※この記事は2018年05月03日にBLOGOSで公開されたものです

ヨーロッパ文化を模倣して誕生した「上野動物園」


動物園は、ヨーロッパの王侯貴族が城内に設けた動物観覧施設(メナジェリー)を元にしている。アフリカや東南アジアを植民地としていたヨーロッパ諸国は、現地の野生動物を飼育して自らの好奇心を満たすと共に、学術研究にも供していた。

フランスのルイ14世がヴェルサイユ宮殿内に建設したメナジェリーは、貴族たちが食事しながら動物を観覧できる大規模なもので、飼育されていた野生動物はゾウ・インドサイ・ゴクラクチョウ・アメリカバク・キツネザルなど多種にわたる。それらは、ルイ14世が設立した科学アカデミーの研究対象ともなっていた。

野生動物を単に見世物としての興味対象ではなく、知的好奇心や探究心を満たす対象とできた背景には、貴族や一般市民の間で長年にわたり培われてきた博物学的な文化があると考える。

ヴェルサイユ宮殿内のメナジェリーは、フランス革命後に改組された国立自然史博物館附属植物園に組み入れられて一般公開された。その後、動物学会を基盤とした最初の近代動物園としてロンドン動物園が誕生している。それらを手本として作られたのが、日本最初の動物園である上野動物園だ。

日本は、欧米列強の植民地化に対抗するために、急速な文明開化を必要としヨーロッパ文化を模倣した。動物園の設立も、社会教育や学術研究を目的としていたのは確かであろう。

内務卿大久保利通が博物館建設のため明治天皇に上程した『博物館ノ議』には、「館(注:帝室博物館のこと)ノ周囲ヲ以テ広壮清麗ノ公園トナシ、動物園及ヒ植物園ヲ其中ニ開キ此ニ遊フ者ヲシテ啻(ただ)ニ一時ノ快楽ヲ取リ其精神ヲ養フノミナラス旁ラ眼目ノ教ヲ受ケテ不識不知開智ノ域ニ進ンヲ要ス」と記されている。

簡略すれば、動物園とは楽しみながら学べる場であり、まさしく社会教育施設の役割を示唆している。しかしながら、国づくりのための富国強兵や殖産産業重視の中で、動物園の存在意義もしだいに変質していった。

現在、全国にある動物園の多くは、戦後の荒廃した社会状況の中で、市民に慰安を与えるためのレジャー施設として建設された。社会福祉事業や公共事業の一環として設置されたとも言えよう。

そこには、残念ながら日本初の動物園が目指した学術研究目的が欠落していた。科学基盤の弱さが、イルカやゾウの飼育に対する国際的批判、すなわち外圧に晒される一因なのではないかと考えている。

文化が異なる国からの外圧に対応するには、感情ではなく科学(サイエンス)のまな板の上で議論する必要があろう。この国に科学や学術研究を基盤とした動物園を根付かせるために、動物園学(Zoo Science)という新たな学問領域の構築を試みている。未だ道半ばであるが、いずれアカデミアに定着すると信じている。

世界共通の課題は「動物を如何によく生かすか」


上記のように日本の動物園の現状は決して安泰とは言えない。それは、刻々と変化する国際情勢に対する我が国の現状に似ている。

動物園はその変化し続ける社会情勢や国際情勢に対応しながら、絶えず進化し続けていかなければならない。たとえば科学技術の発展に応じて、動物の飼育方法も変えてゆくべきであろう。

動物を健康で長期間生存させるための飼育技術は日進月歩である。技術向上のためには、野生動物の生態や行動に関する最新情報の収集にも努めなくてはいけない。

また、人の倫理観における変化は、動物倫理にも強く反映する。それは、動物福祉(アニマルウエルフェア)に対しても同様だ。

アニマルウエルフェアとは、動物の幸福を保証するための概念である。つまり、動物園でくらしている動物のQOL(生活の質)を守らなければならない。

単に動物を動物園で見せる対象としてだけではなく、かれらを如何によく生かすかが世界共通の問題となっている。具体的には、開園時間中のみならず閉園後に過ごす寝室内も快適空間とする必要がある。

最近、環境エンリッチメントという言葉をよく耳にされるかもしれない。それは、動物園内で動物たちがくらす環境(餌の内容や給餌の仕方なども含む)を豊かにし、動物種が本来もっている行動の多様性を飼育下で発現させる科学的試みである。

さらに、人の生存権と同様に動物の権利(アニマルライツ)も求められる時代になったことも理解しておくべきであろう。

「じっくり観察」で深まる動物園の楽しみ方

来園者の多くが動物園内の全てを見て回ろうとする。「どちらの道を行けば良いのですか?」と導線を聞かれることもたびたびだ。しかし、動物園の全てを見ようとすると慌ただしい時間を過ごすことになる。つまり動物をゆっくり見る時間がなくなるのだ。

海外の話であるが、展示施設ごとの平均滞在時間が30秒という調査結果を示した例もあるようだ。展示施設前で来園者の様子を観察していると、たしかに滞在時間が短いことを実感する。「さぁ、つぎ行こう!」という声は、大人のみならず子どもたちからも聞こえてくる。

動物園を楽しむには、まず動物の前で過ごす時間を延ばしてもらいたい。少なくとも3分、できれば5分さらに10分…。もし1時間以上、動物をじっくり観察していれば、これまで知らなかった動物の行動や仕草に感動することは間違いない。何度も同じ動物を見ている私でさえ、初めて見る行動に心を奪われることが頻繁だ。

もうひとつは、双眼鏡やカメラの望遠レンズを使って動物の細部を観察してみることだ。鼻とか耳とか毛とか、動物ごとの細かな部分の違いを知ると、動物への好奇心は増すであろうし、その違いを子どもや友達同士で話し合うと動物園での楽しみが深まるであろう。

個人的には、動物の目を見るのが好きだ。とくにカメラのファインダー越しに目が合った時には、胸がどきどきする。相手(動物)の気持ちなど分るはずはないが、同じ生きものとして、心と心が通じたような感じになる。

動物園を訪れる際には、双眼鏡か望遠レンズ付きカメラを持参されることをお薦めしたい。

おすすめしたいのは一番身近にある動物園


国内外の動物園を3つだけ選んで下さいと編集者から指示された。しかし、それは酷である。現在、国内だけでも90以上の動物園がある(日本動物園水族館協会の登録園館)。そのどれもがユニークで、一度は訪れてみる価値がある。

あえて挙げるなら、ひとつめは冒頭でも述べた日本初の動物園である東京都恩賜上野動物園だ。現在、ジャイアントパンダの子ども誕生で賑わっているが、歴史的な価値を重視したい。

二つめは福岡県大牟田市動物園である。地方の小規模動物園だが、健康管理のための訓練(ハズバンダリートレーニング)を積極的に取り入れて、アニマルウエルフェアの向上に努めている。

最後は、よこはま動物園ズーラシア。来年に開園20周年を迎える国内では新しい動物園だ。オカピやテングザルなど希少種を多く展示しつつ、隣接する横浜市繁殖センターで希少種保全のための研究も行っている。

でも、本当のお薦めは、地元もしくはいちばん近くにある動物園を訪れて、ゆっくりと時間を過ごしてもらうことだ。

動物園は自然への扉

昨今、環境保全や生物多様性保全が叫ばれ、SDGs(持続可能な開発目標)やESD(持続可能な開発のための教育)などが政策としても掲げられている。

しかし、保全や持続可能の必要性を問われても、今ひとつ実感が湧かないのが本音ではなかろうか。

環境や生物を実際に知らなければ、保全について考えることはないだろう。人と動物の命は同じで大切と言われるけれど、自分と動物たちのどこが同じで、どこが違うのかを理解していなければ、その大切さは分からないだろう。

かつてレイチェル・カーソンは、「美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身に付きます。」(上遠恵子訳)と述べている。そして、自然から得られる「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」(同訳)の重要性を強調した。

私は、都会の中にある動物園が、この「センス・オブ・ワンダー」を身近に得られる場所だと思っている。


動物園は、同じ地球に生きている仲間たちのことを間近に見て知り学ぶことのできる貴重な場所である。つまり、自然へ思いを馳せ、実際に足を踏み出す契機となる場、すなわち『自然への扉』なのだ。

環境保全や生物多様性保全やSDGsやESDを唱える前に、まず動物園へ来て動物たちを見て知り学び、そして自然に対する不思議さに目を見はる感性を育んでもらいたい。

プロフィール
村田浩一(むらた・こういち):日本大学生物資源科学部特任教授 専門は動物園学、野生動物医学