※この記事は2020年01月17日にBLOGOSで公開されたものです

昨年末に突如発覚した日産自動車元会長ゴーン氏の国外逃亡が、年明け後もメディアを賑わせています。第一報を聞いた時の率直な感想は、「もし事実ならゴーン氏は正気を失ったか」でした。

保釈中の身である世界的な自動車メーカーの元経営者が、保釈条件を破る海外渡航を強行。しかも正規の出国手続きを経ない不法出国という、民主主義下の法治国家である日本の法を犯す明らかな犯罪行為です。

瀕死の状態にあった日産自動車をV字回復させ、名経営者と謳われたゴーン氏。ある意味、一昨年の逮捕以上に衝撃的なモラル感覚のない今回の行動には、我が耳を疑いたくなるばかりでした。

日産にとってゴーン氏の国外逃亡は泣きっ面に蜂

最大の問題点は、ゴーン氏の愚かな行動が単純に彼自身の名誉を貶めるだけでなく、元経営者のインモラルな行動として日産自動車の名誉をも一層傷つけることにもなることです。

自身の逮捕・起訴、さらに後任の西川前社長の不正報酬疑惑がらみでの辞任などイメージダウンが続く同社は、20年3月期連結利益で前年比66%減少が予想されており、今回の一件は泣きっ面に蜂の出来事と言っていいでしょう。

自ら長年リーダーを務めてきた企業のブランドイメージ毀損という問題を省みないゴーン氏の身勝手な行動は、法的犯罪行為であるか否かということとは別次元で大いなる責めを負うべき問題なのです。

しかも事件発生のタイミングがまた最悪です。ひとつは、西川氏の辞任を受けた内田誠社長・アシュワニグプタCOO・関潤副COOによる三頭新体制が12月1日にスタートしたものの、1か月もたたない25日に関氏が日本電産に「転職」し退任することが明らかに。新生日産自動車はいきなり出鼻をくじかれました。

すなわち、ゴーン氏独裁体制からの脱却をめざす三頭新体制がいきなり崩れ、その余韻が尾を引く中起きた今回のゴーン氏逃亡劇。まるで、ゴーン氏がこのタイミングをはかって「倍返しだ!」とばかりに同社の足を引っ張る復讐戦を仕掛けたのではないかとすら思えるほど、最悪のタイミングです。

もうひとつのタイミングの悪さは、年が明け事件が大々的に騒がれた最中に、海外から伝えられたライバル企業のニュースとの好対照もあげられます。ライバル企業とはもちろんトヨタ自動車です。

新年7日米ラスベガスから、世界最大のデジタル技術見本市「CES」会場で静岡県裾野市でのスマートシティ構想をセンセーショナルに公表したトヨタ自動車豊田章男社長のプレゼンテーションが、世界に大々的に報道されました。

一方でその翌日、ゴーン氏が詭弁を弄して自己擁護しつつ日産自動車経営陣を非難する会見もまた、逃亡先のレバノンから全世界に流されます。海外の桧舞台で夢と希望あふれる未来構想を語る社長と、不法出国のあげくレバノンから古巣を激しく非難する元会長。両ニュースはあまりに好対照であり、日の出と日没の差ほどの違いをも感じさせる出来事でした。

約20年間の独裁的経営で日産に根付いた「非常識」

今回の一件で明確になったことがあります。それはゴーン氏逮捕以来の負の連鎖と言える日産自動車をめぐる報道は、すべて同じ根っこに起因するものであろうということ。

西川前社長の不正報酬疑惑も、三頭新体制の一翼を担う副COOが就任直後に臆面もなく他社移籍を実行に移すという、関潤副COOの企業人の常識では考えられない行動も、すべてゴーン氏の自己利益優先のインモラルな行動により作り上げられた日産自動車の役員組織風土に起因するものであると、私は確信しました。

至って個人的な理由からカネで不法な手段を買い海外脱出を企てたという、ゴーン氏のモラル欠如は想像を絶するレベルです。日産自動車ではこのようなインモラルな人間が、20年近くにもわたり組織のトップとして独裁的な経営権を振るってきたのです。

それは当然のごとく組織の私物化に至り、最終的に彼は逮捕され組織を追われました。しかし、トップのインモラルな行動はその周辺にいる者を確実に病ませ、完全に腐りきった役員組織風土だけがゴーン氏追放後もしっかりと残されてしまったわけなのです。

今回の一連の報道でも、腐った役員組織風土を表す首をかしげさせられる一幕がありました。ゴーン氏国外逃亡の報を受け、なんと西川氏が恥ずかしげもなくカメラに向かって「ゴーン氏には改めて呆れた」とコメントしたのです。一番呆れたのは報道を見ていた国民でしょう。

ゴーン氏と同じく事実上自らの不祥事の責任を取ってリーダーの座を辞任した人物が、その原因たる組織風土をつくった張本人について堂々と非難のコメントをする日産自動車という組織の非常識。その非常識にすら気づいていない西川氏。同社役員組織風土に蔓延する「インモラル病」の重篤さを実感させられるに、十分すぎる出来事でした。

成長戦略を描けずライバル社から遅れを取る日産

一方のゴーン氏もレバノンの会見で、「自分は西川氏をはじめとする日産自動車役員たちのクーデターによって追い出された」と、自身が排除された「事件」のインモラル性を強く主張しました。

仮にそうであったとしても、それはゴーン氏自身が自らの長年の独裁経営により作り上げた同社役員層に蔓延する「インモラル病」感染の結果であり、この期に及んでそのことすら認識できない彼自身の「病状」は、既に企業経営者としての死期を迎えるほど末期症状にあると言っていいでしょう。

今後最大の問題は、日産自動車がどうしたら健康体を取り戻せるのかです。極めてインモラルなゴーン氏とその影響を直接に受けた西川氏が去ってなお、インモラルな辞め方をみせた関潤副COOの一件は、組織の「病」の重さを示すに十分すぎるほど悩ましい出来事でした(ゴーン氏不法出国報道で影が薄くなった感がありますが)。

現トップを外様の内田誠CEOが務めるのは、組織風土改革という観点からは救いなのかもしれません。しかし、改革をすすめる上で、歴史ある大組織における外様の求心力の弱さはいかんともし難いでしょう。

同社はルノーとの提携関係をどうするのかというもうひとつの重い「病」を抱えており、ただでさえCASE戦略でライバルから大きく遅れを取っている現状にあって、有効な成長戦略を描ける状況にはありません。

ゴーン氏不法出国は本人の問題以上に、長年のゴーン氏独裁経営が日産自動車をあまりに深く暗い闇に引きずり込んでいた、という事実を強く浮き彫りにしたことだけは確かなようですが、その闇からの脱出策は全く見えていません。