※この記事は2019年12月25日にBLOGOSで公開されたものです


世界中を熱狂させるサッカーの舞台裏を解き明かしていく森雅史氏による連載「インサイド・フットボール」。第3回は、2010年にはワールドカップ出場も果たした、サッカー北朝鮮代表の秘密に迫ります。

2019年1月のアジアカップでは3敗で姿を消した朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)だったが、ワールドカップ2次予選では躍進をみせている。現状はグループ4位ながらもトップのトルクメニスタンとは勝点差1、勝点8は韓国と並ぶ。

2019年はFWハン・グァンソンが20歳でイタリア・U-23ユベントス入りを果たした。躍進する北朝鮮サッカー界では何が起きているのか。朝鮮民主主義人民共和国サッカー協会外交担当副書記長として、東アジア地域の各協会との外交を担当している李康弘(リ・ガンホン)氏に話を聞いた。

代表監督交代後の苦戦 北朝鮮サッカーの現在

2019年1月のアジアカップではレバノンに1-4で敗れていました。そのレバノンと2019年9月に戦った、2022年カタールワールドカップ・アジア2次予選、初戦のホームゲームが大きかったと思います。平壌で開催されたゲームでしたから選手たちは一層まとまっていて、それが当たりました。

試合内容で言うと五分五分でした。私は現役のとき「運がよかった」「運が悪かった」とは言いませんでしたが、実際にはうまくいっていても負けるときは負けます。この日は逆に我々にツキがありました。

ワールドクラスのシュートが2回決まりましたし、相手のPKもストップすることが出来ました。正直に言うと「引き分けでも上出来」と思っていたのですが、それ以上の結果を出すことが出来たのです。

アジアカップのグループリーグ敗退からは回復してきたと思います。大会で不調だった原因としては、まず2018年の監督交代があるでしょう。2016年から代表監督を務めていたヨルン・アンデルセン監督が2018年に退任し、金永峻監督が就任してチームのスタイルを変えるにあたり、まだ新監督の考えが浸透していなかったのです。

その混乱が残る2018年11月に2019年E-1選手権(東アジアサッカー選手権)の予選が開催され、香港に得失点差で負けて本大会出場を逃すという失態をさらしてしまいました。敗退の影響を引きずってしまってコンディションを上げられなかった中で迎えたのがアジアカップでしたね。2人のFWの調子も悪かったのですが、それを補えなかったというのは層が薄いとも言えるでしょう。

アジアカップでは警告や退場も多くなってしまいました。我々は本来反則が多いチームではないと思います。小さいころから汚いプレーをするなと教え込まれるからです。ですが当時はチーム状態が悪かったため、ファウルが多くなってしまったのだと思います。

コンディションが悪くて相手に付いていけませんでしたね。一歩遅れ、二歩遅れてチャージするのでファウルになってしまっていました。我々の分析官もそういう見解でした。そして反則の多さが結果にも繋がってしまいました。

ケガをしても「英雄」? 韓国との試合がエキサイトするワケ

そこでアジアカップ後に何人かのメンバーを入れ替えてワールドカップ予選に臨むことになりました。また予選には3人のヨーロッパ組、FWハン・グァンソン(U-23ユベントス・イタリア)、FWパク・クァンリョン(ザンクトペルテン・オーストリア)、MFチョン・イルグァン(FCルツェルン・スイス)、Jリーグの李栄直(リ・ヨンジ/東京V)も呼んでいて、非常にいい影響を与えてくれています。

10月のホーム平壌で開催された韓国戦にも0-0で引き分けました。チャンスもありましたが、6:4かそれ以上でゲームを支配されたと思います。ただ韓国は朝鮮のハードタックルを警戒していたと思いますね。ケガを怖れて腰が引けてました。

我々はケガしても、それで「英雄」ですから。そういうプレーで何回か揉めました。また、お互いの言葉が通じるというのもエキサイトした原因でしたね。多少の方言はあっても何を言っているのかわかりますから。

日本は我々から言うと「外国」ですから、日本との関係は外交問題で考えられます。でも南北は外国ではないから、もっとプライドが絡んでくるのです。

その韓国戦は無観客試合になりましたが、今は非常に微妙な関係ですから、無用なトラブルを避けたという感じです。韓国の選手は無観客という状況に戸惑ったと思います。お互いの声とホイッスルがこだまする中でプレーするというのはめったにない経験だったでしょう。我々には無観客試合の経験があるのですが、勝つため無観客試合にしたというわけではありません。

元々我々は現在のレベルではあると思います。ただ我々は強くないとも思っています。レベルとしてはアジア2次予選を突破出来るかどうか、何とか最終予選に進みたいという実力でしょう。

44年ぶりのW杯出場後にあった体制変更

今もここから最終予選に進出出来るかどうかギリギリのところですね。ただ、2010年南アフリカワールドカップの予選もこういう感じでした。最終戦の微妙な判定にも助けられて1966年以来のワールドカップ出場を果たすことが出来ました。

その2010年ワールドカップのあとに、国内でサッカーの体制が大きく変わりました。それまでは体育省の中の一部門にスポーツ課があって、その下にサッカー協会があったのですが、それが変更されました。

スポーツ課は今でも国体などを担当しています。ですが、すべてのカテゴリーの代表チームに関しては、サッカー協会に大きな権限を持たせてもらえるようになったのです。独自に判断出来る範囲が広くなったので、いろいろな大会に参加する決定などがスピーディーに出来るようになりました。

特にアジアサッカー連盟は募集から締め切りまでの期間の短いことが多く、それまではエントリー出来ないことが何度もあったのです。そういう部分では改善が進みました。

また、2013年には平壌に「国際サッカー学校」を創設して、全国の若い選手を見て回って優れた選手を集め、毎年発掘した選手をチームに加えつつ伸びていない選手を外すという強化を行ってきました。

この1期生がハン・グァンソンです。その結果、2014年にU-16アジア選手権で優勝し、2015年U-17ワールドカップに出場するとベスト16まで進出しました。また、2016年アジア選手権では日本と同じ3位でした。ハン・グァンソンは18歳になって半年もせずカリアリ(イタリア)に加入して、そのまま世界のサッカーを経験出来たのです。

ただ、現在の強化策がすべて素晴らしいと楽観的ばかりには見られないと思います。我々の方針は間違ってないでしょう。ですが国際サッカー学校で15歳まで育って、いい選手にはなるのですが、そこからクラブに入ると伸びが鈍化するのです。

社会制度の影響で「真面目」なプレーヤーが揃う

ユース世代で結果を出した選手たちが、我々の思うほど伸びているかというと、そうではありません。ハン・グァンソンと一緒にプレーしていた選手たちは国内の強豪チーム「4.25」に所属してプレーしていますが、次第に特長が感じられなくなる部分もあります。

我々には「クソ真面目」なプレーヤーが揃っています。たとえば勝っている場面でも、交代の場面では全力で走ってくる。時間を稼げばいいのにと思われるかもしれませんが、そういう教えは受けていません。

もっと「やられたらやり返す」という気持ちもあっていい。ただ、社会制度自体がスポーツ選手に規律と道徳を求めてきます。だから理不尽なことにも我慢してしまうことが多いのです。私も歯がゆいところがありますよ(笑)。

そういう部分を「経験不足」と言われることもあります。私はそう思いませんが、ただ「勝負弱さ」につながっている気もします。そしてここからレベルをもう1つあげるためには選手の底上げ、国内のレベル向上が必要でしょう。それがなければ、ユースの後の伸びが期待出来ません。

課題は国際試合の少なさ?北朝鮮代表の悩み

最近、東南アジア、南アジアが急成長していて、アジアカップでも活躍しています。だから東アジア全体の底上げを考えるなら、日本、韓国だけではなく周りの国のレベルも上げなければならないでしょう。

我々のアドバンテージの1つは、長い期間選手を招集出来ることです。協会が一声かければ、チームは選手を出さなければなりません。そこで選手を強化するために国際試合をもっと組みたいとは思いますが、なかなか出来ないのは残念なところです。

国際試合を組むことで、朝鮮語で「ウギョラン」という、「正しいか間違っているかの判定」が出来ます。自分たちの試行していることが正しいのかどうかわかるのです。学生生活に例えると、私たちはいつも勉強しているのですが、中間テストや期末テストの回数があまり多くありません。それでテストというとそのまま入学試験ということになってしまうのです。

我々が練習量で負けることはありません。ですが、日本が行っているようなトレーニングマッチが朝鮮は絶対的に少ないと思います。そしてチームを修正する前に予選を戦うことになるのです。

アジアカップとワールドカップ2次予選では別のチームに見えるというのは、アジアカップで出た問題点を修正しただけなのです。修正したことでよくなりました。

また、ワールドカップ予選は期間が長く、定期的に海外に出て試合が出来るので、その間に修正を加えられます。普段このようなテストマッチはなかなか組めません。アジアカップの予選は自分と同等以下のチームと試合をしますから強化にはならないのです。ですからワールドカップ予選の間はチーム力が伸びます。

平壌での日本戦開催を後押しした金正日氏の言葉

一方で我々は、「リーグ戦を突破さえすればいい」という戦い方があまり得意ではありません。つい「この相手には絶対に勝ちたい」と感情が先走ってバランスを崩してしまうことがあるのです。今後はそこを冷静に戦わなければならないと思っています。

2010年ワールドカップのときは、監督が元スイーパーでしたから「点を取れなくても、点を取られなければ負けることがない」という考えの下、守備を徹底しました。面白くないサッカーだったかもしれません。

でも国を背負って戦っているのですから、面白さなんて必要ないのです。まず最低限負けない。その次に勝つ。さらにその次にたくさんの得点場面がある、という優先順位です。ショービジネスの試合と代表の戦いの重みは違います。

2011年11月にワールドカップ予選の日本戦が平壌で開催されました。我々からすると、会場となった金日成競技場で「君が代」が流れるなんて本来はあり得ないのです。ですがFIFAのスタジアム使用許可は金日成競技場にしか出ませんでした。

すると、お亡くなりになった金正日最高指導者が「結果は終わって出るものだから勇気を持ってやりなさい」と一言おっしゃった。それで試合が開催出来たのです。

そんな重要な試合でしたから我々は試合の3日前から応援の練習をしていました。U-19の選手が朝鮮のユニフォームとブルーのユニフォームに分かれて試合をして、それでどう応援するかトレーニングしたのです。そこまでやって準備した応援に選手たちも奮い立って、日本に1-0で勝ってくれたのだと思います。

「最終予選は日本と同じ組になりたい」

来年2020年6月のワールドカップ2次予選、アウェイの韓国戦までに韓国は最終予選進出を決めているでしょう。だからその韓国戦は、試合を支配することは出来ないと思いますが、勝機はあると思います。その次は2次予選の最終戦、ホームのトルクメニスタン戦です。その試合に勝ったほうが最終予選に進むでしょうね。

アウェイのトルクメニスタン戦には負けてしまいましたから、これからトルクメニスタンとレバノンが激しい戦いをして(笑)、最後のホームゲームのトルクメニスタン戦で勝利を収めれば得失点差の争いになり、最終予選に進めるのではないかと思っています。

「朝鮮の強さの秘密を探る」というテーマのはずでしたが、私はいつも反省することが多いのです。でもこうやって反省を繰り返すことで、早期にもう一度ワールドカップに出場する、少なくとも最終予選に進出するという目標を叶えたいのですよ。最終予選に行くと何が起きるかわからないですからね。

代表の強化のためにはハン・グァンソンのような選手がもっと出てくる必要があるでしょう。強化試合ももっと組んでいきたいと思っています。それでも計画的な年代別の指導は次第に実を結んでいるのは確かです。成果もハッキリ出てきました。ワールドカップ予選は1試合こなすごとに強くなると思っています。そこは信じてやっています。

来年の東京五輪も楽しみにしています。U-23朝鮮代表もなかなかいいチームに仕上がってきました。朝鮮大学校のチームと対戦し5-0で勝ちましたからね。そして2022年カタールワールドカップへの出場に向けて邁進したいと思います。

最終予選では日本と韓国は別の組になるでしょう。そうしたら我々は、日韓どちらかと同じ組になります。2次予選では韓国とやっているので、最終予選は日本と同じ組になりたいですね。