「日本の正義から逃れたのであれば、フランスの正義からも逃れるだろう」フランス市民はカルロス・ゴーン被告の逃亡劇をどう見たか - Ayana Nishikawa(西川彩奈)
※この記事は2020年01月07日にBLOGOSで公開されたものです
日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(65)の一連の逃亡劇は、ゴーン被告が国籍を持っているフランスでも世間を騒がせている。昨年末にゴーン氏が保釈条件に違反してレバノンへ逃亡したこの事件は、「驚くべきゴーンの逃走」と、新年早々にフランスの各メディアでも大きく報じられた。ル・モンド紙「奇妙な正義の概念だ」
日本時間12月31日昼には、ゴーン被告の、「私は正義から逃れたのではありません。不正と政治的迫害から逃れたのです」という声明が発表された。これに対し、夕刊紙「ル・モンド」は、日本の企業で働き、民主主義である日本の法律に背いたうえで、自分自身に有利な国での司法を選んだゴーン元会長が主張する考えは、「奇妙な正義の概念だ」と批判。その一方で、ゴーン氏が監視されていた状況について、「日本の当局が答えるべき、多くの問題点を明らかにした」と、日本側にも指摘をした。一方で、左派系朝刊紙「リベラシオン」は、「カルロス・ゴーン逃走:日本の無力な司法」と見出しを打ち、「カルロス・ゴーンの逃走は完全に日本の司法を驚かせ、笑いものにした。弁護士は唖然とし、検察官は激怒し、最終的に司法組織は完全に無力だった」と、報道した。さらに、「日本政府は、この世間が驚く逃走のニュースに対し、まったく反応を示さなかった」と、日本政府の対応を批判した。
同様に、1月5日に森雅子法務大臣がゴーン氏逃亡事件に関するコメントを発表したことを報じた保守系朝刊紙「フィガロ」の記事でも、冒頭で、「カルロス・ゴーンの飛行物語には日本からの声が欠けていた」、「新年の休暇が終わり、約1週間にも渡る沈黙を日本政府は破った」と、報じられている。
フランスの一般市民「日本の正義から逃れたのであれば、フランスの正義からも逃れるだろう」
今回の一連のゴーン元会長の逃走劇を、フランスの一般市民はどう捉えているのか。朝刊紙「フィガロ」は読者に向け、2種類のアンケートを実施した。1つ目の、「カルロス・ゴーンの日本からの逃亡は正しかったか」という質問(回答者約9万人)には、約75%が「そう思う」と答えた。一方で、2つ目の、「カルロス・ゴーンがフランスへ戻ってくることを、望みますか?」という質問(回答者約9万5千人)には、約70%が「いいえ」と答えた。
2つ目の質問のコメントには、「はい」と答えた読者でも、「フランスでも裁判にかけられ、判決を受けるために戻るべき」などの意見があった。他にも、「日本の正義から逃れたのであれば、ゴーン氏はフランスの正義からも逃れるだろう」などといったコメントが目立った。
また、街中のパリっ子たちの間でも「ゴーン逃走事件」は衝撃だったようで、新年早々の話題としてのぼった。
フランスでは現在、年金制度改革に反対する、1カ月以上に及ぶ史上最長のストライキが続いており、1月上旬にも労働組合が大規模デモを呼びかけている。こうした状況を踏まえ、ジャーナリストのマチュー・ロシェさんは、「フランス国内で特権階級への優遇に対する警戒心が特に強まっているこの時期に、ゴーン元会長のような富の象徴の存在は決して良くは思われていない」と語る。
また、ゴーン氏の「日本の不正と政治迫害から逃れた」というコメントに対し、「こんな発言を信じる人なんて誰もいない。彼は個人的な利益のために、罪を犯したと思う。日本で、きちんと裁かれるべきだ」と語気を強めた。
また、ルノーの取引先企業で働く男性は、「ゴーン氏がどの国にいても、正確な調査が行われ、すべての事実が明らかにされるべきだ」と、語った。
日本文化が大好きという、パリのレストラン勤務のレオ・エルペさんは、こう話してくれた。
「一番理解し難いことが、日本が世界に向けて積極的に、明確な説明をしないことだ。日本という国を尊敬しているからこそ、非常に残念に感じる」
「今回の逃亡事件に加え、ゴーン元会長が日産や、元社員の人生に与えた損害、そして世界的に批判されている司法制度について、伝わるまで世界に説明するべきだ。欧州から入手できる情報では、他国へ大胆な逃走をしてまで、“伝えよう”とするゴーン元会長の意見だけが目立ってしまう」
フランス人弁護士の見解
フランスの弁護士は、今回の逃走事件や日本の司法をどう分析するのだろうか。国際犯罪に詳しいフランス人弁護士、オアヨン・フィリップ氏が取材に応じてくれた。――ゴーン氏は自らを「不正な日本の司法制度の人質」だと表現しました。フランスでは、日本の司法はどのように捉えられていますか。
まず、各国にはそれぞれの歴史と共に、司法制度が発展した経緯があります。丁重さと権威を尊重し、犯罪率が低い日本では、司法も、他の国とは異なります。一方で、主に2つの点がフランスで非難されています。
1つ目が、長期間の身柄拘束。弁護士が同席できず、長期間尋問される可能性があること。(日本の起訴までの勾留期間は最長23日。フランス、またはイタリアでの勾留期間は最長で96時間、ベルギーではわずか24時間)
2つ目は、起訴された際の有罪率の高さ。(フランスでの有罪率は、約80~90%)
一連のゴーン事件において、フランスのメディアは前出の日本の司法制度について、厳しく批評しました。しかし、日本の当局はこれらの報道に対し、あまり説明をしませんでした。そのため、フランスで人気のないカルロス・ゴーン氏でさえ、専門家の目に被害者として映ってしまいました。
――フランスでの刑事司法制度には、どのような問題がありますか。
逆に、もし日本人がフランスで留置された場合、客観的に非難されるであろう刑事司法制度の問題点がフランスにも多く存在します。フランスでも警察留置場では弁護士が同席できず、被告人だけで尋問を受けることが問題となっています。また、警察留置場内での脅迫、洗脳、罠、圧力、不公平な対応などが、弁護士によって日常的に非難されています。
さらに、留置場の衛生状態の酷さも指摘されています。例えば、シャンゼリゼ警察署は、先進国として値しない状況です。
――もしゴーン元会長がフランスに渡った場合、どのようなシナリオが考えられますか。
まず、フランスの司法が調査を行うため、ゴーン氏は予審判事(証拠を収集し、免訴か、裁判所へ送致するかを決める人物)により召喚されるでしょう。
この事件の工程のセンシティブな点と、世界中のメディアが注目している点から、フランスの検察官が、ゴーン氏に批判的な事実を予審判事に調査させる可能性があります。
また、起訴をするかどうかという決断へのフランス政府からの間接的な影響は重要です。そのため、日本の外交圧力が影響を与える可能性があります。
――今後、カルロス・ゴーン氏の事件が各国政府の政策や外交に関係することはありますか。
レバノン政府は、今後プレッシャーにさらされるでしょう。同政府はレバノンが逃亡犯の避難所でないことを示す必要に迫られます。
もしフランスにゴーン氏が渡ってきて、予審判事がこの事件を取り上げた場合、フランスのメディアによって徹底的に調べられるはずです。よって、フランス政府がこの問題を日本との外交の武器として利用することは、難しいでしょう。