ブレイディみかこ氏に聞く日本のダイバーシティ推進に必要なこと「多様性を理解するには地雷を踏んで学ぶしかない」 - 石川奈津美
※この記事は2019年12月27日にBLOGOSで公開されたものです
日本に住む外国人の数は266万7199人(2019年総務省人口動態)と過去最高を更新しました。特に近年は外国人労働者が急増。ここ数年で「居酒屋やコンビニなどで外国人スタッフが働く姿を見かけることが増えたな」と感じる人も多いかもしれません。日本でもこれから更に、異なる宗教や人種のルーツを持つ人々との共生が進んでいきます。そんな中、移民受け入れに長い歴史を持つイギリスから私たちが学べることはあるのでしょうか?
イングランド南部にある海辺の街ブライトン在住で、人種差別や貧富の差に直面しながら成長していく一人息子を描いた話題書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)の著者・ブレイディみかこさんに話を聞きました。
あらすじ
地域で学校ランキング第1位の公立小学校で生徒会長をしていた優等生の「息子」。この学校のほとんどは、やはりランキング1位の公立高校に進むが、彼が選んだ進学先はいっぷう変わった「元・底辺校」だった。
生徒の9割は白人の子どもたち。そこには「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれる貧しい子どもたちもいるし、少数ながら移民もいる。思春期真っ只中の息子が、人種差別を受けたり、貧富の差でギスギスしたり、ときにアイデンティティに悩んだりしながら成長していく物語だ。
息子が名門小学校から「元底辺中学校」に進学
――作品の中では、イギリス国内の複雑な学校事情が描かれていますその中でもキリスト教系の学校は「成績ランキングが上位」「素行が良い」ことで知られています。日本人駐在員家庭のお子さんの中には、カトリックの洗礼をわざわざ受けてまで通っている方もいらっしゃるくらいです。
――キリスト教系の学校が高い評判を得るのはなぜなのでしょうか
カトリック校の場合は、アイルランド系の子も多いし、フィリピンやアフリカ諸国などカトリック教徒が多い国の移民の子どもがたくさん進学しますが、勉強熱心な家庭が多いということが理由のひとつにあると思います。移民の方々は「イギリスで成功したい」と母国を離れてイギリスに移住してきた人も多いのでわりと向上心が強く、自分たちの子どもの学業に対しても厳しい方が多い。
色んな国から来た子どもたちが通うので、結果として人種の多様性もあります。それに、ふつうの公立校と比べて、カトリック校は厳しいというのもよく言われることですよね。息子が通ったカトリックの小学校は、確かに他の公立校より宿題もはるかに多かった。
――しかし、息子さんは友人の多くが進学する中学校は選ばず、自宅近くの「元底辺中学校」に進学します
息子が進学先に選んだ中学校は私達が住んでいる元公営住宅地、いわゆる貧困層が多い地域にある地元の公立校です。いまはミドルクラスの人たちが元公営住宅を買って引っ越してくるので、住民の階層もだんだん混ざってきていますが。
でも、「こうした学校にはいわゆるチャヴと呼ばれる白人労働者階級の子どもが通い、人種差別がひどい」という噂が広まっているため、移民家庭からは避けられる傾向にあります。実際に息子の中学校も9割が白人です。
ロンドンのような移民の数が50%を超えているような都会ではまた別の話ですが、地方の町では、人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校、そして貧困地域の公立校は見渡す限り白人英国人だらけという「多様性の格差」と呼ぶしかないような状況も生まれているのです。
生活の不満が隣人の移民に向かう
――多様性というキーワードは今、日本でも注目を集めています。20年以上イギリスに住み変化は感じていますかイギリスはリベラルというイメージを持つ方も多いかもしれませんが、この国もずっと右肩上がりに来たわけではなく、長い歴史の中で激しい人種差別もあり「3歩進んで2歩下がる」といったような前進と後退を繰り返しながら進んできています。今回のEU離脱問題もその過程のひとつだと思います。
近年は、イギリス国内で一番ひどい差別を受けていのは黒人やインド人といったいわゆる有色人種の移民というより、むしろポーランド人のようなEU圏内の東欧国からの移民だという記事なんかも出ていましたし。
――白人が多数派を占めている国ですね
彼らはEU加盟国なので自由にイギリスに来て働くことができます。建設業やトラックの運転手、配送業といった肉体労働に従事している方も多く、本当に安い賃金でも熱心に働くんです。
イギリスで短期間集中してたくさんお金を稼いで、貯金が貯まったら母国に帰る方もいらっしゃるし、そうなると彼らと同じ仕事をしている英国人から不満が出ます。彼らは労働組合に加入しないじゃないかと。
イギリス人労働者にとっては「急に国に入ってきた人々に仕事を奪われる」とか「彼らは組合に入って一緒に雇用主と闘ってもくれない」という感覚になるみたいです。特に労働組合が強かった時代を知っている年代の英国人たちはそんなことをよく言いますね。
――自分たちの生活が苦しくなるのは彼らのせいだと
ただ、「生活が苦しくなった」というのは、彼らのせいではなく2010年に保守党が政権を取ったときに行った緊縮財政が大きな要因なんです。それは、「地べた」から様々な歪みを生み出していきました。
――実際にどのようなことが起きたのでしょうか
福祉、医療、教育など様々な分野で財政支出が大幅に削減されましたが、たとえば教育面では教員の数が減り、1クラスの人数が増えたりした地域もある。自宅近くの学校が定員を超えた場合はバスで30分離れた学校に子どもを送り迎えしないといけなくなる家庭が出てきたりします。
そんな中で、2軒先の移民家庭が自宅近くの学校に通えている様子を見ると、「うちはバスに乗っていかないと行けないのにずるい」という不満が出てくるわけです。
――不満の矛先が国の財政カットではなく隣人の移民に向かうと
医療面でも同様です。イギリスには「NHS」という無料の医療制度がありましたがそれも財政支出削減でサービスの質が劣化しました。
医師の数が減り、診察の待ち時間も長くなる中で、移民の人々が先に治療を受けてるのを見ると「自分は昔からこの国でNHSの保険料を払ってきているのに、なんで国に入って来たばかりの移民が自分よりも先に治療を受けてるんだ」というような微妙な感情が湧き上がるようになるんですよね。
こうした暗い感情のくすぶりがEU離脱問題につながっていった部分はあると思います。
――日本も今後、外国から労働者をより多く受け入れる政策に舵を切っていきます
同じような歪みが日本でも噴出する可能性は大いにあると思います。たとえば公園。日本の公園にある遊具は1950~60年代に作られたものが多く、老朽化して危険なので然るべき措置を講じるよう国土交通省から通知が出ているという新聞記事を読みました。
ただ、自治体の多くは財政難なので、新たな遊具を設置せず使用禁止にしてそのまま放置しているところも多いのが現状のようです。
これは物のたとえですけど、こうして遊具がどんどん減っていって公園の質が劣化していくと、外国人の子どもたちが遊具を使っているのを見て「移民が増えて自分の子どもが遊べなくなった」と考える人が出てくるかもしれないですよね。問題は公園整備に、つまり子どもたちのために政治がお金が使っていないことなのに。
だからこそ、これから社会で多様性を受け入れるときは政府がしっかりと財政支出を行い、公共サービスが劣化しないようにしないといけません。そうしないと日本でも必ず「地べた」から暗い歪みは出てくることになると思います。
「地雷」を踏んで覚えていくしかない
――日本でもコンビニで働く外国人スタッフをよく見かけるようになりました実はイギリスに住んでからはあまり日本に帰る機会がなかったのですが、4年ほど前に本の取材で東京に滞在したとき、近所のお弁当屋さんで外国人スタッフに「すき焼き弁当に卵をお付けしますか」と流暢な日本語でたずねられ、びっくりしました。「日本もここまで来たのか」と。イギリスと同じだと思ったんです。
イギリスでも、カフェなどのスタッフは移民が多いので店に入ると外国語なまりの英語で話しかけられますし、ホテルのレセプションも同様です。「日本で多様性はまだ先の話」といわれることもありますが、既にそうなっているなと感じました。
――多様性を理解するために日本ができることはあるのでしょうか
一人ひとりが身につけていくしかないですし、経験する中から学んでいくしかないですね。
例えば最近見たニュースの中で印象的なものがありました。共同通信がぶち上げた「ノーベル賞は外国人へ」という第一報です。
ノーベル文学賞は外国人に「どこの国の賞やねん、ノーベル賞」と見出しを見たとき思いました(笑)。日本人とそれ以外という意識しかないのかと。いくら第一報だとしても、こうした記事を共同通信のような報道機関が伝えているということは、日本における今の多様性の水準を示していると思いました。でもこの報道を受けネット上でも炎上して様々な声が寄せられ、報道機関も考えることになったのではないでしょうか。
【ストックホルム共同】スウェーデン・アカデミーが10日発表した2018年、19年のノーベル文学賞受賞者は、いずれも日本人ではなかった。(共同通信2010年10月11日20:03配信)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191010-00000190-kyodonews-cul
――炎上して初めて気づくということもあるかもしれません
頭ではわかっていても地雷は踏むので踏みながら学んでいくしかありません。それは、一般の私たちの生活でも同じことですよね。「踏みながら学んでいけばいい」というぐらいの気持ちで進んでいけばいいと思います。
多様性を理解するためには、本やネットで記事を読んだからすぐできるようになることではなく、時間をかけて取り組んでいく必要があります。
「日本人は外国の失敗を見てきたから、そこから学んでうまくやれるはずだ」という人もいると思いますが、自分たちが実際に経験するようになったら、似たような道をたどると思うんですよね。人間ってそこまで賢くないと思うので。
できることは、失敗をしても過度に気にしすぎないこと、そして他人の失敗に対してもすぐに飛びついて大音量で批判し、いたずらにポリコレ嫌いを増やすのではなく、おおらかな気持ちで進んでいくしかないんじゃないでしょうか。そうすれば、少しずつ変わっていく。何ごとも、一朝一夕にドラマチックに変わるわけはありませんから。
ブレイディみかこ
保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務した後、英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は「Yahoo!ニュース 本屋大賞2019 ノンフィクション本大賞」を受賞。