※この記事は2020年01月11日にBLOGOSで公開されたものです

イギリスのエリザベス女王の孫にあたるヘンリー王子(通称「ハリー」)とその妻メーガン妃は、8日夕方、インスタグラムのアカウントで、「高位王族の地位を退き」、「財政的に独立するよう努力したい」とする声明を発表した。英メディアは王子夫妻が公務から事実上「引退する」、と一斉に報じた。

▽「@sussexroyal」インスタグラムのアカウント

エリザベス女王、チャールズ皇太子、兄のウィリアム王子はこのような声明を出すことを「聞いていなかった」ようで、新年早々、「お騒がせ」の大事件となった。

キャサリン妃の誕生日前日に発表

夫妻のインスタグラムでの声明文発表は午後6時半過ぎ。王室が「複雑な問題が絡むため、機能するには時間がかかる」といった短い見解を発表したのは、30分後だったといわれている。その衝撃度、狼狽ぶりが伝わってくる。本来であれば、もちろん、先に「このような声明文を出しますよ」と女王などに事前に伝え、王室側は周到に準備した「返答」を出すはずである。

もともと、先行したのは新聞報道だった。ヘンリー王子夫妻による声明文発表の直前となった7日、大衆紙サンが、夫妻がカナダに長期滞在予定であること、公務を大幅に縮小させることを「友人」の話として、スクープ報道していたのである。夫妻が故意にサンに情報を流したのか、あるいはサンに押されるようにしてインスタグラムで声明を発表したのかは、明らかではない。

9日は、実はウィリアム王子の妻キャサリン妃の誕生日だった。一家の情報を発信するケンジントン宮殿の公式インスタグラムのアカウントで、キャサリン妃はジーンズ姿の自然体の写真を公開した。

ヘンリー王子夫妻の騒動で陰に隠れてしまった感のある、キャサリン妃の誕生日。偶然かもしれないが、ほかの王室のメンバーが話題を奪うことを許さない、いつもの夫妻らしい…と言ったら、言い過ぎだろうか。ちなみに、この画像には、ヘンリー王子とメーガン妃から「誕生日おめでとう」のメッセージが寄せられてはいるが・・・。

「経済的に自立」と表明しつつ警備費1億円は税金、国民からは批判の声も

クリスマスから年始にかけて、「公務を休みたい」として、北米に消えたヘンリー王子夫妻。夫婦の間でどんな会話があったのかは想像するしかないが、家族にとって、将来の1つの選択肢が見えてきたようだ。

クリスマスから年末にかけての、イギリス王室の恒例行事といえば、一家そろってサンドリガム宮殿でゆったりと過ごすこと。そこにヘンリー王子一家の姿はなかった。

そして、発表された英王室のある写真。そこには、エリザベス女王、チャールズ皇太子、ウィリアム王子、王子の長男ジョージ王子の姿があった。王女からみて王位継承権順位3位までの人物である。

「女王の次はチャールズ、そしてウィリアム、その次はジョージですよ」とでもいいたげだった。

そして、今月8日夕方、ヘンリー王子夫妻は公務からの事実上の引退をインスタグラムで宣言した。

夫妻による公務経費の5%は、国庫から入る「王室援助金」であるが、残りは父親チャールズ皇太子のコーンウオール公領からの収入による。「財政的に自立したい」というヘンリー王子夫妻。

夫妻のウェブサイトによると、イギリスに戻った際には巨額な費用で改装したウィンザー城にある自宅に住み続け、年間9000万円近くとなる警護費用もこれまで通り負担してもらう形をとるという。

公務を減らし、国外(カナダ)での滞在を長期化しながら、王室のメンバーとしての地位を維持しようとするヘンリー夫妻に対し、保守系国民の目は厳しい。「富や特権を手放さずに、ほしいものだけを取っている」という批判である。

「ヘンリー王子夫妻の引退宣言を知り、ほっとした」

筆者は、ヘンリー王子夫妻の「引退宣言」を知り、ほっとした。これで、王子やメーガン妃の一挙一動に(以前ほどは)悩まされずに済むのかな、と思ったからである。アメリカあるいはカナダでの滞在を長期化させる予定であると聞き、「どうぞ、外国でお幸せにお過ごしください」と祝福したい気分である。

チャールズ皇太子の次男として生まれたヘンリー王子。兄ウィリアムがチャールズを継ぐため、自分には国王になる選択肢があるとは思わず、自由奔放に育った。

12歳の時に、パパラッチに生涯追われ続けた美しい母親ダイアナ妃をパリでの交通事故で失った。この時の悲しみはヘンリー王子の心に深い傷を残したといわれる。メディア嫌いになった、というのも、無理はない。

独身時代は数々の女性と浮き名を流したが、アメリカ人で女優のメーガン・マークルさんと出会い、2018年5月、ウィンザー城での華々しい結婚を実現させた。

しかし、メーガン妃との出会いはヘンリー王子を大きく変えていく。一人の女性が王室に様々な化学反応を引き起こし、女王やウィリアム王子との亀裂は、修復不可能なほどに大きくなっていったようだ。

「ファン」と私的につながろうとするヘンリー王子夫妻

慣習や伝統を重んじてきた、イギリスの王室。国民の支持があってこその王室である。エリザベス女王は私的感情を外に出すことを嫌い、王室の「神秘」を守ろうとしてきた。

しかし、時代は変わった。ヘンリー王子は離婚経験がある、アフリカ系アメリカ人のメーガン妃を伴侶に選んだ。「離婚経験者」、「アフリカ系」ということで、結婚前からバッシングにあったメーガン妃を守ろうと防御的になった、ヘンリー王子。

それがいかんなく発揮されたのが、初めての子供・アーチー君の出産の時だった。子供をどこで産むかをメーガン妃は公にしたくなかった。そこで、ヘンリー王子は妻のプライバシー保護に力を入れた。特定の病院で子供を産み、出産後はカメラの前で手を振る、ウィリアム王子の妻キャサリン妃とは正反対だ。結局、メーガン妃がどこで子供を産んだのか、最後まで公表されずじまいである。

王室には出産場所を公表する義務はないかもしれないが、国民はどこで生まれるかを知りたがる。ともに出産を喜びたいのだ。王室は国民の支持があってこそ、続くのである。エリザベス女王も、キャサリン妃もこれをよく知っている。

しかし、ヘンリー王子夫妻は国民と、いや、「ファン」と言った方が近いかもしれないが、「直接つながる」ことを好む。結局、出産の事実を公表したのは夫妻が設置したインスタグラムのアカウントだった。現時点で、フォロワーは10万人を超える。

母のダイアナ妃の経験もあったのだろうか、ヘンリー王子夫妻は自分たちなりにメディア報道を抑制することに、心を砕いた。その姿は、「国民に仕える、奉仕する存在としての王室」ではなく、著名人(セレブリティ)文化の実践者だった。

メーガン妃はもともと、著名人。結婚式に呼んだのも、俳優ジョージ・クルーニーをはじめとする数々の著名人やスターだった。ヘンリー王子は「王室(ロイヤル)」という属性を持つ、著名人のようになってしまった。いわば「著名人王族(セレブリティ・ロイヤル)」だ。

メディアを著作権侵害で訴える異例の行動に

「私のことを知ってほしい」、「私は今、こう思っている」。著名人は様々な手段を通じてファンに自分のことを伝えようとする。

「ヘンリー王子夫妻=著名人」としての姿が最も強く表れたのが、民放ITVの番組に夫妻が出演した時だ。

▽上昇気流の日本の皇室と、批判が膨らむ英王室・大衆紙を訴えたヘンリー王子とメーガン妃(2019年11月2日付)

番組の中で、メーガン妃はメディア報道にいかに苦しめられたかについて、涙ながらに心情を語った。この番組を見て、「なんてかわいそうに」と思わない人はいないだろう。

ヘンリー王子自身は兄ウィリアムとの関係がいつでも良好というわけでないことを語ると同時に(これ自体、前代未聞だが)、カメラのフラッシュを浴びるたびに母ダイアナ妃のことを思い出す、と述べた。

それほどの深い傷になっていたのかと、ヘンリー王子に同情しない人もいなかったはずだ。

しかし、この時、実は夫妻は複数の大衆紙や新聞の出版社に対し、個人情報保護の誤用、著作権侵害などの違法行為について提訴していた。

こうした不満はもっともではあったにしても、王室とメディアは持ちつもたれるの関係である。メディアを提訴すれば、メディアを敵に回してしまうことになる。自分のイメージを重要視する著名人であれば、提訴は1つの選択肢だろうけれど、「国民に仕える」ことが仕事となる王室がこのような手段を通じて「口を封じる」のはマイナスにならないだろうか、と筆者は思った。

兄ウィリアムは、妻キャサリン妃のトップレス姿を掲載した欧州のメディアを提訴し、これに勝訴した経緯があったけれども、自国の大手メディアを提訴するのは珍しい。

ちなみに、ヘンリー王子夫妻は今回、王室が持ち回りでメディア取材に応じる慣習からも抜け出る、と発表している。もくもくと、淡々と公務をこなすエリザベス女王やウィリアム王子夫妻と、ヘンリー王子夫妻との違いが色濃く表れた。

ヘンリー王子夫妻の今後は?

その著名度からいって、ヘンリー王子夫妻が今後も巨額の収入を得ることは不可能ではない。エリザベス女王やウィリアム王子との関係が悪化したとしても、失うものはそれほど大きくないのかもしれない。誰もが「ヘンリー王子とその妻メーガン妃」として扱うのだから。公務が少なくなっても、自分のお気に入りの慈善組織を支援していけばいい。

「セレブリティ・ロイヤル」という新たな地位をヘンリー王子とメーガン妃は作り上げつつあるようだ。日本では、皇室の人間がここまで心情を吐露することはありえないだろう。しかし、皇室の中にいながら、より自由に結婚相手を選び、公務の選択にもより自由裁量権を発揮できる日が、いつか日本でも実現する可能性もある。

筆者自身は、ヘンリー夫妻のやり方に賛同しないが、堅苦しさを嫌い、コアになる家族を重視し、「自分のことをわかってほしい」という気持ちを優先する、現在の若者の感性にフィットした生き方に国内外で支持者が増えていくかもしれない。