「痴漢は環境に反応して行われる犯罪」「被害について話したら労って欲しい」-- 性犯罪をなくすための対話が開催 - 渋井哲也
※この記事は2018年06月06日にBLOGOSで公開されたものです
「性犯罪をなくすための対話」が5月24日、都内で開かれた。テーマは「軽視される痴漢被害」。加害者臨床を実践している大森榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳さんと、被害者支援をおこなっている目白大学人間学部心理カウンセリング学科専任講師の齋藤梓さん、弁護士の上谷さくらさんがトークを繰り広げた。被害者支援や加害者臨床といったそれぞれの立場から対話を行う「チーム上谷」が主催で、第2回目の開催となった。
「女性専用車両に乗らない女性は痴漢をされたいと思っている」加害者の認知の歪みとは
イベントではまず大森榎本クリニックの斉藤章佳さんが、クリニックで痴漢加害者の再発防止プログラムに取り組んでいる立場から、加害行為のメカニズム、認知の歪みについて説明した。
「性犯罪者は“性欲がすごくたまっている、欲求がコントロールできない”とか“オタクの人”とか、『モテない人』というイメージがあるが、実はそうではない。彼らはどこにでもいる四大卒の妻子がいるサラリーマンが多い。そして環境を必ず選ぶ。つまり、環境に反応して行われる犯罪とも言える」
痴漢にまつわる“神話”のようなものがある。これは彼ら特有の認知の歪みだが、その中でも斉藤さんが驚いたエピソードの1つは「女性専用車両に乗らない女性は痴漢をされたいと思っている」というものだった。
「その方は女性専用車両以外で必ず痴漢していた。あるとき行為中に男性から腕を掴まれたときに、最初は逆ギレした。でも、あとで我に返った。『痴漢は犯罪だったんだ』と。ただ、痴漢行為をしているときは完全にその人の世界観の中。まったく周りが見えていない。認知の歪みという視点を抜きに、痴漢の再発防止は考えられない」
再発防止のポイントは、状況の特定と対処行動を学習すること
同クリニックで行なっている性犯罪者の再発防止プログラムは、再発防止、薬物療法、性加害行為に責任を取る、という3本柱だ。1980年代に提唱された物質使用障害の再発防止モデル(リラプス・プリベンション・モデル)がベースにあるという。
「ポイントは2つ。問題行動が再発しやすい状況(ハイリスク状況)や引き金(トリガー)を特定すること。そして、それに対する対処行動(コーピング・スキル)を学習すること。2つだが、これに付随する内容は膨大なもので、非常にたくさんのことをプログラムでやっていく」
プログラムをする上では、再発のプロセスを知るのも大切になると斉藤さん。
「どういう行動で再発が起きるのか。まずは引き金。まずそれを特定する。引き金をひいてしまうと、今度は思考。つまり問題行動につながりやすい認知の歪みにつながる。この段階でしっかり止めておかないと、再発に一直線に転げ落ちてしまうと言われている。認知の歪みはいわゆる警告のサイン。そこから次に落ちると、今度は渇望になる。『ああ、やりたいな』と。クリニックを受診するまでに、最初の問題行動から平均で8年かかるが、毎日毎日、これらを繰り返し、常習化、習慣化していく。気づけば条件反射のようになっている。満員電車を見るだけで『ああ、やりたい』と。脳内に回路ができあがっていく」
再発を避けるには、4つのingが必要になると斉藤さんは指摘する。
「1つは、スケジューリング。再発は日常生活の連鎖プロセスの中で起きる。そのため、生活習慣をしっかり整える。2つは、モニタリング。スタッフやキーパーソン、自分の中で決めているルールをセルフチェックしていく。できているか、できてないか。効果があるか、ないか。3つ目はコーピング(対処行動)です。リスクに対して、適切なタイミングで対処ができているかどうか。最後はシェアリング。これが一番難しい。キーパーソンと自分の状況を定期的に分かち合うことです。ちゃんと正直に報告する。」
「再発の直前は、キーパーソンを避けるようになります。状況をシェアしなくなる。そういう傾向がある。再発のときは4つのうちのどれかが必ずおろそかになっている。治療は例えば、利き手で持っていた箸を、反対の手に持ち帰る作業だと思う。習慣を変えるとはそういうこと。これを地道にやっていかないと、新しい学習はできない。いきなり最初から責任を追及し、「反省しなさい」とやっても人は変わらない。変化へのアプローチには段階があるし、案外人が変化するときは正しいといわれていることとは全く違うやり方が効果的だったりもする。セラピスト側の柔軟性が何よりも求められる」
学校では被害に対して適切な対応が取られないことも
齋藤梓さんは犯罪被害者支援やスクールカウンセラーを経験した立場から、痴漢被害について話をした。生徒が痴漢被害にあっても学校で適切な対応が取られていない場面に遭遇したという。
「学校場面では『だからスカートを短くするなって言ったのに』、『痴漢なんてよくあることだから早く忘れなさい』、『ちょっと触られたくらいで』、『そんな格好をしているから』などと大人が言うことがある。その際には、『いや、そうではない』『悪いのは加害者だ』と話をする必要がある。人の意に反して人の体を触るのは性暴力であり、『痴漢くらいで』と言われてよいものではない」
適切な対応を取らないと、被害にあった人たちは二次被害にあうばかりか、その後、相談したいと思えなくなったり、相談ができなくなったり、心の傷が回復しないこともあるという。
露出狂は通報するが、痴漢は通報しない学校!?
平成29年度の警察庁の「犯罪被害類型別調査」によると、「過去30日間になんらかの精神的な問題を感じたか」の問いに、「無理やりに性交等」では56.5%、「痴漢等」では31.0%だった。
「犯罪被害にあったことがない人と比べると、痴漢等でも、無理やり性交等でも、高く出ていることがわかる」
通報は少ないとみられている。同調査によると、「痴漢等」では「自分」で警察に通報した人は9.0%、「自分以外」が通報したは7.0%。あわせて16%。「等」というのは「痴漢」だけでなく、「露出狂」も含む。「無理やりに性交等」では「自分」で警察に通報した人が5.8%、「自分以外」は20.3%、合わせて26.1%となっている。
「露出狂の場合は、通学路で発生することが多く、学校の先生たちも、児童生徒から報告があれば警察に通報することが多い。そのため、露出狂を含めると%があがる可能性がある。痴漢は逆に、電車の中などで発生したものは、学校で生徒が打ち明けても通報につながらないことが多い。痴漢は現行犯でなければ難しいので、確かに、後から通報してもどうにもならない。そして、通学路で起きたことかどうかという問題はある。しかし、周りの大人や本人自身の認識の違いも感じる。痴漢は、圧倒的に通報されていない」
相談した相手はいるのか。誰にも、どこにも「相談してない」が「痴漢等」では47.0%、「無理やり性交等」では59.4%。相談しない理由はなにか。同調査によると、「痴漢等」では警察に通報しなかった理由は、「警察に相談するほどの被害ではないと思った」という回答が32.1%で最多。「無理矢理の性交等」では、「被害の話をするのが辛かったから」が「低年齢であったため、相談することを思い至らなかった」と並んでもっとも多い。
「(被害は)相談していいことであり、ショックを受けるのは普通のことだし、ショックを受けたら誰かに聞いてもらいたい、話したいと思うのは自然なこと」
被害を話したら、否定せず、動揺しすぎず、怒らず、話を聞くことを徹底して...
被害後の対応については、齋藤梓さんはこう語る。
「被害を受けた人が被害についてあなたに話したら、そのことを労って欲しい。話すことはとても勇気がいること。恥ずかしいと思ったり、思い出すと苦しいと思ったりする。否定せず、動揺しすぎず、怒らず、話を聞くことを徹底してほしい。そして、今、困っていることや思っていることを聞き、心や体の状態を一つ一つ確認していくことが必要。学校であれば、本人の状態によって、最初の1時間だけでも休ませてほしい」
痴漢は、自分の意に反して、抵抗できない状態で、体を触られること。意思を無視される出来事。そのため、被害者の意思が尊重される体験が非常に大事だとも指摘する。
「丁寧に話を聞くだけでも、落ち着く人はたくさんいる。なかには相談機関に来るまでに何ヶ月も経っていて、その間、苦しんできている人もいる。誰に相談しても、きちんとした対応が取られることが社会にとって当たり前になればいい。被害は加害者の責任ということを忘れてはならない」
痴漢はエスカレートする。軽い犯罪ではない
犯罪被害者支援をしている弁護士の上谷さくらさんは、「痴漢の法律相談は意外と少ない」という。
「警察にも通報しないという話がありました。弁護士はさらにハードルが高いのでしょう。相談にくるのは、周りの人が捕まえ、刑事事件になり、犯人に弁護人がついて、『示談してくれ」と言われたと。金額はこれくらいだという段階。『受け取っていいのか』『金額は適正か』。こういうレベルになってからようやく相談にやってくる。被害をうけた側も『たいしたことはない」と思い込もうとする心理が働いているのではないか」
痴漢というと、満員電車でお尻をそっと触るというのが一般的イメージだが、どんどんエスカレートしていくケースもあるとか。
「よく男性は『疑われるのは嫌だから電車内では万歳している』といいますが、両手でつり革を掴んでいるものの、局部を押し付けるというパターンもあります。周りの人から見えにくい死角を作って、大胆に触る人もいます」
「一人にターゲットを決めて同じ人を狙う人がいる。お気に入りの女の子に目をつけて、電車を降りた後をつけ、自宅を割り出す。それで、ずっと事あるごとに後をつける。チャンスを狙ってレイプする加害者もいました。一口に痴漢といってもどんどんエスカレートする危険性を孕んでいる。決して軽視してはならない」
「皆さんの回りには性犯罪加害者がたくさんいる」
被害者はどんな人が多いのか。圧倒的に若い女性が多く、特に派手でもなく、露出の多い服を着ているということもないと上谷さんは言う。その上で、「多いのはおとなしそうな感じ。体が小さい人が狙われやすいのかな、という気がします」と述べた。さらに制服姿の中高生も被害に遭うことが多いとも言う。
「制服を着ていると、どこの学校かわかる。降りる駅もわかる。中高生は行動範囲が狭い。乗る駅がわかれば、行動範囲がつかめてしまう。下校時間もだいたいわかる。加害者が未成年者に目をつけたら、マークするのは簡単。実際に加害者の言い分として『かわいいので目をつけた』『毎日、観察している間に好きになってしまった』『だからずっと1年間、後をつけていた』という人がいた」
一方で、「痴漢は非常に刑が軽く、刑務所に行くことはほとんどない」と上谷さんは指摘する。
「さんざん痴漢をして仮に逮捕されても、すぐに社会に戻ってまた電車に乗ります。つまり、皆さんの回りには性犯罪加害者がたくさんいるということ。その現実を正しく恐れることが大事」
「例えば、毎日同じ時間に電車に乗らないことが大事。同じ時間の電車に乗り、乗り換えや出口に一番近い車両に乗る人が多いと思うが、それは目をつけられやすい。毎日、乗る時間と車両を変えてほしい。変えているのに、いつも同じ顔を見ると思ったら要注意です」
痴漢被害に関していまだに被害者責任論があるが、上谷さんはそれを強く否定する。その上で、自衛策の大切さも呼びかけた。
「空き巣に入られた家がたまたま鍵が開いていたからと言って、被害者が悪いのではないのは明らか。悪いのは100%空き巣です。ただ、空き巣がたくさんいるのであれば、鍵をかけておいた方がいい、ということ。痴漢も同じです。被害者に落ち度はないけれど、周囲に痴漢がたくさんいる現実を意識しましょう、ということです」