「5~10年で農家が崩壊する地域も」農業が直面する深刻な人手不足 キャベツ自動収穫機の開発でブレイクスルーを目指す - 後藤早紀
※この記事は2020年01月10日にBLOGOSで公開されたものです
スーパーマーケットに行けば様々な種類の国産野菜や果物が手に入る。そんな光景が、当たり前ではなくなる日が来るかもしれない。
現在、人手不足や高齢化で、いままで通りの生産を続けることが難しい状態に陥っている農家が多く存在する。現状では、何もしなければ、「あと5~10年で農家が崩壊する地域も出てくる」と警鐘を鳴らすのは、立命館大学でロボット工学を駆使し、キャベツ自動収穫機の開発に取り組む深尾隆則教授だ。
今回は、滋賀県彦根市で行われたキャベツ自動収穫機の実演会を訪れ、深尾教授に開発状況と、背景にある問題意識について話を聞いた。
農業用機械の開発当初に覚えた農家崩壊への危機感
深尾教授は、工学分野で人工知能などを駆使し、主に自動車の自動運転の研究に取り組む研究者だ。新たな挑戦である農業分野でのロボット化、自動化は、要望の高まりを受け、10年ほど前から自動運転の知見を活かし、開発に着手してきた。
「JAXAと飛行船ロボットの実験を北海道で行っていたのですが、70歳代の農家の方がトラクターを動かし、夜10時くらいまで作業している光景を目の当たりにしました。人の手で収穫して、運んで、というのを繰り返す現場の厳しさを初めて知ったのですが、一方でかなりの部分が自動化できそうだとも感じました」。
深尾教授は、農業の現状について調べていく中で、想像以上に深刻な状況に直面していると実感したという。農業従事者の高齢化が深刻で、農林水産省の統計によると、農業を専業に収入を得ている人の約75%が60歳以上という状況なのだ。
「日本人の平均寿命はだいたい83~87歳くらいなので、このまま何も対策を取らずにいると、ここ5年から10年で引退される方がたくさんおられるでしょうから、農業をやる人が大幅に減少するという懸念があります。
また、新規参入者が熟練者のように働けるようになるには時間がかかりますし、かといってこれまでのように外国人技能実習生を呼ぶことも難しくなってきています。東南アジアやインドでも人手不足や、従事者の高齢化が問題になってきているのです」。
農作業の繁忙期となる収穫時期には、これまで派遣や、アルバイトなど短期労働者を雇い人員を確保していたが、昨今の景気回復もあり、工場勤務などより条件の良い仕事に人が流れ、人手不足に拍車がかかっている。
このままでは、災害や不作といった理由ではなく、収穫時期に刈り取りが終わらず、本州へ出荷するほどの量を生産できなくなる恐れもあると深尾教授は指摘する。北海道産の作物が身近なスーパーマーケットに並ばなくなる可能性が懸念されるほど、現場の人手不足は深刻な状況なのだ。
また、深尾教授が農業機械のロボット化、自動化を急ぐ理由には、人手不足の解消や、農作物の生産量維持以外にも、地域崩壊への危機感があるという。
「私はこれまで農業と関係なく研究をしてきたのですが、地域の維持とか復興ということが、とくに工学とか自動車工場をつくることとはだいぶ異なるなと感じました。地盤となる地域や田畑、それを耕す人がいなくなるということは、その地域の崩壊につながっていくのです」。
車の自動運転技術を用いたキャベツ自動収穫機
農林水産省は、技術発展が著しいロボット、AI、IoT等の最先端テクノロジーを農作物の生産現場に導入する「スマート農業実証プログラム」を進めている。その中で深尾教授は、人工知能未来農業創造プロジェクト(AIプロ)において代表を務めている露地野菜生産ロボット化コンソーシアムの成果の一部を滋賀県水田作スマート農業実証コンソーシアムで実証している。
AIプロでは、ヤンマー、豊田自動織機、農研機構北海道研究センターなどと協力して、主にキャベツ、玉ねぎといった野菜の自動収穫機から開発が進められている。従事者の高齢化や人手不足の問題をはじめ、日本の農作物の生産量維持が喫緊の課題になっているため、生産量の多い野菜から開発にあたっているのだという。
滋賀県彦根市では開発中の実験機を、大規模稲作を営むフクハラファームの農場で動かし、より高い精度でキャベツを収穫することができるよう取り組みが進められている。
フクハラファームでは一部二毛作を取り入れ、稲作とキャベツ栽培で、農地の効率的な活用がなされ、使用されていない周辺の水田を束ね大規模栽培を行うなど、先進的な取り組みが注目されている。この日は、キャベツの自動収穫を実際に見ることができた。
実験中の自動収穫機は、上部にあるカメラでキャベツの位置を確認し、側部にあるセンサーで茎の高さを割り出す。そして、先端部分でキャベツの茎部分を挟んで引き抜き、少し上の部分で根をカットするという仕組みになっている。カメラとセンサーで得た情報をあわせ、自動で微調整し、収穫を進めていくのだ。
「発展の目覚ましいロボティクス技術でありますが、自動運転にしても農業の自動収穫機にしても我々が取り組んでいる機械は、画像で対象物や周囲の状況を認識します。キャベツの場所や高さといった情報をディープラーニングという技術で検出・推定し、キャベツを傷つけず収穫する精度を高めています」。
これまでは熟練者の運転操作に頼っていたものが、自動で操作することができるようになった。深尾教授は、経験豊富な熟練者と同等の動きをさせるのは難しいが、その一歩手前の精度が出せるよう目指したいと展望を語った。
また、現状ではキャベツなど農作物の個体差によって、うまく切り取れなかったり、機械に野菜が詰まってしまい停止してしまうことがあるそうだ。こういった点も、ひとつずつ解消して、省人化、効率化が図れるように開発を進めたいと今後の課題についても触れた。
農家における機械導入の課題と求められる意識の変化
また、自動収穫技術は進歩する一方、現場への導入に向けてはコストの面でまだまだ難しさが残る。農業用機械は決して安いものではなく、1台1000万円程するものも存在する。そのため、開発が進み実用化されても、実際に導入するには高いハードルがあるといえる。
様々な開発にあたって深尾教授は、既存のトラクターの台車部分を活用したり、車の自動運転技術の開発に関わる企業と協力したりと、コストの削減を意識しているという。しかし、一気に価格を抑えることは難しく、海外展開も含め試行錯誤が続いている。
導入コストに関する課題については、導入を考える農家側の理解も必要だ。人手不足が深刻化する農家、さらには日本の農作物生産の維持には自動収穫をはじめ、テクノロジーの導入が不可欠である。農業従者自身もそういった状況に危機感を持つ必要があると、深尾教授は呼びかけた。
「農業従事者の方々も、今後はある程度の経営規模を維持することが求められます。コスト削減をするにはある程度の農地規模がないと、かつ経営者や団体で分担しながら、経営として成り立たせることを考えていかないと、とてもじゃないけど高齢化や、人手不足が進行するスピードには耐えられない。
放置されている農地があれば、やる気のある人に託し大規模経営化することで、自動収穫機などの導入を実現することができます。そうした旗振り役となる人材が、地域に一人いるかいないかで、その地域の将来に大きな違いが生じます」。
逆をいえば、地域にそういったことを考える人が数人でもいれば、農家の廃業を回避することができると思うと、深尾教授は続けた。農業を取り巻く様々な問題は、テクノロジーの導入を急ぐとともに、従事する人たちも一緒に考えていく必要がありそうだ。