ダイソンの掃除機のテレビCMは極めてシンプルだ。派手な演出はなく、淡々としたナレーションで製品の特徴を伝える。どんな意図があるのか。ダイソンでフロアケア製品開発部責任者を務めるウィル・カーさんは「購入を促すことはしない。製品の素晴らしさに納得いただいた方にだけ販売するのを心がけている」という――。

■日本で成功すれば、世界で成功できる

ダイソンは1993年に、創業者のジェームズ・ダイソン氏によって設立された。日本へは1998年に進出し、長年にわたって唯一無二の革新的な製品を市場へ根付かせている。

写真提供=ダイソン
ダイソンでフロアケア製品開発部責任者を務めるウィル・カーさん - 写真提供=ダイソン

同社は当初から、日本を「特別な国」として位置付けていたという。

日本人が作る手の込んだ工芸品や、新しいテクノロジーに惹かれる国民性など、日本ならではのものづくりに対する美学に、敬意と尊敬の念を抱いていたそうだ。

かくいう創業者のダイソン氏も、ホンダの自動車やソニーのウォークマンに憧れを抱いており、日本人の製品に対する期待値の高さを感じていた。こうしたことから、「日本で成功すれば、世界での成功につながる」という考えのもと、日本人にも受け入れられる製品を生み出すためのイノベーションが加速していった。

■あの限りなくシンプルなCMには理由がある

ダイソンの代表的な製品といえば掃除機だ。

世界で初めてサイクロン式掃除機を開発し、吸引力の持続性や紙パック不要の利便性に長けた製品力で、日本でも定番の製品になっている。

特に、ダイソンの掃除機がセンセーションを巻き起こすきっかけになったのが、2006年のテレビCMである。

女性が淡々と製品のテクノロジーに対するこだわりや優位性をナレーションし、最後に「吸引力の変わらないただひとつの掃除機」というキャッチフレーズを述べる内容は、大きな話題を呼んだ。

他社と差別化したテクノロジーやデザインに関して、「お客様へわかりやすく説明しながらコミュニケーションを図っていくことを重要視している」とカーさんは話す(写真提供=ダイソン

女優やタレントを起用せず、あえてシンプルに製品の良さだけを伝えるCMにしているのは、「派手な演出で声高に製品力をアピールし、押し売りをするのではなく、あくまでダイソンの製品を知ってもらうため」と、ダイソンでフロアケア製品開発部責任者を務めるウィル・カーさんは話す。

「お客様に無理やり購入を促すのではなく、丁寧に説明して製品や技術力の素晴らしさに納得いただいた方だけに販売するのを心がけています。ダイソンの製品を使うメリットを実感してもらうため、大型量販店や直営店では専任のスタッフを配置し、製品のデモやスペックの解説、購入前のタッチ&トライなどを行っているのです。このように、ダイソンが他に類を見ない製品力やスペックを兼ね備えていることを、お客様へ真摯に伝え、ニーズに応えられるよう努めてきたからこそ、日本市場に受け入れられたと考えています」

■営業担当ではなく、エンジニアが製品力を伝える

テレビCMはあくまでも製品を伝えるための手段であり、他社との差別化ポイントであるテクノロジーに裏打ちされた製品力を消費者に知ってもらう内容に特化しているわけだ。

また、ダイソンの製品が高価格帯なのは、科学的アプローチをもとにテクノロジーを結集させているからであり、そのぶん高付加価値を提供することができるという。

こうした製品のユニークポイントを、コマーシャルチームやセールスチームではなく、技術者であるエンジニアが前に立って対外的に説明するのも、ダイソンの特徴だ。

ダイソンは現在、世界中で数多くのエンジニアや科学者、研究者を率いていて、研究開発費に莫大なコストを投じています。それは、我々が常に革新的なテクノロジーにこだわり、世の中にまだないような常識を覆す製品を生み出そうと考えているからです。ゆえに、営業担当者が先頭に立って製品を売り込むのではなく、技術志向に寄せたコミュニケーションを意識し、一貫したブランドメッセージをお客様へ届けることを長年行っているのです。

まだお客様が気づかない潜在的なニーズを捉え、研究開発を進めていく。そして、そこで生まれた新しいテクノロジーはどんなものなのかを、お客様へ伝えていく。テレビCMでも、冷静に、優しい口調で製品のメリットを語りかける描写は今も昔も変わりません。こうしたダイソンらしさを徹底して貫いてきたからこそ、確固たるブランド力を築けてこられたと思っています」

■非上場だからイノベーションを生み出しやすい

しかし、イノベーションはそう簡単に起こせるものでもない。

「言うはやすく行うは難し」というように、革新的でインパクトの出せる製品を開発するのは、一筋縄ではいかないだろう。

カーさんは、イノベーションの創造について「イノベーションは、お客様からのフィードバックから生まれるものではなく、飽くなき探究心と情熱を持ち続けることで生まれる」と説明する。

「お客様からいただいたフィードバックをもとに、小さなユーザー体験の改善や製品をアップデートさせる体制は当然ながら整っています。ただ、お客様の意見を反映し、製品を良くしていくだけでは真のイノベーションは生まれません。時代とともに進化するテクノロジーを深く研究したり可能性を探求したりする。そして、そこから画期的なアイデアを見出していくことが重要なわけです。ダイソンは非上場なので、株主の意向に沿うことなく、自分たちが追求したいテクノロジーの方向性を定めることができることから、イノベーションが生まれやすい土壌があると言えます」

写真提供=ダイソン
2021年5月に発売されたダイソンのコードレス掃除機「Dyson V12 Detect Slim」。世界各地で研究開発に取り組む370人のエンジニアが携わったという - 写真提供=ダイソン

■過去にとらわれず、投資を惜しまない気概が必要

これまで、ダイソンは独創的で斬新な製品をたくさん販売してきた。「ブレイクスルーを起こすには『冒険心』が大事になってくる」とカーさんは続ける。

「まだ見ぬイノベーティブな製品がヒットするかどうかはある種、賭けのようなものであり、当然大きなリスクも背負うことになります。それでも、エンジニアや科学者などの英知を集結させることで、現場から素晴らしいブレイクスルーが生まれると思っています。過去の経験則にとらわれたり失敗を恐れたりせず、投資を惜しまない気概が非常に大切だと言えるでしょう」

写真=筆者撮影
Dyson V12 Detect Slimには、レーザー技術で微細なホコリを可視化し、目に見えないゴミも吸引する最新技術が搭載されている - 写真=筆者撮影

■掃除機開発では5127回の試作を繰り返した

創業者のダイソン氏はサイクロン式の掃除機を開発するために、5127回もの試作を繰り返した。

試しては失敗し、時に打ちひしがれる思いを経験しながらも、やり方を変えて何度もアプローチしていく。

すぐに形にならずとも、諦めずに失敗から学んだことを糧に、研究開発をしていくダイソン氏のスピリットが、今もなお開発に携わる社員たちに脈々と受け継がれているのだ。

サイクロン式掃除機で日の目を見たダイソンのテクノロジーは、その後も空調家電やヘアケア、照明などの製品にも応用され、消費者の裾野を広げてきた。

画像提供=ダイソン
コロナ禍で需要が高まっている空気清浄機。左から「Dyson Purifier Humidify+Cool Formaldehyde 加湿空気清浄機」と「Dyson Purifier Humidify+Cool 加湿空気清浄機」 - 画像提供=ダイソン

まさにエンジニアリングカンパニーたる姿勢は、今後も変わることはないだろう。

最後にカーさんへ今後の展望について伺った。

「ハイスペックで効率性が求められる今、時代のニーズに合った製品を開発していくのはもちろん、継続的なテクノロジーの探求や実装を行っていくことが大事だと思っています。テクノロジーの発展のスピードは目覚ましく、最先端のAI技術やセンシング技術をうまく組み合わせ、自動で操作ができるような機能も搭載できるようにしていければと思っています。コロナ禍で消費者志向が変わり、ライフスタイルが多様化していますが、お客様の求めるユーザー体験を意識しながら、今後も研究開発に尽力していく予定です」

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古田島 大介(こたじま・だいすけ)
フリーライター
1986年生まれ。ビジネス、ライフスタイル、エンタメ、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている。
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(フリーライター 古田島 大介)