「男性に助けを求めるべき」という痴漢被害者に対するアドバイスはなぜ害悪か - 赤木智弘
※この記事は2020年07月21日にBLOGOSで公開されたものです
Yahoo!ニュースに、バスの中で胸を触られた女子高生が自ら痴漢容疑の男性を現行犯逮捕し、警察に引き渡すというニュースが掲載されていた。(*1)
痴漢にあっているという怖い状況でしっかりと容疑者に下車を促し、交番に連れて行くのは非常に勇気がいることだと思うし、こうしてちゃんと捕まったのだから女子高生は称えられるべきである。
ところが、この記事のコメント欄には「周囲の男性に助けを求めるべきだった」「痴漢をするような相手は、何をするのか分からないから、気を付けるべき」という人々の声が並んでいるのである。どうして彼らは女子高生の功績を素直に認められないのだろうか?
痴漢を利する「男性に助けを求めるべき」というアドバイス
こうしたコメントをする人たちは、親切心のつもりでコメントをしているのだろう。彼らの中には「僕の考えた正しい痴漢対処法」があり、それを教えることで、痴漢を受ける女性たちを救えると思っているのだろう。だが、それは本当だろうか?
「周囲の男性に助けを求めるべきだった」という意見が結果として何を表すかと言えば「痴漢である男性は強く、被害者である女性は弱い」ということであり、「女性は弱いから男性という協力者を得なければ痴漢を逮捕できない」と結論づけているのである。
また、「痴漢をするような相手は、何をするのか分からないから、気を付けるべき」という意見は、「痴漢というのは恐ろしい存在なのだから、女性が抵抗してはならない」という意味にもとれる。つまり「痴漢の逮捕は本来はもっと困難であり、今回うまくいったのは運が良かったからに過ぎない。痴漢はとても恐ろしいのだから、女性一人で立ち向かってはならない」と、彼らはそう主張しているのである。
僕は、そうした主張が女性を救うとは思わない。なぜならそうしたアドバイスは結局のところ、「痴漢を極めて強い恐怖の対象として女性に認識させる」ことにしかならないからだ。
平均的に女性より男性の方が筋力が強いというのは確かに事実だろう。
しかし、筋力の強弱で暴力における関係性が決定するのであれば、妻のDVに悩む夫も、年老いた上司の暴力を伴うパワハラに悩む若いサラリーマンもいないであろう。暴力に悩む人は、その筋力の弱さ故に悩んでいるのではなく、その悩みの種の人物が「他者を制圧するために暴力を用いても良いと考えている」から悩むのである。すなわち暴力性による危機とは、筋力の問題ではなく、暴力を用いてもいいと考える精神性の問題なのである。
それは被害者側にも言える。暴力を行う相手の筋力に関係なく「逆らえない」と思い込むことこそが、他者の暴力を許すことに繋がってしまうのである。
ここで、「周囲の男性に助けを求めるべきだった」「痴漢をするような相手は、何をするのか分からないから、気を付けるべき」という痴漢に対するヤフコメのアドバイスを思い返してみよう。
こうしたコメントで、「痴漢をする男性は強い。強いから、女性は男性に逆らえない」という恐怖を女性に植え付けるのは、よりいっそう痴漢に力を与えるだけだということが分かるだろう。
女性を怯えさせるのではなく、毅然とした対応を支持せよ
女性をおびえさせることは痴漢に力を与えることに他ならない。だからこそ「男性に助けを求めるべき」「痴漢は何をするか分からない」といったアドバイスは害悪なのである。
実際の痴漢は、女性に対して真っ正面からアプローチできず、人混みに紛れて触ることしかできない弱っちい卑怯者である。会社に勤めている人間であれば、会社にバレればすぐにクビが飛ぶような立場にいるのだから、彼らは圧倒的に弱いのである。
彼らは女性が下手に出ると思っているから平気で痴漢をするのである。まさに痴漢に対する恐怖を彼らは利用しているのだ。
対処法はやはり女性自身が毅然とした対応をすることしかあり得ない。また、被害者ではない我々も、こうした毅然とした対応を支持し、痴漢をする人間の卑小さを訴えていく必要がある。
そうすれば、「痴漢をすれば、女性や周囲の人間から見下される」という認識を現在の痴漢や痴漢予備軍に植え付けることができる。そうなれば、痴漢は少しずつでも減らせるはずである。
*1:女子高生、胸触った男を自ら取り押さえる(読売新聞 Yahoo!ニュース)https://news.yahoo.co.jp/articles/f68ec7d52772119b5ebb733aaf66d259785a07e7