日本と中国、ネットニュースの見方はどう違う?(陳暁夏代) - BLOGOS編集部
※この記事は2019年10月25日にBLOGOSで公開されたものです
世界インターネット大会が発表した「中国インターネット発展報告書2019」によると、今年6月現在でのネットユーザー数が8億5400万人、ネット普及率は61.2%に達したとされるネット大国、中国。日本のネットユーザーやメディアに違いはあるのか。日中両国でコンサルタントとして活躍する陳暁夏代さんに話を聞いた。
日本と中国、ネットメディアの相違点は「ユーザー」側にある
「ネットメディア」の定義は難しいですが、ネット上で読まれるニュースに限定すると、中国の主要トピックスも日本と同じく政治、経済、エンタメの3つです。
日本では、1つのプラットフォームの中に異なるジャンルのニュース記事が同列で出てくるパターンが主流です。一方、人口が14億人近くいる中国では、情報量が日本の10倍近くあり、すべてのニュースを摂取することは不可能。読者がそれぞれ興味のある分野をピックアップするという読み方がメインです。日本だとウェブサイトが主体ですが、世代問わずアプリ中心の中国ではエンタメニュースアプリ、政治ニュースアプリ、経済ニュースアプリなど、ジャンルごとに見るアプリ/サイトが確立されています。もちろん日本のような巨大なポータルはありますが、それらはあくまでもトレンドワードなどをキャッチするものです。
パーソナライズ機能は日中ともに幅広く取り入れられています。日本ではあくまでポータル内でのパーソナライズですが、中国の場合は情報感度に応じてユーザーの使うツールが異なる場合が多く、その中でのさらなるパーソナライズになります。ですので人に応じて日本以上に持っている情報が異なるのが特徴です。
また中国ではペルソナ(ユーザー像)が日本よりもはっきりしているので、カテゴリ別の記事をターゲットに届けやすい。「中国共産党全国代表大会が開かれている」などのマス情報はテレビで報じられたり、サービスにかかわらずトップに出ることがルールとして定められたりしていますが、それ以外の情報に関しては、ユーザーのニーズに応じてカスタマイズされています。
内陸と沿岸部で学歴の差 使われるアプリにも変化が
中国では性別や年齢に加えて、地域でもユーザーのニーズに差がでます。一般的には、内陸地域よりも沿岸部・都市部のほうが大学卒業生が多く、学歴は高いと言われています。内陸部に行くほど平均学歴が下がり、エンタメ情報を摂取する人の割合が多くなります。中国が独特なのは、場所によって「一級都市」、「二級都市」、「三級都市」、「四級都市」と都市別GDPなどに応じてクラス分けされているところです。メディアは、一級都市向けコンテンツを取り扱うものや、内陸向けにエンタメものなど、ターゲットを明確に絞ることでサービスを成り立たせています。
日本で有名な「TikTok(ティックトック)」は、中国屈指のショートムービーアプリですが、ほかに「Kuaishou(快手・クァイショウ)」というアプリが肩を並べています。TikTokは沿岸部スタートのアプリなので、どちらかというとクリエイティビティを重視したアプリ。しかし、内陸部向けのKuaishouは「家でお母さんが水をこぼして、ペットが大騒ぎする」といったような、より単純で笑わせることを目的とした動画が多くアップされるなど、コンテンツの系統が異なります。どちらもDAU(1日あたりのアクティブユーザー数)が2億~3億人超えと日々競い合う仲ですが、共同カテゴリ内の差別化という意味で、ターゲットに応じた戦略が明確に分かれています。
真実を求めるネットリテラシー 記事を読み解く中国ユーザー
中国のニュースでは「政府がもみ消した」という事案も多いですが、私を含め多くの読者は「これはもみ消されたものだ」という前提や推測のもとに記事を読んでいます。日本と大きく違うユーザーのネットリテラシーはここにあります。前提として情報を疑っているのです。過去の多々ある捏造をユーザーも認識しているため、政府発表と現実が異なると、ユーザーがすぐに「ここが違う」と指摘します。「ニュースが"中国ナイズ"されている」「政府のプロパガンダがある」とよく言われますが、それを理解した上でみんな読んでいる。ユーザーの反応も含めて1つの記事という考え方です。近年では特にSNSの普及によりユーザーがかなり賢くなりました。そのため下手な嘘をつくと批判のほうが多くなる。現在、中国メディアはユーザーのレベルの高さに合わせて、情報の正確さを意識するようになりました。中国のネットユーザーは8億人規模で30代がメイン。何か問題があるとレビュー形式で、コメントが出ます。国はそれを防ぎようがないというのが現実です。
アプリ1つで企業情報を把握 透明な中国の経済ニュース
中国のメディアは政治に関してはかなり忖度しています。社会主義なので仕方がありませんが、そこに触れない経済やエンタメ分野のニュースはかなり透明度が高いと思います。
経済ニュースでは、どこの会社がどういう経営状況なのかなどの情報が、細かくメディア報道されるうえ、最近ではアプリひとつで企業の株主の情報や、その株主が他に投資している会社、負債や裁判履歴といった情報にアクセスすることができます。
エンタメ分野では、どの芸能人がどの事務所と契約して、給与はいくらもらっているといった情報がリスト化されています。メディアが忖度する政治分野でさえ、どの政治家が汚職しているのかという情報がネットでどんどん流れてきます。
オールドメディアでは追いつけない中国のスピード感
基本的にニュースの接し方は中国も日本と一緒です。しかし、紙の新聞や雑誌はほとんど読まれていません。みんな、基本的にはネットで情報を集めます。情報量の多さに加えて、スピードが早い中国では、印刷して翌日以降に発行というスピードでは間に合わないからです。
「ドルチェ&ガッバーナ(D&G)」の事件(※)では朝、炎上して、夜にはショーが中止、翌日にはネットサイトから、広告が全部消えました。そのスピード感で物事が進むと、新聞を読んでも意味がありません。リアルタイムで刻一刻と事態が進展します。新聞社や大手メディアも、各自がもつSNSアカウントでの発信が読者を集めるコアになります。後日販売される紙媒体はまとめでしかありません。
※2018年11月にD&Gが中国の市場向けに流した広告動画が炎上。それに関するD&GのデザイナーのSNS発言(D&Gは「ハッカーに乗っ取られた」と説明)が国への侮辱とされ、その日に上海で予定されていたD&Gのショーが中止に。大手ECから一時、全商品が削除され不買運動が起きた。D&Gは後日、謝罪動画を公開した。
「情報を追うのはSNSで自分の力でやるから、メディアはそれをまとめてくれ」というのが中国人の感覚です。ネットリテラシーが高いので、ユーザーは自分たちで「本当の一次情報」を確認しようとします。
「政府のウソ」が中国のネットリテラシーを育てた
中国人のネットリテラシーが育った背景には、政府がウソばかりを発表していたという過去があります。鉄道事故で多くの人が亡くなったにもかかわらず「死者0人」と発表されるなどの事例があり、国民は政府発表を冷たい目で見るようになりました。だからこそ、ウェブが発達し、SNSが誕生し、国民の多くにネットが普及して、流れが変わるようになりました。今や国民は、ネットで拡散される一次情報を信じるので、政府やメディアもウソがつけません。
企業も同じで、情報公開の早さや正確性が日本以上に信頼に直結します。例えば、セクハラなどの不祥事があった場合、調査レポートを企業が毎回作成し、ネット上で全て公開します。加害者がどう処罰されて、被害者にはどう対応したのか、制度をどう改善したかなどを、全部オープンにするのがいまの中国企業の主流です。炎上するのが早いので、それに合わせて企業の対応も早くなっています。
ネットとリアルが融合する未来 国民のリテラシーを向上するのはメディアの役目
今の中国メディアに求められているのは「正しさ」です。過去のあやまちがあるぶん、中国人は実質的信頼を欲しています。中国政府は経済成長をもってそれに応えました。では次に求められるのは何かと言うと、情報の信頼性だと思っています。
私はネットはリアルの補助でしかないと考えています。将来、その2つがテクノロジーによって目に見ないレベルで融合しても、そこには少なからず国民性が反映されるでしょう。
ネットリテラシーを上げるためには、国民のリテラシーを向上させる必要があり、今後、それを担っていくのは教育やメディアなのだと思います。
陳暁夏代/DIGDOG llc. 代表日中の背景を持ち、フリーで中国の数々のイベント司会・通訳、日系企業の進出支援、アジア3都市でのファッションイベントなどを企画運営。日本の大手広告代理店勤務後、DIGDOG llc.を立ち上げる。エンターテイメント分野や若年層マーケティングに精通し、日中の企業の課題解決、進出支援、ブランディングなど、さまざまなコンサルティングを手掛ける。 chinshonatsuyo.com