※この記事は2019年12月30日にBLOGOSで公開されたものです

 NBA・ワシントン・ウィザーズの八村塁のことを最近「すごい!」という報道が増えてきましたが、それに対して「あのな、報道陣のお前らさ、お前らが表現するレベルよりももっとすごいんだぞ」と私の知り合いのA氏がSNSで書いていました。報道陣は「分かってるけど、一般国民の目線に合わせているんだよ!」と言いたくなることでしょうが、NBAに詳しい人からすると「ちーがーうだーろー!」と豊田真由子氏のように言いたくなるようです。

次元が違う八村塁選手の凄さ

 さて、2019年もまもなく終わりますが、今年もっとも「あっぱれ!」を入れたいのは八村選手です。まずはA氏が書いたことを紹介します。
皆さん、八村選手のニュースが連日さらっと流れてると思いますが、本当に凄い事で… 凄すぎてよくわからないっていうw

 そのうえで、八村がレブロン・ジェームズやカワイ・レナードと対峙したことに言及し、そんな怪物のような選手たちと渡り合っていることを紹介。レナードについては「年々進化してジョーダンと比べられはじめてます」と表現し、こう締めました。
八村選手に関しては「負けた」「一桁得点」「ダンク決めた」とかどうでもいいニュースが多いけど、もうそんなもんじゃないすw マジにリーグ代表する選手になりそうですよ

 まさにA氏が言う通りなんですよ。私自身、NBAのすごさというものはよく分かっております。というのも、1987年10月から1992年7月までアメリカに住んでいて、地元のシカゴ・ブルズを応援していましたが、ヘタすりゃ1日に3~4試合観ることなんかもあったほど。

 とにかく数字を覚えるのが昔から大好きだったため、「Stats」という選手の成績を毎日のように見ては至福の時間を過ごしました。だから、殿堂入りした当時の選手と現在の選手を比較し、どれだけすごいかが分かります。

 A氏はマイケル・ジョーダンについても言及しておりますが、ジョーダンのいた頃のNBA全体よりも今の方がレベルは上がっているかもしれませんが、あの時代の超優秀選手は今でも通用すると思います。日本のプロ野球の1960年代と現在を比較し、「あの頃の打者はすごかった」とやるのはあまり意味がないかもしれませんが、NBAに関してはその比較は意味があると思います。

 相変わらず「ジョーダンの再来」「ジョーダンを超えられるか」といった議論があるだけに、やっぱりジョーダンはすごかったし、選手の実力を測るうえで、その時代の別の選手も参考になることでしょう。

さて、NBAのすごさですが、競技人口の多さの割に世界最高峰のNBAに入れる人数の少なさがまずは挙げられます。30チームあるMLBは「1軍の40人ロースター」があり、ベンチ入りは25人。32チームあるNFLは53人中45人が試合に出られます。一方、NBAは30チームで、1チームあたり13人です。

 八村はその世界から選ばれし13人に含まれるだけでなく、大学を中退して入ったにもかかわらず開幕戦から25試合連続で先発出場を続けました。12月2日の強豪ロサンゼルス・クリッパーズ戦では30得点9リバウンド、3アシスト、1スチールを挙げました。10日のホーネッツ戦では、18得点、12リバウンドの「ダブルダブル」も達成。12月13日現在のシーズン成績を並べてみましょうか。

得点:14.4
リバウンド:6.0
アシスト1.7
スチール:0.8
ブロック:0.1
FG%:48.1%
FT%:86.3%

 八村は身長6-8ft(203cm)、230lb(104kg)で、ポジションとしてはSF(スモールフォワード)です。やろうと思えばPF(パワーフォワード)もできるかとは思いますが、相手が6-10、245といった場合はけっこうディフェンスで力負けするかもしれません。あくまでも「華麗に点を取り、リバウンドもそこそこ取れ、攻撃の起点にもなれるオールラウンダー」タイプです。

 上記の数字だけ見ると普通のチームや弱小チームであれば「チームで3~4番手の欠かせない戦力」的です。強豪チームであれば、「6th man」(No.1控え選手)候補になり得ます。この数字を毎年コンスタントに挙げられるのであれば、15年ほどはどこのチームからもオファーはあることでしょう。ただし、これはあくまでも「1年目」の数字です。気は早いですが、果たして八村が今後ピークの年はどこまで行くか、予想してみます。

 あ、この数字を日本のプロ野球の打者にあてはめたらこんな感じです。ポジションはショートで、走攻守揃った中距離打者、といったところでしょうか。全143試合中130試合に出場し、先発は120試合、完全にチームの大黒柱というわけではないけど、6番か7番は十分任せられる。

458打数129安打 打率.281 14本塁打 58打点 12盗塁

 1年目にしては十分な活躍で、今年の新人王レースでは2位か3位で、将来的にはチームの主軸として1番打者か5番打者を任せられる――。そんなタイプの数字です。1年目の年俸は1500万円でシーズンオフの契約更改では3000~4000万円ぐらいは狙えるかな、ウヒヒ、みたいな感じです。

殿堂入りプレイヤー Scottie Pippenとの比較

 八村がどのくらいのレベルの選手となるか、その際の基準となるかな、と私が思うのが、シカゴ・ブルズなどで活躍し、殿堂入りしているScottie Pippenです。日本では「スコッティ・ピッペン」と表記しますが、なんとなく「スカーリー・ピペン」の方が近い気がするので彼についてはアルファベット表記とします。

 後にジョーダンに次ぐエースとしてブルズの6度の優勝に大貢献するPippenは、オールラウンダーとして知られていますが、卓越したディフェンス力でも知られます。1991年、デビュー4年目にブルズの初優勝を経験し、この年はAll Defensive 2nd Teamに選出されました。同賞は、5つのポジションでディフェンス力に優れた5人を選ぶ賞で、「1st Team」と「2nd Team」があります。つまり、そのポジションにおいてリーグNo.1とNo.2のディフェンス力を誇る選手を称える賞です。

Pippenは1992年から1999年まで8年連続1st Teamに選ばれ、2000年、34歳の時に2nd Teamに選ばれました。引退は2004年。1992年の「ドリームチーム」と呼ばれたバルセロナ五輪の米国代表にも選ばれました。他に選ばれたのがマイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、ラリー・バードの当時の「BIG3」らがいただけに、その実力のほどが分かることでしょう。

 結果的にPippenは総合力に加え、ディフェンス力も合わせて史上最高クラスのスモールフォワードの称号を獲得しました。八村のディフェンス力が果たしてPippenほどのものに到達するかは分かりませんが、ディフェンスを除いた数字を見るともしかしたら「Pippenの再来!?」……と思わせるのです。「Pippenの再来」をこれまた日本のプロ野球に重ねた場合は、以下の4人が当てはまるのではないでしょうか。

小笠原道大
内川聖一
前田智徳
有藤通世

 さすがに王貞治、長嶋茂雄、イチロー、松井秀喜、張本勲レベルではないものの、そこに近いような存在。それが「Pippen級」のイメージです。

八村の成績は2年目のPippenに匹敵する

 話は八村に戻りますが、まず、身長と体重は八村の6-8、230と比較し、Pippenは6-8、228。4年間大学に通ったPippenはルーキーの年齢ですでに八村よりもアドバンテージはありましたが、初年度は先発ゼロ、7.9点、3.8リバウンド、2.1アシスト、1.2スチール、0.7ブロック(以下の並びは同じ)でした。

 2年目は73試合中56試合に先発し、14.4、6.1、3.5、1.9、0.8です。3年目から完全に先発に固定され、16.5、6.7、5.4、2.6、1.2。ついに優勝した4年目の1991年は17.8、7.3、6.2、2.4、1.1。もっとも活躍した年はジョーダンが一度引退した1994年シーズンで、この年は22.0、8.7、5.6、2.9、0.8となっています。

通算は16.1点、6.4リバウンド、5.2アシスト、2.0スチール、0.8ブロックでFG%は.473、FT%は.704です。Bleacher reportというサイトには「NBA All-Time Player Rankings: Top 10 Small Forwards」があり、1位レブロン・ジェームズ、2位ラリー・バード、3位ケビン・デュラント、4位ジュリアス・アービング(Dr.J)、5位エルジン・べイラーに続き、6位にPippenが入っています。以下、同サイトのPippen紹介文を訳してみます。

「Scottie Pippenは恐らく『ポイントフォワード』におけるイノベーターだ」。そう語るのは、ESPNの『The Jump』という番組に出演したデニス・ロッドマンだ。

「オレはマジック・ジョンソン、ラリー・バード、クライド・ドレクスラー、全員を愛してるぜ。でもな、オレは世界の皆に知ってもらいたいのは、この男だぜ。スムースで、他の3人は6-9か6-10あるが、Scottieはそうではない。皆、彼に深くお辞儀を! なぜ、彼を知ってもらいたいかといえば、彼はNBAにおける『ポイントフォワード』のあり様を革命的に変えたからだ」

 Pippenの元チームメイト(ロッドマンのこと)は間違っていない。Pippenが引退した2004年までで、彼は6-8以上ある選手で通算成績15点以上、5リバウンド、5アシスト以上を記録した4人のうちの1人。他はグラント・ヒル、マジック、バードだけ。最終的にヒルはアシストで5を下回ったが……(4.1)。

 この文章自体は、ロッドマンの発言が「Pippenは6-9より小さいのにすごい」という文脈であるにもかかわらず、次に紹介するデータが「6-8もあるのにアシストができる」という文脈に切り替わっています。そこが若干意味不明ではあるものの、とにかくロッドマンの発言を紹介したうえで、書き手本人の分析両方を合わせてPippenは「すごい!」ということは伝わってくるでしょう。ちなみにロッドマンの発言についてですが、ドレクスラーの身長は6-7だったのでは……。

 八村もいずれその域に達するかもしれない、と現在のプレーを見る限り思えてしまうのです。私はPippenのルーキーの年も見ていましたが、とにかく精神的に弱い選手でした。華麗なプレーは将来のスター性を感じさせたものの、我の強いジョーダンの陰に隠れてひ弱に見えたのです。

 それと比べると、ルーキーながら八村はあまりにも堂々としていますね。そして、現在の成績はPippenの2年目に匹敵するものです。

Pippen2年目:14.4点、6.1リバウンド、3.5アシスト、1.9スチール、0.8ブロック
八村1年目:14.4点、6.0リバウンド、1.7アシスト、0.8スチール、0.1ブロック

 Pippenのスチール数は後の「Defensive 1st Team」に8年連続で選出されるディフェンス力開花の萌芽を感じられるものですが、それ以外の数字について八村は遜色ありません。となると、果たして八村はどこまでいくか。希望的観測も含めますが、26歳ぐらいの時、もう一人の大黒柱がいるようなチームのNo.2となったら以下のような数字は達成できるのでは。

22.8点、7.1リバウンド、4.5アシスト、1.7スチール、0.8ブロック FG% .509

 2004年、田臥勇太が日本人初のNBAデビューを果たしました。彼の高校時代は「無双」状態でした。バスケファンの期待を背負って海を渡った田臥ではありましたが、フェニックス・サンズでは残念ながら4試合の出場にとどまり、平均プレー時間は4.3分、1.8得点に終わりました。

「あの田臥でさえ……」とNBAのレベルの高さに仰天した身からすると、あのNBAでここまでの成績を出せるような八村はとにかくすごい! だからこそ、冒頭でA氏が書いたように「『負けた』『一桁得点』『ダンク決めた』とかどうでもいいニュース」という分析がグッと重みを増しているのです。

 八村については、将来的には「NBA All Third Teamに入った」「レイカーズが八村獲得のために主力の〇〇選手+ドラフト1巡指名を差し出す準備がある」「MVPの投票で『3位』に7票入った」「〇〇(チーム名)悲願の初優勝の最後のパズルのピースはスモールフォワードのルイ・ハチムラだった」みたいな報道を期待したいものです。ホント、「ダンク決めた」なんかで驚いている場合じゃないんですよ。

というわけで、今年の日本のアスリートについては「ONE TEAM」で流行語大賞を取ったラグビー代表も相当なものですが、NBAという超絶夢の舞台にて一人で奮闘する八村塁選手に2019年の「あっぱれ!」を僭越ながら入れさせていただきたく思います。