※この記事は2020年01月01日にBLOGOSで公開されたものです

 BLOGOS編集部から「2020年はねずみ年ということで、『警察の卑怯なネズミ捕りはなぜ無くならないのか』といった内容で1本お書きいただくことはできますでしょうか」というメールをもらい、本記事を書くこととなった。

諸悪の根源は「交通安全対策特別交付金」

 結論から言えば、ネズミ捕りが無くならない一番大きな理由は、「交通安全対策特別交付金制度」があるからだ。この制度は1968年に「交通反則通告制度」と一緒に創設された。

 交通反則通告制度というのは、比較的軽い交通違反は、違反者が「反則金」を納付すれば、事件の処理が終わるというもの。年間数百万件の交通違反を「犯罪」として処理するのは大変なので、このような方策が考えられたのだ。

 現在、反則金で処理される交通違反には、一般道路で30km/h未満、高速道路で40km/h未満の速度超過、一時停止違反、信号無視、携帯電話使用等違反などがある。反則金の金額は、普通車の場合、一般道路で25km/h以上30km/h未満の速度超過が1万8000円、高速道路で35km/h以上40km/h未満の速度超過が3万5000円、指定場所(「止まれ」の道路標識等がある場所)一時停止違反が7000円、赤信号無視が9000円、携帯電話使用等違反が1万8000円などとなっている。

 問題は反則金の使途だ。反則金は交通安全対策特別交付金となり、信号機や道路標識、カーブミラーなどの交通安全施設の設置や管理に使われる。そして、これが毎年予算化されているのである。つまり、予算に見合うだけ、反則金収入がなければいけない、取り締まりをしなければいけないというわけだ。

 警察庁ホームページでは、2007年度から2018年度までの交通安全対策特別交付金の予算と決算が公開されている。それらを表にまとめてみた。

交通安全対策特別交付金の推移 予算 決算 歳入 歳出 歳入 歳出 2007年度 91,437 85,235 88,584 82,930 2008年度 81,600 75,497 80,265 74,277 2009年度 85,068 79,086 79,876 74,360 2010年度 82,353 76,445 75,878 71,165 2011年度 79,629 73,979 74,562 69,390 2012年度 77,447 72,138 73,388 68,346 2013年度 76,535 71,265 69,957 65,268 2014年度 75,116 65,035 66,897 57,510 2015年度 77,434 67,815 70,984 61,397 2016年度 74,197 64,782 67,325 58,423 2017年度 71,819 62,619 63,775 55,727 2018年度 69,714 60,658 58,877 51,402 (単位:百万円)
 2007年度は、歳入が予算で914億円、決算で885億円、歳出が予算で852億円、決算で829億円。以降、歳入も歳出も減少していくが、予算と決算がおおむね見合っていることがわかる。

 これだけ数字を合わせられるのは、交通違反取り締まりにノルマが課せられているからだ。警察内部では、「目標管理」と呼ばれている。交通違反の裁判で証人の警察官が「目標管理はあります」と証言するケースも散見される。

より楽な「待ち伏せ型」の取り締まりへ

 交通違反取り締まりにノルマが課せられている以上、ネズミ捕りのような「待ち伏せ型」が主流になるのは当然だ。パトカーや白バイで巡回し、危険な運転、迷惑な運転をしているドライバーを取り締まっていたのでは、とうていノルマを達成することはできない。ましてやドライバーが違反しないよう、あらかじめ注意を呼びかけるなど論外である。

『交通安全白書 令和元年版』で、2018年の交通違反取り締まりの件数を見てみよう。全体の件数は598万5802件。取り締まりの件数が多い交通違反は以下のとおりだ。

第1位 一時停止違反 129万3673件
第2位 最高速度違反 123万7730件
第3位 携帯電話使用等違反 84万2199件
第4位 信号無視 68万1645件
第5位 通行禁止違反 68万1389件

 第1位から第5位までで、合計473万6636件、全体の約80%を占める。一時停止違反なら踏み切りや「止まれ」の道路標識等がある場所で、携帯電話使用等違反や信号無視なら交差点で、通行禁止違反なら一方通行の道路で、警察官が待ち伏せしているのが想像できる。

 2017年まで、取り締まりの件数は、ネズミ捕りが多用される最高速度違反が不動の第1位だった。2018年、その座を一時停止違反へ明け渡したわけだが、これは、より楽な「待ち伏せ型」の取り締まり、より楽な反則金収入の確保へシフトしていると言える。警察も「働き方改革」と無縁ではない。

 この動きが顕著に見られたのが、携帯電話使用等違反の罰則強化だ。警察は記者クラブメディア(新聞やテレビなど)を利用し、「『ながらスマホ』による交通事故が増加している」と喧伝して、2019年12月、反則金を一気に3倍(普通車の場合。6000円から1万8000円)へ引き上げた。

 スマホの台数が増加しているのだから、「ながらスマホ」による交通事故が増加するのも当然だ。警察は、1999年に携帯電話の使用とカーナビの注視を交通違反とし、反則金の対象とするときも、事前に記者クラブメディアを利用し、「携帯電話とカーナビによる交通事故が増加している」と喧伝した。

信号機や道路標識の業者の談合は当たり前

 交通安全対策特別交付金は警察の利権だ。信号機や道路標識などの関係の業者へ多数の警察官が天下っている。

 内閣が公表している2019年1月から9月までの国家公務員の再就職状況によれば、警察庁キャリアに限っても、兵庫県警本部長や警察庁長官官房審議官などを務めた塩川実喜夫氏が、山形日信電子、日信電設、日本信号の3社の監査役に就任している。

 多数の元警察官を養うため、不要な信号機や道路標識などが設置され、それらの価格は官製談合(役所ぐるみの談合)でつり上げられる。「交通安全対策」とは名ばかりの交付金なのだ。

 2002年、筆者は警視庁ぐるみの信号機談合を週刊誌でスクープした。信号機関係の大手業者の元社長は以下のように証言している。

「我々の業界では、談合は当たり前です。それがどこで行われているか知っていますか。警視庁交通管制課の部屋なんです。談合の調整がつかないと、警察官の『天の声』でまとまります。交通管制課には各社専用のポストが並んでいて、『○○の工事を××円で発注する』という警察官からの指示書が入っていることもありました」

 東京都情報公開条例により、信号機設置工事に関する入札経過調書407件を入手して分析すると、落札金額を予定価格で割った「落札率」は平均97.2%。102件は、落札率が99%以上だった。警視庁が予定価格を漏洩し、業者が談合していることがうかがえた。

 筆者のスクープの直後、公正取引委員会は、日本信号を含む信号機設置業者約20社に立ち入り検査を行った。ちなみに、前年、公正取引委員会は、警視庁の道路標識設置工事でも談合が行われたとして、約30社に立ち入り検査を行っている。

 2003年、公正取引委員会は、警視庁の信号機設置工事のほとんどで談合が行われていたと認定した。日本信号などは公共工事の入札で指名停止となった。

 その後も信号機や道路標識に関する談合はいくつも報道されている。しかし、本来、談合を取り締まるべき警察が関係する談合なので、根絶は不可能だ。

 半世紀以上も続けられてきた羊頭狗肉の交通安全対策特別交付金制度は直ちに廃止しなければならない。それでこそ、国民もドライバーも納得できる交通安全対策、交通違反取り締まりが可能となる。

著者プロフィール

寺澤有(てらさわ ゆう)
1967年2月9日、東京生まれ。大学在学中の1989年からジャーナリストとして、警察や検察、裁判所、弁護士会、会計検査院、防衛省、記者クラブ、大企業などの聖域となりがちな組織の腐敗を追及しはじめる。2014年、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」から「100人の報道のヒーロー」として表彰された。