしたセンターが今後閉鎖されるのかどうかは、未定だ。
ファーウェイ排除方針の影響として、中国のソーシャルメディア「TikTok」が英国内での国際本部の建設計画を一時停止というニュースが報道された。7月19日付けのサンデー・タイムズ紙によると、過去数か月、TikTokの親会社バイトダンス社が英政府と交渉を進めていたが、「広い地政学上の理由」から計画を一時停止したという。
国際本部設置計画では約3000人の雇用が生み出されるはずだった。
TikTokはアメリカ政府がファーウェイに続く規制適用を考慮中のサービスだ。ポンペオ米国務長官は米国内での利用禁止を「検討している」と米テレビで述べている。
イギリスはファーウェイ排除をめぐって、「アメリカ側か、それとも中国側につくのか」の選択肢を迫られ、「アメリカ側」を選ばざるを得なくなった。政治的決断だった。
日本を含む多くの国がこの「二者択一の世界」に巻き込まれざるを得ない状況にある。