「仕事がダメなら、子どもを産むしか…」港区女が招いたミス【パーフェクト・ウーマン vol.3】
港区、千代田区、中央区、渋谷区、新宿区。
通称「都心5区」。このエリアは、東京でもずば抜けて不動産価値が高い。
日本の高級住宅街を抱えるこのエリアに住めるのはもちろん、“選ばれし者たち”のみ。
そこに選ばれた女たちは、男、仕事、年収、プライベートも“すべて”手に入れたいと思っている。
尽きることのない欲望を持つ女たちは、白鳥のように美しくあろうと足元でもがき続けているのだ。
File3. 理子、港区在住。「京大卒の外資金融」の私は、誰にも負けないはず
金曜日の夜。赤坂。
港区・溜池山王に住む理子は、夫の賢司と『エッセ ドゥエ 赤坂店』にいる。
コロナ前、平日夜は同僚との飲み会や会食が入ることが多かったため、夫婦でレストランに行くのはもっぱら週末だった。
しかし、コロナ禍でそういった集まりが減り、平日でもこうして夫婦で外食できるようになったのだ。
「やっぱりここのマルゲリータ、最高よね〜！」
そんな他愛もない会話を、目の前にいる5歳年下の夫・賢司としている理子。
仕事に便利という理由から、東京のど真ん中である港区に住んでいる。こうして平日の夜に夫婦仲良くレストランで食事する姿は、幸せそうな夫婦に見えるだろう。
理子自身、週に2回はプライベートジムに通い、今年で36歳になるとは思えないほどスレンダーな体形を維持。だから、賢司と変わらない若々しい見た目を保っている自信がある。
しかし、理子はいつもこう思っていた。
― なぜ、私は何かが満たされないのかしら…。人が欲しいと思うものは何でも手に入れてきた。もっと私は自分に満足していいはずなのに。
心の奥底で、いつもこうして不満を抱えていたのだった。
理子の不満の原因とは…？
京大卒なのに、仕事でイマイチ評価されない
理子は京都大学法学部を卒業後、日系のメガバンクに入行。社会人4年目に、外資系金融への転職を果たした。
プライベートでは、数年前にメガバンク時代の先輩と1回目の結婚。しかし、家庭のことを理子に任せたかった結婚相手とは価値観がまったく合わず、結婚生活はわずか1年で破綻した。
離婚が成立した時にはすでに外資系金融に勤務していたため、離婚というプライベートな出来事が職場に影響することはなかった。
しかし、時代錯誤も甚だしい元夫への怒り。そして、そういった元夫の考えを見抜けなかった浅はかな自分への後悔…。
「勝ち続きの人生」と信じて疑わなかった理子の心は、この離婚で大きく傷ついたのだった。
― もう2度と、あんな思いはしない。1日も早く、居心地の良い相手と再婚してみせる！
離婚という痛手は、理子を猛烈な婚活へと動かした。
外資系金融という自身の高年収を売りにして、ある程度コントロールしやすい年下男性との再婚にこぎつけたのだった。
理子がなぜ、そこまでして再婚したかったのか。
それは「自分の人生が完璧である」ということを、周りに誇示したかったからに他ならない。
しかし、京大卒という学歴、港区の住まい、年下の夫…これらをすべて手に入れたのに、理子の心はまだ満たされないままだった。
その理由は、実は理子自身が一番理解していた。
◆
理子の心が満たされない理由。
それは、一番時間を割いている仕事での評価が思わしくなかったからだ。
京大卒、1社目のメガバンク。自分がエリートである自負はもちろんあったし、転職した当初から、誰よりも早く上位職のマネージングディレクターになりたいと思っていた。
しかし、そこは外資系金融。ハーバード、イェールといった海外の名門大学を卒業した優秀な社員が数多く存在する環境だ。
そんな中で、英語がネイティブでない時点で理子にはハンデがあった。さらに、日本企業育ちで自己アピールも苦手。社内での存在感をいまひとつ出せない状況が続き、自分より偏差値の低い早慶卒の同僚にも出世で先を越されてしまう有様だった。
そんな状況で、理子はこんなふうに考えるようになっていた。
― 仕事での評価が得られないなら…せめて子どもでも？そうよ、子どもを産みさえすれば、この不足感ともサヨナラできるかもしれない。
仕事での満たされない承認欲求を解消するべく、欲しくないからいいやと思っていた子どものことも考えるようになった理子。
食事中、賢司にこう相談を持ち掛けた。
「ねぇ、そろそろ…子ども、どうかな？」
「どうしたの、いきなり？」
賢司は驚きを隠せなかった。
というのも、賢司は子どもを欲しいと思っていたが、理子に遠慮してその話題には触れないようにしていたからだ。
「どうって…。何かあったの？」
「いや、何もないよ！賢司も子ども欲しそうだし、考えようかなって」
― せっかく子どものことを切り出してあげたのに、何よこの反応。もう少し喜んでもいいじゃない…。
賢司が喜ぶと思って話を切り出したのに、思ったような反応を得られず、理子は思わず心の中で毒づいた。
こうして、夫婦の間に微妙な空気が流れるまま、2人は『エッセ ドゥエ』を後にしたのだった。
理子にとって、子どもの存在とは…
1ヶ月後の金曜日の夜。
「あのさ、子どものことだけど…」
こう切り出した賢司に、理子は面食らった。
― あ、そういえばこのあいだ、子どものことを賢司に相談したんだった…。
理子は、ちょうど先週プレゼンした提案がうまく運び、仕事での充実感を得ていたタイミングだった。賢司に子どもについての相談をしていたことなど、すっかり忘れていたのだ。
「あ、あぁ…。そうね、子ども…」
こう曖昧な返事をする理子に、賢司は不機嫌さを隠さなかった。
「何その顔？自分から相談したのに、もう忘れたの？」
賢司は続けて言った。
「まぁ理子、最近仕事で忙しそうだったもんな」
― よかった…。私が忙しいことを賢司はわかってくれていたのね。
自分の状況を理解してフォローしてくれたと勘違いした理子は、あわててこう答えた。
「うん、そうなの。ちょっとここ最近、仕事でバタバタしていて…」
しかし、賢司からの返事は予想だにしないものだった。
「あのさ、子どものことって、仕事が忙しいかどうかで考えが変わっていいことなの？理子が子どもについてそんなに軽い考えで俺に相談するなんて思わなかったよ」
あまりに真っ当なことを言った賢司に反論する術もなく、理子は思わず目線を逸らしてしまう。
またしても2人の間に微妙な空気が流れ、しばらくして賢司はこう言った。
「ちょっと俺、外に出てくる」
時計を見ると、22時を回っていた。
― この時間から賢司は1人で飲みに行くのかしら…。それとも…？
妙な不安が頭をよぎるが、それ以上に、自分から切り出してしまった子どもの話にどう決着をつけようか、理子は悩んでいた。
もしかしたら、理子が仕事の不調ゆえに子どもの話を切り出したことを、賢司はお見通しだったのかもしれない。
しかし、それは将来の子どもだけでなく、今この目の前にいる賢司すら蔑ろにしていたのも同じたった。
― 彼はもしかしたら、私に愛想を尽かしたのかもしれない…。
理子は、賢司と再婚したことで、自分の理想に一歩近づいたと思っていた。
でも、自分の理想像を実現したいがために、そうやって結婚相手さえも1つの必要なアイテムとしか考えていなかったのだ。
― 私は、間違っていたのかもしれない…。
溜池山王のマンションの窓から、高速道路を走る車のライトをぼんやりと眺める。そのとき、理子は自分が何か大切なものを失ってしまうのかと思い、恐れを抱くのだった。
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