自殺防止のLINE相談事業 チャットの特性を活かせるかが課題 サービスを利用した男性が語る心の隙間とは... - 渋井哲也
※この記事は2018年05月22日にBLOGOSで公開されたものです
厚生労働省は3月の自殺対策強化月間にあわせて、SNS相談事業を実施した。無料通信アプリLINEのアカウントを利用したもので、13団体によって実施された。
発表によると、相談述べ件数は10,129件。アカウントへの友達登録数は69,549人だった。このうち、相談件数が1,000件を超えた4つのアカウント(7団体)を集計すると、男女別では女性が9割。年代別では10代は4割弱、20代は4割強を占めた。このうち、相談を担当した団体の一つ、NPO法人東京メンタルヘルス・スクエア(東京都豊島区)を取材した。
昼間よりも夜間の利用者が多かった
厚生労働省の発表によると、東京メンタルヘルス・スクエアには2,435件の相談が寄せられた。男女別では男性が21.5%、女性が78.5%。年代別では10代が19.6%、20代が43.1%で、若年層で6割を超えていた。このほか、30代は19.3%、40代は12.6%、50代以上は5.4%だった。
同団体は千葉県松戸市と東京都豊島区の2ヶ所に事務所がある。松戸では10時から16時、池袋では17時から23時の間、相談の対応をしていた。事務所内ではカウンセラーがパソコンに向かい合いながら、相談者とチャットしていた。昼間よりも夜間のほうが相談が多く、3月16日からは夜間のカウンセラーを増やした。
ノートパソコンの画面上では、相談者のプロフィールと何回目の相談かもわかるようになっている。一人の相談は一回1時間。相談が終わると、待機している相談者につなぐ。時間内はパソコンから離れないように、カウンセラーはお菓子や飲み物を近くに置いている。一見、インターネットカフェでチャットをしているようにも見えた。
チャットの特性とカウンセラーの課題
所長の武藤清栄氏はこう述べる。
「SNS相談はチャットらしさが出ています。いきなり本音になることが多く、それについてけるのかがカウンセラーの課題です。ただ丁寧になりすぎると、相談者にプレッシャーをかけている感じもします。話し言葉は崩れていいのではないでしょうか」
LINEのメッセージのやりとりは、チャットとほぼ同じ。システム上、相談される側には画像が反映されないので、文字上のやりとりがすべてだ。利点としてはログがすぐに読める。何度目かの相談の場合、過去のやりとりがすぐにチェックできる。
「当初は履歴のチェックはしない予定でした。相談者とカウンセラーは一期一会が基本ですから。しかし、効率が悪くなるために、途中から確認することになりました」(武藤所長)
本来、コミュニケーションは、身ぶりや仕草、表情、話し方、声のトーン、視線などの非言語的なメッセージも多く、言語に現れるものはほんの少しだ。対面の相談では、言葉以外のメッセージを汲み取りながら話を聞く。
しかし、チャットでは文字が中心。相談者の意図を汲み取ることができるかどうかはスタッフの力量による。長い文章か短い文章か、うつ状態が反映されているのか、受け身の表現と能動的な表現とでどちらが多いのか、返事が早いか遅いのか...。そんなこともメッセージとなりうる。
事務所内でノートパソコンに向かいながら、相談者とチャットをするカウンセラー
「健康上のことは聞くようにしています。眠れているのか、食欲はあるのかなど、脈絡に応じて聞いています。相談者は具体的な問題を解決したい場合と、話を聞いてほしい場合と両方があります。問題解決志向の場合は、その問題に応じて地域包括支援センターや法テラスなどの社会資源の活用法を伝えたり、解決法をアドバイスします」(同)
オンライン相談。メールとチャットの違い
そもそも同団体がオンラインで相談を始めたのは2001年から。メールを利用した相談だった。オンラインを使った相談の先駆けだ。武藤所長はNPO法人オンライン・カウンセリング協会の立ち上げにも関わった。メール相談はリアルタイムではなく、やりとりには時差がある。そのため、まとめてエッセンスを返事することになる。一方、SNS相談の場合は、リアルタイムのチャットのため、瞬発力が必要となる。
「若い人たちはテンポが早く、文章が短い。一方、年長者は長文になる。そのテンポを合わせながら信頼関係をつくることが大切で、合わないと離脱していきます。ブロックされる場合もあるでしょう。そこは運もありますが、それ以上に経験もスキルも必要になります」(同)
幼少期はネグレクト状態だった男性。心の隙間を埋めようと、SNS相談へ
この相談を利用した、関東在住の倉田昭雄さん(仮名、40代)に話を聞くことができた。数少ない男性の相談者の一人だ。
倉田さんは19歳でうつ病を発症した。父親はくも膜下出血で倒れて以来、仕事が続かないでいた。母親は清掃の仕事をしていた。そんな両親のもとで育った倉田さんはネグレクト状態に置かれていた。
ご飯を作ってもらえないこと、ご飯が焚かれていてもカビが生えていたこと、お風呂の水を一週間も変えないでいることなどを覚えている。そのためか、母親に愛情をかけてほしい欲求が強い。その心の隙間をどう埋めていけばよいのか、と思い、SNS相談を利用したという。
「うすうす感じていました。うちが変だなあって...」
倉田さんはうつ病の発症後も10年間コンビニエンスストアでアルバイトをしていた。そしてデイケアにも通い、友達を作っていた。
「家で温かみのあるものを感じられなかったんです。だからこそ、愛情をデイケアに求めたんです。デイケアの後にみんなで集まっていたのですが、それが楽しみでした」
人との距離感が掴めない。甘えさせてくれる人がいない
しかし、人との距離感がわからないでいる倉田さんは、満足を得られないでいた。近づきすぎることを指摘されてから、距離を保つように努力した。
「今まで甘えさせてくれる人がいませんでしたし、甘えさせる側にもなれないし、そもそもそんな体験がないんです。母親からハグされたこともありません。だから、自己満足が得られない状態でした」
そんなとき、心を満たしたのは遠出のドライブだった。高速を使わずに青森県や長野県、富士山の五号目などに行った。手っ取り早く、満足ができた。
多動な要素もあったのだろう。ハイな状態になると、どこまでも突き進んだ。大きな国道には、起点からの距離を測る「キロポスト」がある。それを見て、自身がたどった距離を“征服”した感覚を得て「ゾクゾクしていた」という。
LINEのやりとりで整理したのは母親との関係
SNS相談で話題にしていたのはやはり、母親のことだった。
以下は、やりとりの一部だ。
カウンセラー:母親との付き合い方、具体的にどのようなことか教えていただけますか?
倉田:あまりにも感情が一方的で、こちらがいくら頑張っても、何をしても、認めてくれないと言うか、頭に入っていないというか、うちの母親がここまで鈍感な人だったのか?という怒り、諦め、そして顔色を伺ってずっと生きてきた自分はなんだったんだという、悲しい気持ちです。諦めなければならないのに、諦めきれない気持ちでふさぎこみがちです。
カウンセラー:長年、母親との接し方に努力してこられたんですね
倉田:何に関しても、親孝行するのが当たり前というか…ロボットみたいなASD(*)な人だったんだと、どこにもやり場のない怒りや悲しみに変わりましたね。
カウンセラー:長く時間がかかったからこそ怒りや悲しみ、いろんな感情が溢れ出しつつ、きっとずっとご自身で制御してきたのかなと感じます。気持ちを聞かせてもらいながら、一緒に整理できたらと思います。
*注 アメリカ精神医学会の「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)」の第5版では、Autism Spectrum Disorder、つまり、「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」という概念が用いられた。従来の第4版改訂版では「自閉症障害」「アスペルガー障害」「広汎性発達障害」と呼ばれていたが、それらを包括した概念だ。発達障害のひとつで、コミュニケーションや想像力、社会性の障害がある。また、こだわりが強く、自分と他人の境界がわかりにくいなどが特徴。
やりとりだけを見ると、倉田さんは言葉にするのが上手のように見えるが、本人としては、会話のほうがスムーズだという。同団体では電話相談のサービスも行っているが、無料は2回まで。経済的に余裕がない倉田さんは無料であるSNS相談を選んだ。
倉田さんがクレジットカードや会員カード、ポイントカードを集めて、輪ゴムでとめて保管している。そのほか、荷物をなかなか捨てられない。
「LINEでの相談は他の人を気にしないでできるのでよいサービスですが、僕の場合、動作が遅いので、時間が経つのが早いんです。次の相談が繋がっても、また違うカウンセラーになります。やってくれるのはありがたいですが、いつも、薄皮を一枚剥がしたようなところで終わってしまうところがありました」
これまでの取り組みを踏まえて、事業を継続
LINEのメッセージのやりとりによる相談事業のため、考える時間を必要としたり、言語化するのが苦手だったり、タイピングが遅かったりするなど、相談者の特性によっては時間が足りなくなる。そのため、その人のタイプによっては、満足しきれない面が出てくる。
厚生労働省が実施してきた3月のときのサービスは終了した。一部の団体は継続するが、東京メンタルヘルス・スクエアは、厚生労働省の事業は継続せず、独自に「SNSほっとライン」として、相談日を限定し、1回25分、1日一回までの制限で、SNS相談は継続している。
NPO法人東京メンタルヘルス・スクエア
http://www.npo-tms.or.jp/
「SNSほっとライン」のアカウント
https://line.me/R/ti/p/%40snscounselor