「結婚プレッシャー」は日本だけ? フランスで変わる「愛」のかたち - 吉田理沙 - BLOGOS編集部
※この記事は2020年01月05日にBLOGOSで公開されたものです
「誰かいい人いないの?」「そろそろ真剣に結婚も考えたら?」--。年末年始で帰省中、親からこう声を掛けられ、気が重くなった人も少なくないのではないだろうか。親心ゆえの言葉も、時として当事者には心の負担になるものだ。筆者が暮らす、「愛の国」フランスではどうだろう。日本人が感じるような、結婚や出産へのプレッシャーはあるのだろうか。
フランスでは、事実婚数が結婚とほぼ肩を並べ、婚外子は6割に上る。出生率は先進国トップクラスだ。さらには、独身や同性愛の女性も、人工授精などの生殖補助医療を受けられるようにするための法律も整いつつある。選択肢が多様化するフランスで、結婚、出産をめぐる価値観と制度を探った。(パリ在住ジャーナリスト吉田理沙)
「結婚しないの?」フランスにもある親からのプレッシャー
フランスのクリスマスは、日本のお正月と同様、家族で集まり賑やかに過ごす。個人の自由が尊重されるフランスだが、意外なことに、帰省した際に両親などから結婚や出産のプレッシャーをかけられることも間々あるという。「両親から、ものすごく大きな結婚へのプレッシャーがあった」と漏らすのは、パリ出身のルイーズさん(39)。「パートナーと(結婚せずに)同棲するつもりだと両親に伝えたときはもう最悪で、数日間、口もきいてもらえませんでした」と振り返る。地方出身で、敬虔なカトリック信者である両親にとって、結婚せずして異性と暮らすことはあり得なかったからだ。
ルイーズさんは、現在のパートナーと学生時代に出会い、5年後、両親の反対を押し切る形で同棲をスタート。11年間の同棲生活を経て、2014年にフランス版事実婚である市民連帯協定(通称パックス)を結んだ。
「パックスを結んだのは、節税のため。ロマンチックな理由ではないけれど」と笑う。「結婚と比べて、簡単で速くて、(結婚式などの)お金がかからないのに、結婚とほぼ同じメリットがある」ことが決め手となったという。
その後17年には娘を授かり、家族3人で幸せに暮らす。現在も結婚はしていないが、「パートナーがいかに真剣で誠実であるかがわかってからは、両親も喜んでいる」という。
パリ在住の環境エンジニア、ジュリーさん(30)は「幸せになるために結婚が必要とは思いません」と言い切る。「30歳前後になって、恋人がいなかったり、カップルであっても子どもがいなかったりすると、フランスでも家族や職場の同僚からプレッシャーをかけられることがあります。でも、(結婚しなくても)誰かと一緒に幸せでいること、私はそれで十分」と明快だ。
「私の両親も結婚しておらず、パックスを結んでいます。幸せになるために、家を購入するために、あるいは子どもを持つために結婚するという必要はないと両親の姿をみて学びましたし、幸いなことに、結婚がゴールであり、結婚しなければ失敗、というような考えを両親から押し付けられることもありませんでした」と話す。
事実婚が15年間で9倍に増加
市民連帯協約「パックス」は、成人カップルの個人間で安定した共同生活を営むため、フランスが1999年に制定した、いわゆる事実婚のための枠組みだ。そもそもは、結婚という選択肢を持たなかった同性愛者のために作られた制度だが、結婚よりも簡易に登録できる一方で、結婚と同様に税控除などの利点があるため、積極的にパックスを選ぶ異性間カップルが年々増え続けている。フランス国立統計経済研究所(INSEE)によると、2002年時点でパックスを結んだカップル(異性間)は2.2万組だったが、2017年には18.7万組と15年間で約9倍に増加。2017年に結婚したカップル(異性間)が22.7万組であることを考えると、結婚に迫る勢いだ。「パックスはシンプルで実用的だと思う。結婚して離婚するとなると、(裁判など)複雑で時間もお金もかかるけれど、パックスは簡単に解消できるのでより自由」とジュリーさんは話す。
婚外子が6割、出産=結婚ではない
パックスを選ぶカップルが増えたフランスでは、婚外子も多く、現在では生まれてくる子どもの6割を超えている。フランス国立統計経済研究所(INSEE)によると、出生数に占める婚外子の数が1994年時点では37.2%だったが、2006年には50%を超え、2018年には60.3%と、過去24年間右肩上がりだ。フランスでは、嫡出子と非嫡出子の区別がなく、両親が結婚している、していないにかかわらず、子どもは皆、同等の権利を保証されている。また、出生率が低迷を続ける日本とは対照的に、フランスは、先進国トップクラスの出生率を誇る。経済協力開発機構(OECD)によると、2017年の先進7カ国(G7)の出生率はフランスが1.86でトップ。米国、英国と続き、1.43の日本は7カ国中6位だ。
日本と同様に、非婚化と少子化が進み、かつては出生率が落ち込んだフランス。その回復に成功したのは、社会保障や育児環境の整備などもあるが、パックスの導入により出産=結婚という概念を覆したことも要因のひとつだろう。
フランスではさらに、妊娠、出産をめぐる新たな動きもある。独身や同性愛者を含む全ての女性に、人工授精や体外受精などの生殖補助医療を認める「生命倫理法改正案」が2019年10月、下院で可決。政府は20年の成立を目指している。前出のジュリーさんは「今すぐではないけれど、いつかは子どもを持ちたい。中絶や同性婚と同じように、誰でも、自分がしたいと願うことができるような選択肢を持てるようにすべきだと思う」と、新たな潮流を肯定的にとらえている。
なぜ日本では事実婚が増えないのか
翻って日本。結婚して子どもを持つ、子どもを持つために結婚する、という概念が一般的で、積極的に事実婚を選ぶカップルは今でも少数派だ。目黒区在住の既婚女性(37)は「事実婚という選択肢がそもそも頭になかった。日本の文化の中で育ってきた私には現実的ではないというか、身近でないというか。(事実婚を)否定するつもりは全くないけれど、自分が、と思うと心配」と打ち明ける。
早稲田大学の棚村政行教授(家族法)は、日本で事実婚が普及しない背景について「かつては、家制度の下で親の反対があって結婚できないとか、手続を知らないなどの『やむえない内縁』がかなりあったが、最近は、意識的選択的事実婚が増えてきた。学歴も上がり、男女平等、女性の社会進出、社会参加も進み、対等になりつつあるが、やはり法律婚と事実婚では法的保護の程度が違い、特に子どもが生まれそうになると慌てて入籍する『授かり婚』が4分の1以上になっている。婚外子差別は減りつつも、家意識、戸籍意識は依然として残り、婚外子差別意識も残っているからこそ、人々はそのマイナスイメージから法律婚に向かうのではないか」と推察する。
さらに、「日本では、かつて内縁率が高い時は、婚外子出生率も高かったが、戦後は0.8と低く、その後1.2と上昇したが、高くてもせいぜい2%弱しかない」と指摘。
「もっとも、子を産むかどうかの選択は、子育ての支援が十分あり、子の妊娠出産と働くことの両立を支援する社会経済環境が整っているかどうかが重要であって、事実婚保護だけで(出生数が)増えるわけではない」と釘を刺しつつも、「婚外子の差別の廃止、平等化、男女の平等化、法律婚の相対化、事実婚保護により、子の出生率は上昇すると思われる」と話す。
日本でも、自治体レベルでは新しい取り組みが導入されている。そのひとつが、「すべての市民が個人として尊重される社会の実現のため」と銘打ち、千葉市が全国に先駆け、2019年1月に導入した「パートナーシップ宣誓証明書」だ。互いを人生のパートナーとして宣誓するためのもので、同性間だけでなく、事実婚などの異性間にも適用される公的な証書として注目を集めた。その後、横須賀市や横浜市でも同様の制度が取り入れられている。
「女性の活躍」が奨励される一方で、出生数の低下に歯止めがかからず、仕事に結婚に出産にと、女性へのプレッシャーが大きい現代の日本社会。もちろん、文化や国民性が異なる日本とフランスでは、一概にどちらが良いとは言えないが、少なくとも、多様な価値観を認め、それを後押しする制度を政府が積極的に取り入れてきたという点では、フランスに学べるところもありそうな気がする。