2年前に別れた元カレを忘れられず、職場まで押しかけた女。そこで見てしまった衝撃的な光景
恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。
盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。
だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。
恋に狂った彼らのトラップに。
▶前回：男と一緒に住んでいながら、御曹司との結婚をたくらむ29歳女。予想を遥かに上回る、その理由とは
「お父さん、お母さん。こちらが、今お付き合いしている良助さんです」
日曜日の昼下がり。私は半年ぶりに、京都にある実家へ帰省した。
「よく来てくれた。良助くんは保井商事にお勤めらしいね。菜々、優秀な彼でよかったな」
関西の大手通信会社で役員をしている父と、専業主婦の母。1人娘として育てられた私は、昔から父に「しっかりした男と結婚しなさい」と言われ続けてきた。
だけど、今まで私は“しっかりした男”とばかり付き合ってきたわけではない。良助と出会う前に付き合っていたのは、小さな劇団で夢を追いかける5歳上の誠也だった。
彼を知ったキッカケは、父の机に置いてあった1枚のチラシからだ。
「誰これ、カッコイイ…！」
舞台告知のチラシの中で、笑顔を振りまく誠也。彼は劇作家にもかかわらず、どの俳優よりもイケメンに見えた。
― この人に会ってみたい。
私はこっそりチケットを買うと、誠也が手掛ける舞台を見に行った。そしてルックスだけでなく、彼の作り出す斬新で痛快な物語の虜になったのだ。
それから私は、誠也が脚本を担当した舞台はすべて観劇。猛アプローチの末、彼と付き合うことになった。
しかし誠也は、何年経っても売れない劇作家から抜け出せなかったのだ。そんな彼を厳格な父に紹介することは、到底できなかった。
結局私は、将来性のない誠也に見切りをつけて別れ、良助と付き合うことを決めたのだった。
そんな過去を思い出していた、そのとき。ふいにスマホが震えた。
誠也：来月、大きな舞台決まった。
2年ぶりのLINEに、ドクンと心臓が高鳴るのを感じる。添付されているリンク先は、1,000人以上の観客が収容できる大劇場だ。
私は咄嗟にスマホを裏返すと、動揺を隠すようにコーヒーをすすった。
「菜々、どうしたの？」
母が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
「なんでもない…」
私は高鳴る心臓を押さえ、作り笑いを浮かべた。
元カレを忘れられない菜々だったが…
「いいご両親だったな」
帰りの新幹線内で、窓の外を眺めながら良助がつぶやく。
「よかった。うちの両親も良助のこと気に入ったみたい。特にお父さんが…」
私の言葉を聞いて満足げに微笑んだ彼は、シャネルの時計に目をやりながら「東京についたら一杯飲まない？」と言う。
「ごめん。月曜日の打ち合わせ資料、まだ作ってなくて…」
イベント運営会社の企画チームで働いている私。給料は良助の半分にも満たないが、やりがいを感じている。
「わかった。菜々も大変だな、無理しないで」
私の頭を撫でながら、良助が優しい言葉をかけてくる。
「ありがとう。でも仕事は楽しいの」
「そっか、遊びみたいな仕事だもんね。でもツラくなったらいつでも辞めていいんだからね」
― 遊びみたいな仕事、か。
わかっている。良助は悪気があって言っているわけではない。でもそう言われるたびに、私は深く傷ついていくのだ。
…そして2年前のあの日のことを、無意識に思い出してしまうのだった。
◆
「そんな遊びみたいな仕事、今すぐ辞めなよ！」
下北沢にある誠也のアパートで、私は彼に向かって大声で叫んだ。
「遊び？…俺は、本気でやってるんだよ！」
「でも、こんなお金にならないこと、いつまで続けるつもりなの？」
私の言葉に一瞬黙り込んだ誠也は、絞り出すようにこう言った。
「いつか1,000人のお客さんが入る劇場で、必ず上演するから。それまで待っていてくれないか」
私を見つめる誠也の目には、今にも零れ落ちそうなほど涙がたまっていた。…でも私は、彼を待つことができなかったのだ。
28歳になった私に、両親はことあるごとに「結婚は？」と聞くようになっていた。
立て続けに友人たちが「結婚と恋愛は別だ」と言って、たいしてカッコよくない高収入男性と結婚したことも、別れを後押しした。
「ごめん。誠也のことは大好きだけど、待てない」
そう言って私は、泣きながら彼のアパートを飛び出したのだった。
そして友人の紹介で出会った良助と、結婚を前提に付き合い始めた。…誠也を好きなまま。
◆
我に返ると、良助が私の顔を心配そうに見つめていた。
「菜々？大丈夫？」
「あ、ごめんごめん！ぼーっとしちゃって」
「…来週さ、俺の両親に会ってくれないかな」
その言葉に深く頷くと、良助の手をギュッと握る。同時に、新幹線が東京駅に到着した。
「じゃあ、仕事頑張って」
「うん。今日はありがとう」
― 誠也のことは完全に忘れよう。
そう決意し、誠也からのメッセージを削除しようとした、そのとき。電話が鳴ったのだ。
菜々に電話をかけてきたのは…？
それは、母からだった。
「あれ、お母さん？どうしたの？」
「…菜々に言っておきたいことがあって。良助さんとは、もう結婚するのよね？」
「うん。お母さんとお父さんみたいに、仲のいい夫婦になれればいいな」
すると一瞬、沈黙が流れる。そして母は思わぬ言葉を口にしたのだ。
「…お父さんと離婚しようと思ってるの」
「え！？」
思いがけない告白に、スマホを持つ手が震える。
「ずっと前からお父さんとは話し合っていたんだけどね。菜々がお嫁に行くまでは、離婚しないでおこうって」
「…なんで離婚するの？あんなに仲良かったのに！」
私の言葉に、母が電話口で大きく息を吸い込んだのがわかった。そしてゆっくりとこう言ったのだ。
「お父さん、再婚するのよ。…あの人、東京出張多いでしょ？でも本当は、女の人に会ってるの」
“あの人”と、母から急に発せられた他人行儀な父の呼び方に動揺する。その後、母が語った衝撃の事実に私は唖然とした。
今から30年ほど前。
東京の大学に通っていた父は、結婚して息子がいる女性と付き合っていた。そしてその女性のことを愛したまま、母とお見合いで結婚したという。
「その女性がね、息子が自立したからって、最近離婚したんだって。私たちも菜々が結婚したら、別れようって話し合ってたの」
「なんで…。それを今、言うの？」
すると母は、間髪入れず「菜々に幸せになってほしいから」と言った。
「結婚は一番好きな人とするのが大事なのよ」
母の言葉に、私は削除しようとしていた誠也からのメッセージを見つめた。
◆
1ヶ月後。私は誠也に会うために、劇場へと向かっていた。
1,000を超える観客席がある大きな劇場の中心で、出演者とともにスポットライトを浴びる彼。
終演後、私はロビーまで出て挨拶している誠也の姿を見つけた。2年前とちっとも変わらない、少し猫背で細身の彼。
彼に駆け寄ろうとした、そのとき。肩を寄せ合って歩いている男女が、誠也に近づいた。
「おめでとう誠也。夢が叶ったわね」
「母さん！見に来てくれてありがとう。ごめんね、今まで苦労かけて…」
そう言って誠也は、彼の母親と思しき女性を抱きしめている。
― お母さんはずっと誠也を支えてきたんだ。
思わずもらい泣きしそうになりながら、その様子を眺める。すると私と同じように、2人を愛しそうに見つめている男性が目に入った。
「えっ、嘘でしょ…！？」
私はその場で、膝から崩れ落ちそうになった。
…よく見るとそれは、私の父だったのだ。
▶前回：男と一緒に住んでいながら、御曹司との結婚をたくらむ29歳女。予想を遥かに上回る、その理由とは
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