楽天モバイルの頓挫と菅官房長官への逆風で、「携帯値下げ」は大山鳴動して鼠一匹か - 大関暁夫
※この記事は2019年12月25日にBLOGOSで公開されたものです
楽天モバイル参入は菅官房長官にとってもチャンスだった
携帯電話料金値下げのニュースを、とんと耳にしなくなって久しい気がします。若干疑心暗鬼ながらも、世間が「携帯電話料金が本当に安くなるの?」と大騒ぎし始めたのは2018年夏のこと。スタートは政界からの一言でした。
菅義偉官房長官から唐突に飛び出した「携帯電話料金は4割程度下げる余地がある」発言。まずドコモが重い腰を上げ、今年19年の秋に携帯キャリア3社が揃って「料金4割値下げ」を実現するハズでした。
菅氏がなぜ2018年にこの問題を取り上げたのか。ここには政治的な戦略が大きく関わっています。菅官房長官の発言のきっかけを作ったのは、今秋第4の携帯キャリアとして新規参入を予定していた楽天モバイルが示した携帯通信料金案だった。
なかでも「大容量通信でも3000円台」という部分に、既存3キャリアの実質談合で高止まり状態が解消されない携帯電話利用料金を、一気に瓦解させる千載一遇のチャンスが到来した。同時にこのチャンスは、菅氏にとってもまたとないものだと思われます。
「携帯電話料金4割値下げ」宣言こそイメージアップの最善策
菅氏は2012年の第2次安倍内閣の成立から7年にわたって官房長官の座にあり、総理大臣経験者以外では国民に最も「顔が売れた」政治家であると言っていいでしょう。
官房長官は毎日会見を開く内閣のスポークスマンであり、TVニュースにも頻繁に登場する内閣の顔でもあるわけで、長期にわたってその座にあればあるほど国民的な知名度の向上とともに、将来的な政権の座にも近くなっていくわけです。
現在の安倍晋三首相にしても、元々岸信介元首相を祖父に持つという名門の出ではありますが、国民から大きな支持を得た第3次小泉内閣で官房長官を務めたことで、一気に次期首相の最右翼に駆け上がったのでした。
菅氏の知名度が順調に上昇する中、昨年には天皇陛下の退位に伴う今年5月1日付での新天皇即位と、それをさかのぼる4月1日付での新元号の発表スケジュールの公表がありました。新元号の発表は官房長官にとっては一世一代の檜舞台です。
昭和から平成に年号が変わった際にも時の官房長官小渕恵三氏がこの大役を務め、その後総理大臣にまで上り詰めてもいることから、菅氏にとっては願ってもないさらなる国民的イメージアップのチャンスが巡ってきたと考えるのはごく自然な流れでしょう。
このチャンスをただ年号公表役だけに終わらせてはもったいない。この機会に何か、政策面で政治家菅義偉として国民の味方的印象付けのできる独自施策は打ち出せないものか。
例えば、小泉純一郎元総理の「郵政民営化」のような。そのような考えの下、新規参入前の楽天が示した料金案を見て「携帯電話料金4割値下げ」こそ自身を印象づける最善の政策である、と考えコメントしたと考えるのがごくごく自然な推測ではないかと思えます。
政治が民間企業の事業に「こうしろ」「ああしろ」と口を出すのは、政治の不当介入として一般的にはあまりほめられたことではありません。しかしながら携帯キャリアの無線通信は国の免許業務であり、郵政事業同様政治家が横やりを入れてもなんら問題になるような存在でもない。
何より日本の携帯料金の高さと各社が展開する2年縛りなる契約に、大半の国民が理不尽さを感じているのは間違いありません。小泉純一郎氏が「行政改革=官のスリム化」の象徴としてぶち上げた郵政民営化に匹敵する、国民的支持が得られる政策に違いない、そんな氏の心の内もごく自然に見えてきます。
”利用者一律値下げ方式”の見送りが最大の問題点
「携帯電話料金4割値下げ」の旗印の下、まずは旧電電公社であり“政府の身内”ともいえるNTTドコモを動かします。ドコモが動けば他の2社も動かざるを得ない。
しかも背後には、低料金を売りにした今秋新規参入予定の楽天モバイルという強い味方もいるわけで。菅氏の発言を聞いた私も当時は、次期総理のイス狙いとして周到なシナリオが仕上がったと思ったものです。
ドコモが示した6月スタートの新料金プランは、触れ込みでは「最大4割安くなる」としたもののそれはかなり条件がそろった場合で、中身は相変わらず分かりにくく秋に向けて他社の出方待ち、特に新規参入の楽天モバイル次第、という状況でありました。
これに続いたau、ソフトバンクは、従来からドコモよりも低価格コースを設けていたこともあり、端末・通信料の分離がメインでさらなる様子見プランでお茶を濁しました。
この値下げ案最大の問題点は、利用者一律値下げ方式を見送ったこと。すなわち、希望者が窓口に足を運んで手続きをとる必要があるのです。
光回線などとセットになっていることで自分がどのくらい月々料金が下がるのか分かりにくく、値下げの実感があまりないとの噂も広がって利用者も様子見気分で出足は鈍ります。値下げの本番は、改正電気通信事業法の施行と楽天モバイルがサービスを開始する今秋とのムードが広がりました。
そこに突然降って湧いたのが、楽天モバイルの携帯電話事業の一時頓挫です。その理由は、基地局設置、通信網構築の遅れ。楽天側の携帯通信キャリア事業化に対する見通しの甘さから生じた、あまりにお粗末なトラブルです。
結局、10月のサービス開始を断念。とりあえず来春に延期、との発表がなされました。本格稼働をにらんで10月から5000人限定無料のプレ携帯通信サービスを開始したものの、通信不能等のトラブルが相次いでおり、来春のサービス開始も危ぶまれるような状況にあります。
相次ぐ週刊誌報道で菅官房長官へ逆風
このような楽天モバイルの状況を受け、胸をなでおろしているのは先行する携帯電話キャリア3社でしょう。
様子見で始まった先行3社の携帯通信料見直しは、携帯端末購入費と通信料の分離こそ実現したものの、トータルでの値下げに関しては元々総額が高かったドコモで1~2割の値下げ、auは従来並、ソフトバンクに至っては実質値上げ状況にあり、今秋時点での携帯料金値下げは不発に終わった感が強く漂ってしまったわけです。
そこに吹き込んだのが、携帯料金値下げの急先鋒だった菅官房長官への逆風です。まずは、菅原一秀経済産業相の辞任。秘書給与のピンハネや後援会関係者へのメロンやカニのばらまき疑惑の渦中に、公設秘書が有権者に香典を渡していたことまでが週刊誌で報じられジ・エンド。
菅原氏は、菅官房長官と同郷の秋田出身でかつ高校の後輩。菅グループ『令和の会』を実質切り盛りしている最側近だけに、その痛手ははかりしれません。
直後に、菅氏と衆院同期でかなり密接な間柄で知られる河井克行法務大臣も辞任します。7月の参院選広島選挙区で初当選した妻案里氏の陣営が、ウグイス嬢に法定上限を超える日当を払っていた「運動員買収疑惑」を週刊誌に報じられ、これまたあっけなくジ・エンド。
ともに菅氏の後押しで入閣した新任大臣であり同じ週刊誌が報じたことから、「携帯料金値下げ発言」に加え「令和おじさん」として急激に総理の座に近づいたと警戒したライバル陣営のリークではないか、と言われています。
さらにここに来て、「首相と桜を見る会」疑惑で政府招待客選びの責任者として連日矢面に立たされる状況に、内閣官房としての懐刀的存在である和泉洋人首相補佐官のスキャンダルまで加わり(これまた出処は、同じ週刊誌報道です)、ご本人も「今は携帯料金云々どころではない」というのが偽らざるところではないでしょうか。
「5G利用料金プラン」の登場で”値下げ”は失速か
ではこの先、携帯電話料金見直し議論はどうなるのでしょう。来春、予定通りに楽天モバイルが参入すれば、そこで再度値下げ議論や値下げ競争が起きるのでしょうか。個人的には既に状況は変わってしまっており、望み薄な感じが否めません。
理由のひとつは、楽天モバイルが工事遅延による大幅参入コスト増となった点。さらにヤフー・LINE統合の影響で、対抗上キャンペーン費用等楽天ペイの運営コスト上昇も予想され、グループとしての楽天の収益確保上から、当初ほどの低料金体系にはならない可能性が高いと思われます。
そしてもう一点。来年は4月の商用スタートを皮切りとした5Gサービスが本格稼働し、これに伴い5G利用料金が新規導入され、またまた携帯料金は実質値上がったのか、値下がったのか分かりにくいまま闇に紛れてしまうように思えます。
菅官房長官の政治的一声から始まった「携帯料金値下げ議論」は、楽天の頓挫と肝心の菅氏を巡る環境の変化から、結局今回も「大山鳴動して鼠一匹」で終わりそうな状況にあると思う次第です。