ヤフー&LINEの統合に思う「期待」と「懸念」 - 大関暁夫
※この記事は2019年11月23日にBLOGOSで公開されたものです
「ヤフーとLINEが経営統合へ」という激震レベルの発表がされました。検索サービスヤフーを軸に、多岐にわたるサービスを展開するZホールディングス(以下ZHD)と、約8000万人が利用する対話アプリLINEを中心として、様々なITサービスを仕掛けているLINE。
この両社が統合するとなれば、国内最大のITコミュニケーション・プラットフォームが誕生することになり、国内のIT関連業界に大きな影響を及ぼすとともに、世界で先行する米中のメガプラットフォーマーの対抗軸となり得る存在としても大いに注目されます。
ヤフーとLINEの経営統合は孫氏の「切り札」か
新聞報道によれば、現在検討されている統合スキームは、ソフトバンクとLINEの親会社である韓国企業ネイバーがそれぞれ50%ずつを出資して新会社を設立。その新会社がZHDの筆頭株主になり、その下に100%子会社として、ヤフーとLINEをぶらさげるというものです。
出資は50%ずつだが、ソフトバンクが新会社を連結子会社としてグループ化するといいます。すなわち、見かけ上は対等の企業統合でありながら、実質的にはLINEの業務はソフトバンクの戦略に組み込まれるという理解になります。
そういった観点からみるとこの統合は、ソフトバンクグループの総帥である孫正義氏の大胆なITプラットフォーム戦略を、大きく前進させる切り札が動き出したと言えそうです。
孫氏は、ソフトバンクとしてヤフーを立ち上げた時代(ヤフーの設立は1996年)から、新時代のインフラ構築の主導権を握ることで、自らのビジネスモデルを日本にとどまることなく世界に向けて大きく拡大しようと目論んできました。
ヤフーは、わが国におけるネット黎明期に検索エンジンとして確固たる地位を確立し、その後四半世紀にわたって支配的立場でありながら常にチャレンジングな姿勢でネット業界を牽引してきました。
2000年前後に大々的に仕掛けたヤフーBBによる、ブロードバンド・インターネット接続ルーター無料配布。06年英ボーダーフォンから1.75兆円という莫大な金額での国内携帯電話キャリア事業の買収。13年には、当時米携帯電話3位のスプリント社をこれまた約2兆円という巨額資金での買収。数字の上では世界最大級のモバイル・インターネット企業群を形成しました。
そしてここ2、3年、ヤフーを軸としてまたもや急激な事業拡大が始まっているように受け取れます。アスクル、ジャパンネット銀行の連結子会社化さらには、記憶も新しいアパレルネット通販ZOZOの買収劇。10月には、ZHDとしてSBI証券と提携もしました。この一連の流れと、今回のヤフー・LINEの統合にはどのような関係、どのような狙いがあるのでしょう。
消耗戦が続くキャッシュレス決済で首位に
今回の統合に関する孫氏の関心は、スマホビジネスに出遅れたソフトバンクの挽回策として、まず何より欲しいであろう対話アプリLINE約8000万人の利用者を抱えるスマホアプリ・ビジネスです。
さらに目先ではLINEが手がけるLINEペイとその周辺に連なる外部企業との連携ビジネスでしょう。「ペイ・ビジネス=QRコード決済」に関しては、自軍のペイペイがかろうじて利用率で首位を確保はしていながらも絶対的な地位にはほど遠く、年間百億~千億円規模のキャンペーン費用をかけて利用者の維持・囲い込みをはかっている状況です。
同時に続々誕生する新サービス関連の開発費も天井知らずで増えています。多くの陣営が入り乱れ乱発される各社のキャンペーン合戦は、消費者ばかりが潤って着地点が見えぬまま、互いに潰し合う消耗戦に突入する様相すら呈しています。
今回の統合で、現在利用率1位のペイペイが3位のLINEペイと一緒になれば、混沌としているQRコード決済市場で確固たる首位に立てることは確実であり、先々「カネの成る木」に成りうる我が国のキャッシュレス化を一気に自社主導で動かすことができる、と考えられるからです。
我が国のキャッシュレス化の流れを自社主導で動かすというのは、単に決済利用時の手数料を積み上げるということではありません。
決済にかかわる膨大なデータを手中にし、今後生まれてくるであろう情報銀行ビジネスや信用スコアリングビジネスをはじめとしたデータを活用した未開のビジネス領域で主導権を握ることで、世界で先行する米GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)や中国のテンセントなどに対抗する日本のメガプラットフォーマーの地位を確立することにつながるわけです。
今回の統合話になぜLINEが乗ってきたのかですが、LINEは本業の対話アプリ関連ビジネスでは好調な業績を続けていながら、LINEペイ事業でバラマキ・キャンペーン費用やシステム開発費がかさんで、今期(19年12月期)は最終で300億円を越す営業赤字に転落する見通しになっています。
しかも、先にも述べたようにQR決済に関する膨大なコスト負担がいつまで続くのか分からない。いくら現時点で本業が好調であるとは言っても、企業規模に比べ膨大なコストをいつ終わるかとも見通しの立たない状態で負担し続けるのは、企業マネジメントとして中期的に危険信号が灯りかねない状況にあると言えるからです。
経営統合への期待感と巨大IT産業化のリスク
今回の統合が俎上に上がるまでにはひとつの伏線がありました。昨年、LINEの格安スマホLINEモバイルの経営悪化を受けて、ソフトバンクが51%出資したという出来事がそれです。
Y!モバイルという格安スマホ事業を既にグループ内に持つソフトバンクが、なぜLINEモバイルを救済したのか。今思えば単純に携帯電話ビジネスとしてLINEモバイルが欲しいと考えたのではなく、LINEそのものが欲しいという意思表示であったと解することができます。
そして今回の統合は、その機をうかがっていた孫氏が、ペイ事業コスト負担によるLINEの赤字転落見通し公表を受け、ごく自然な流れで成立したと言えるのです。無駄とスキのない、戦略家孫正義氏の面目躍如であると関心させられます。
今回の統合による関連業界への影響は多大なるものがありそうです。特に三木谷浩史氏率いる楽天グループは、国内Eコマースで首位をキープし、銀行、保険、証券、カードと金融業で先んじているだけに、QRコード決済利用率2位の楽天ペイが今回の統合を黙ってやり過ごすわけにはいかないでしょう。
すなわち他陣営を軒並み巻き込んで、ヤフー&LINEに対抗する大同連合をはかる等の派手な動きまでありうる状況になったと言えます。
今回の統合が刺激剤となってキャッシュレス業界の再編が一気に進み、利用進展を妨げていた多数陣営乱立が解消して我が国キャッシュレス化の流れが一気に進むことになるなら、とりあえず国家的にもプラスに働く可能性が高いと言えるでしょう。同じような流れで他の様々なIT関連領域でも、いい意味での起爆剤的役割としての期待感が高まります。
同時に巨大情報産業化のリスクも感じます。両社が既に持ち、そして今後加速度的に膨大化するであろう個人情報の問題です。そこには大きな懸念材料が存在します。
今回の統合はあくまでソフトバンク主導で進められており、ソフトバンクは従来からビジネスオーナーである孫正義氏の絶対的な指揮の下で活動しています。最大の懸念材料を一言で表すなら、独裁経営の下で個人情報は自社利益のために指揮者の価値観でいかようにでも利用されてしまう可能性がある、ということです。
LINEはソフトバンクの戦略をどこまでけん制できるか
信用スコアリングビジネスで先行する中国では、独裁経営者ジャック・マー氏率いるアリババグループが保有する膨大な個人情報を元にグループのQR決済会社アリペイが芝麻信用なる信用スコアリングサービスをおこない、利便性向上とは裏腹に大きな問題が発生しています。
自社利用実績に応じてスコアが打ち出される芝麻信用で一定以上のスコアが取れない利用者は、希望するホテルに泊まれない、家が借りられないなどの逆差別の発生です。巨大情報産業が力を持ちすぎたがゆえに、自社の利益のための個人情報の活用法に問題が生じている実例であると言えます。
意図的であるか否かにかかわらず、独裁経営に個人情報を委ねるリスクは大きく、その情報が膨大であるほどリスクもまた大きくなります。企業利益と情報戦略の関係は非常に難しい問題であり、巨大情報産業であるメガプラットフォーマーの出現はただでさえ大きなリスクを抱えている上に、孫正義氏が優れた戦略家であるがゆえ、その独裁経営に膨大な情報を委ねてしまうリスクの大きさには「不安」という言葉が大きく浮かんでくるのです。
せめてもの救いは今回50:50の経営統合であり、買収ではないという点。しかし、実質的にはLINEの業務がソフトバンクの戦略に組み込まれる点は否定できません。果たして、LINEのけん制がどこまで効かせられるのか。
ちなみにジャック・マー氏は、「アリババは個人の資質に依存した体質から、組織や人材、カルチャーを軸とした企業へとステップを登ります」とのコメントを残して、今年9月54歳の若さでトップの座を降りています。孫正義氏がいつそれを悟るのか、統合の成否はそこにかかっているように思います。