反マスク運動の正体 コロナで「文化戦争」と化した英米のマスク着用論争 - 木村正人

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※この記事は2020年07月23日にBLOGOSで公開されたものです

イギリスに上陸した反マスク運動

[ロンドン発]新型コロナウイルスの一日あたりの新規感染者数が過去最高の26万人近くに達する中、アメリカに続き、英イングランドでもスーパーマーケットや商店内でのマスク着用の義務化に反対する反マスクの抗議活動が19日、初めて行われました。

ロンドンはハイド・パーク北東隅のスピーカーズ・コーナーに100人以上の反マスク派市民が集まりました。花粉症が蔓延する日本ではコロナでもマスク着用が定着しましたが、イギリスではついこの間までマスク着用は健康に悪いと信じられてきました。

欧州最大の死者4万5000人超を出したにもかかわらず、世論調査会社ユーガブ(YouGov)の世界27カ国調査ではイギリスのマスク着用率は下から数えて6番目の38%。

北欧4カ国とオーストラリアのマスク着用率がイギリスより低いのは(1)すでに感染を封じ込めている(2)マスク着用を政府が推奨しなかった(3)政府の介入より個人の自主的な責任を重んじる文化が根付いている――からです。

反マスク派団体が掲げる6つの事実とは

さて科学の故郷イギリスで、どうして、ここまでマスク着用が敬遠されてきたのか、その秘密を探ろうと反マスク派団体・市民を直撃しました。反マスク派団体はマスクを着用する前に知ってほしい6つの事実を挙げます。

(1)呼吸を困難にし、吸い込む酸素の量を減らす

(2)吐き出される病原体がマスク内に留まり、再び肺の中に吸い込まれる

(3)酸素の吸入量が減り、逆に二酸化炭素や病原体の吸入量が増えると、免疫システムが停止する

(4)免疫システムが低下した結果、体内で眠っていたレトロウイルスが活動し始め、感染リスクが高まる

(5)マスクでコロナを防ごうとするのは、金網フェンスで蚊の行き来を防ごうとするのと同じ

(6)マスク着用がコロナの感染拡大を管理・防御・除去するのに効果的かどうかについて確定的な研究は実施されていない

「マスク強制は私たちを人間扱いしていない」

ロンドン在住の女性バーテンダー(49)は筆者にこう話しました。

「マスク強制に反対するのは私たちを人間扱いしていないからです。マスクを着用すると免疫システムが低下し、マスク内に溜まったカビや細菌が肺の中に吸い込まれて私たちの健康を害します」

「アメリカで起きている反マスク運動と同じ。イギリスにはマスクを着用する文化はありません。マスク強制はコミュニケーションの自由など、私たちからさまざまな自由を奪うプロセスです」

「アメリカをもう一度偉大な国に」と刺繍されたドナルド・トランプ米大統領の選挙キャンペーン用赤色キャップをかぶったロンドン在住の英女性サリーさんは、マスク強制は共産主義とエリートたちの陰謀だとばかりにまくし立てました。

「この運動は私たち全ての希望です。共産主義はトランプ政権を倒そうと計画しています。トランプ大統領はアメリカを壊そうとするエリートたちと戦っています。米民主党の大統領候補ジョー・バイデン前副大統領を止めなければなりません」

「コロナで仕事も住まいも失った」

「恐怖ではなく、愛を広げよう」というプラカードの近くで、反マスク派団体のスローガンを掲げていた元クリエイトダイレクター、ジョアンナ・デビッドソンさん(40)はパンデミックで会社が閉鎖されたため、仕事も社宅も失ったそうです。

「私たちは多くの理由から政府を信頼していません。オンライン上の多くの統計も、マスク強制が正しいとは言っていません。政府の情報は偽物です。世界保健機関(WHO)を含め多くの証拠が、マスク着用があなたや私の健康を守るとは言っていません」

「吐き出した二酸化炭素をもう一度吸い込むので健康に悪いと指摘しているのです。これは非常に危険です。こんなことは長続きしません。自由はみんなにとって、とても大切です。私たちは長い間、政府や政治指導者の既得権益のために自由を失ってきました」

「既存メディアを含め同じグループから来る情報に追従するのではなく、自分たち自身の手で調査して判断する必要があります。それは人間としての義務です。もしデータを自分で調査してマスクを着用することが公衆衛生上、正しいと判断すれば私はマスクを着けます」

「それが私たちの自由。住宅を借りると月に1500~1600ポンド(約20万2600~21万6200円)もかかるので、私の場合、実家に戻って父親と暮らすしか選択肢はありませんでした。ボリス・ジョンソン英首相は即、退陣すべきです。彼は投獄されるべきです」

英当局「マスク使用の効果を示す証拠はほとんどない」

反マスク派団体は「White Lives Matter(白人の命が問題なのだ)」と叫び、反ワクチン、反5G(第5世代移動通信システム)を唱えていました。実はイギリス政府やWHOも、つい最近まで科学的知見をもとにマスク着用に否定的な見解を示してきました。

イギリス広告基準局(ASA)は今年3月、「自分を守る最良の方法の1つは、ウイルス、バクテリア、他の大気汚染物質からあなたを守れる高品質のフェイスマスクを手に入れることです」とうたった2社の広告を禁止しました。

ASAは当時、筆者に「イングランド公衆衛生局に助言を求め、結論に至った。2社は臨床現場以外でマスク使用の効果を示す証拠はほとんどないこと、マスクの長期使用は感染症の蔓延を防ぐために推奨される適切な衛生行動を低下させる恐れが高いことも理解した」と説明しました。

WHOも「発熱や咳、呼吸困難などの症状がない健康な人はマスクを着ける必要がない」「マスクが病気でない人をコロナから守るという証拠はない」と説明。「社会的距離を確保することができない時はフェイスマスクを着用すべき」と方針転換したのは6月上旬になってからです。

すでに4つに分断したイギリス

イギリスは人口の84.3%を占めるイングランドのほか、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの計4地域に分かれ、サッカーやラグビーではそれぞれの地域が代表チームを持っています。しかし欧州連合(EU)離脱を巡って利害が対立し、亀裂は決定的に広がりました。

今回のパンデミックではそれぞれが異なる対策を打ち出し、すでにイギリスは4つの“国家”に分断している現状を浮き彫りにしました。アメリカほどではありませんが、イングランドでもアメリカ同様、マスク着用を巡る「文化戦争」がくすぶっています。

イングランドでは6月15日からロンドン名物の赤色2階建てバスや地下鉄など公共交通機関でマスク着用が義務付けられたのに続き、7月24日からはスーパーマーケットや商店内でマスクを着けないと原則100ポンド(約1万3500円、14日以内に払えば半額)の罰金が科せられます。

英政府は、いわゆる「マスク(フェイスカバリング)」は、外科用マスクやN95マスクなどの感染防護具(PPE)ではなく、2層以上の布でつくられているのが理想としています。世界保健機関(WHO)は3層構造の布マスクを推奨しています。

経済協力開発機構(OECD)によると、コロナの第二波に見舞われた場合、イギリスの国内総生産(GDP)はマイナス14%も縮小します。第二波を防げてもマイナス11.5%という落ち込みようです。このため英政府は次々と消費刺激策を打ち出しています。

日本が観光・外食支援の「Go To」なら、イギリスも外食支援の「Eat Out」キャンペーンを展開。来年1月まで飲食店やホテルで日本の消費税に相当する付加価値税(VAT)を20%から5%に引き下げ、8月の月・火・水曜日、1人当たり最大5ポンドのディスカウントを実施します。

経済を再開すると第二波が発生するリスクが増すため、改めて注目されたのがマスク着用による感染防止効果だったのです。しかし職場でのマスク着用のガイドラインは定められず、基準はあいまいなままです。

マスク着用が広がらなかった理由

前出のユーガブと英大学インペリアル・カレッジ・ロンドンとの調査(7月13、14日、調査対象1615人)では37%が過去1週間に一度もマスクを着用していないと答えました。主な理由は次の通りです。

(1)必要を感じないから 40%

(2)義務ではないから 22%

(3)外出しないから 27%

全体では71%がマスク着用は公衆衛生に良いと考えているものの、マスクをしないグループでは51%まで低下。レストランや商店内での義務化には80%が賛成する一方で、マスクをしないグループではこの割合は64%まで下がります。

コロナによる死者数はアメリカが最悪で14万3289人、ワースト2がブラジル7万9533人、ワースト3がイギリス4万5300人(7月20日時点、worldometers)。犠牲を拡大させた反マスクの元凶は、政治指導者の態度と政策の遅れです。

初めてマスクを着けて公の場に姿を見せたのは、ジョンソン首相が7月10日、トランプ大統領が翌11日。中国の習近平国家主席に比べると実に5カ月遅れです。

トランプ大統領は20日には、「多くの人々は社会的距離を置くことができない時はフェイスマスクを着用することは愛国的だと言う。 私より愛国的な人はいない」とマスク姿の写真を添付してツイートしました。

しかし米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長の警告に逆らい、マスク着用令を出すのを頑なに拒否しています。

ブラジルのジャイール・ボルソナロ大統領は「感染しても大丈夫」とマスク着用規則を公然と無視。6月22日に連邦裁判所の判事から「マスクを着用するか罰金を払うかだ」と命じられた挙げ句、7月7日になって陽性が確認されました。

コロナ時代を生き抜く活路

3人に共通するのは自由至上主義の弊害を無視していることです。公害でも地球温暖化でも企業の利益を優先して経済活動を拡大すれば環境は破壊されます。コロナでも個人の自由を最優先にしてマスクを着けなければ、「見えない感染」が広がり感染爆発を起こしてしまいます。

自由主義と個人主義が根付く英米両国では利己主義を押し殺した利他主義は共産主義や全体主義に他ならないと煽る保守政治家がいます。確かに利己主義は生存のために必要です。しかし、みんなが幸せに暮らしていくためには利他主義も欠かせないのです。

世界は自分を中心に回っているのではありません。経済を再開させる一方で、コロナによる失業者や生活困窮者へのセーフティーネットを広げてマスク着用やクラスター対策を普及させなければ、私たちにコロナ時代を生き抜く活路は決して開けないでしょう。