ラオウを覚醒に導いた男
根鈴雄次インタビュー 前編

(ラオウ杉本を覚醒させた「鬼ダウンスイング」コマ送り>>)

 ホームランを打つためには、バットを横ではなく、上から下に縦軸で振り抜く――。

 2001年、日本人野手初となるMLBの3A選手となり、メジャー昇格まであと一歩と迫った男の「鬼ダウンスイング理論」が注目を集めている。根鈴雄次氏は、従来の日本野球の指導とは異なるアプローチで、独自の打撃論を少年やNPB選手にも伝えている。

 その理論を体現する者が多いMLBに比べて、日本の指導現場では「確実性が下がる」と煙たがられてきたが、2018年オフから根鈴氏の道場で個人指導を受けるオリックスの"ラオウ"こと杉本裕太郎が昨シーズン覚醒。ホームラン王に輝いたことでその評価も変わり始めている。実際に昨オフには清宮幸太郎ら、複数のプロ野球選手が根鈴氏のもとを訪れた。

 そんな根鈴氏が考える好打者の条件とは。インタビュー前編では、杉本の覚醒秘話、NPBの注目打者を聞いた。


オリックス杉本(左)のフォーム改善を指導した根鈴氏

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――根鈴さんは単身渡米を経たあとの法政大学在籍時、3A時代から独自のバッテイング理論を提唱し、近年ではその理論を実践しているプロの選手も出てきています。

根鈴 最初の弟子は、現在カープで2軍の打撃コーチをやっている廣瀬純でした。その次がG.G.佐藤です。G.G.は「俺のほうが先です!」と言うかもしれませんけどね(笑)。僕の理論はメジャーでは当たり前なんですが、バットのヘッドを落として"縦に振る"スイング。バットの角度を上向きにしてボールを捉えることができ、打球に角度がつきます。

 これが、なぜか日本ではよしとされてこなかったんですが、ラオウさんや大谷翔平選手の活躍もあり、少しずつですが浸透しつつある。実際に高校野球でも、甲子園で上位進出する強豪校から、一部の打者の個別指導を頼まれる機会も出てきました。ただ、それぞれの選手の資質や、合う・合わないもあるので見極めも重要ですね。

――「バットを下から振る」ような形になり、どうしても「アッパースイング」とひとくくりにされてしまう傾向もありますね。

根鈴 正しい理解がされてないのが問題ではあります。当然アッパースイングにも、「いいアッパー」と「悪いアッパー」がある。「いいアッパー」は、スイングの際にバットの芯がボールの軌道上に入っている。一方で悪いアッパーは、バットの芯をボールの軌道よりも下げた状態から"打ち上げる"スイング。ラオウさんは昨季、高めのボールに強かったですが、それは下から打ち上げるスイングにならず、かつボールにしっかりと角度をつけることができたからだと見ています。

――杉本選手は4年前のオフから根鈴さんの道場に通うようになりました。当時と比べて、どんな変化があると感じていますか。

根鈴 あの恵まれた体ですから、スイングは当時からエグくて飛距離もありました。ただ課題も明白で、アウトコースのフォーシーム、スライダーを前で打とうとしすぎて、凡退するケースが目立っていた。そこで「体を大きく使って、(ボールにバットが届きやすい)キャッチャーに近いところでボールを捌いてみよう」と伝えました。バットのヘッドを落とすスイングにすれば、よりキャッチャーに近い位置で捉えられるので、フォームを見直すところから始めたんです。

 本人の性格もあり、根気強く段階を踏んでフォームを固めていきました。すると徐々に、外のボールに対して、遠心力を活かしてライト方向に大きな当たりを打てるようになった。あとは、高めの速いボールもきれいな縦軸のスイングで捉えるのが可能となり、打率も上がっていった。「3割打てたら、30本は打てる」とずっと思ってきたので、昨年はその通りになりましたね。


根鈴氏が実演した「縦のスイング」。インパクト時のバットが縦になっている

――結果的にホームラン王のタイトルを獲得しています。

根鈴 僕が考える好打者の条件として最初に思うのが、「ファストボールをいかにミスなく打てるか」ということ。メジャーで通用する選手と、そうでない選手の線引きはそこが一番明確です。ラオウさんの場合は、ストレートへの絶対的な強さがあって、昨年のパ・リーグでストレートの打率、長打率共に1位を記録しています。

 個人的には、アダム・ジョーンズ選手との出会いも大きかったと思います。あれだけの経験値があるバッターを間近で見られたことで、打撃の引き出しも増えていった。あとはオリックスの首脳陣が、ラオウさんの新しいスイングを変にいじらず、我慢して起用したのも大きい。社会人のドラフト10位でしたから、他の球団だったらもっと早く見切られていたかもしれませんよね。本人も毎年、「いつクビになってもおかしくない」と危機感を持っていました。

――今季はマークも厳しくなると思いますが、ラオウさんにどんな期待をかけていますか?

根鈴 1年間チャンピオンチームの4番を任された経験が、より活きてくると思いますね。あえて課題をあげるなら、技術的なところよりは精神的な部分でしょう。ラオウさんは本当に真面目で、ちょっと生真面目すぎるところもある。昨季もオールスター前に少しナーバスになっていた時期もあった。そういう部分が顔に出てしまうので、そこだけ改善されてくると、もっと打席での雰囲気も出てくると思います。

――杉本選手以外で、根鈴さんから見て理想的なスイングをしているNPBの選手はいますか?

根鈴 柳田悠岐選手はメジャーで主流のスイングをしているな、と感じます。私はバットを縦に振る、ということを「鬼ダウンスイング」と銘打っています。MLBのホームラン王を争うような選手の多くは、このダウンスイングです。阪神の佐藤輝明選手も、柳田選手に近い打ち方ですね。

 特に柳田選手は、高めのファストボールに対してもいい角度でバットが入っています。あと、技術的には吉田正尚選手は理想的なバッターです。三振が少なくて、率も残せる。決して体は大きくないですが、フルスイングを続ける体力もあり、フルスイングの内容に意味がある。メジャーでどれだけやれるか見てみたい選手ですね。

――柳田選手、吉田選手も体を大きく使ったフォロースルーも目立ちます。

根鈴 2人のスイングのことを、よく「フルスイング」と表現するのを見ますが、フルスイングって当たり前のことなんですよ。それを強調とするのは日本野球のよくない部分だと感じています。メジャーだと、当たり前のようにみんなフルスイングしてますからね。

 特筆するべきは、柳田選手も吉田選手もその質が高いため、打率も残せるということです。特に吉田選手は、手を離すようなフォロースルーで豪快さばかりが注目されますが、「読みの技術」も合わさってかなり理に適ったスイングになっている。たぶん、高度な投球技術を持ったマー君(田中将大)のような投手のほうが、読み通りにボールがくることが多いでしょうから、吉田選手にとってはやりやすいんじゃないですかね。

――柳田選手と自主トレをした清宮幸太郎選手は、オフに根鈴さんの野球塾「根鈴道場」のもとを訪れています。

根鈴 清宮選手の場合は、「相当な危機感を持っているな」と感じました。今年はキャンプから顔つきが変わってきています。ただ、本人に伝えたのは「ラオウさんでも3年かかった」ということ。"石の上にも三年"という言葉がありますが、どれだけ根気強く続けられるかでしょう。

 清宮選手はラオウさんと同じく「前で打つ」という意識が強すぎて、どうしても体が前に突っ込んでしまう癖があったので、それを補うために打撃フォームも大幅に変えたんじゃないかと見ています。昨オフはいろんな選手が道場に来てくれましたが、一番熱心だったのが清宮選手。そういう意味でも、今季の清宮選手には注目してます。

――ここまでに挙がった名前以外で、今季のNPBで注目している選手はいますか?

根鈴 今年はルーキーがいいな、とひそかに注目しています。特に楽天の安田悠馬選手と、中日のブライト健太選手はスケールの大きさを感じます。あれだけ体を使ってバットを振れるルーキーはやはり楽しみですよ。単純に飛ばす力があり、身体能力も高いですね。近年ではこういうタイプの打者も評価されるようになっている。私は高校野球の打者を見ることもあるんですが、日本の打者のレベルは相対的に上がってきていると感じています。

――今のNPBの選手の中で、鬼ダウンスイング理論がマッチングしそうな選手を挙げるなら?

根鈴 難しいですが、ひとり挙げるとするなら、中日の根尾昂選手ですね。理由は単純で、彼は投げても150キロを記録するし、スキーでも超一流と、身体能力がすごいじゃないですか。ラオウさんのように"ギフテッド"と言える能力が備わっている。

 下からバットを出して縦に振る、という技術は身体的な強さも必要とします。横のスイングよりも、縦のスイングはボールにバットを当てる"面"が広くなるわけですが、その分、最後は力で押し込むような感覚も必要です。トレーニングである程度は向上もしますが、フィジカル的な強さがないとこのスイングには合わない面もある。運動能力が高い根尾選手の縦スイングを見てみたいし、きっと合うだろうな、と感じますよ。

(後編:日本とアメリカの打撃理論の違い>>)

【プロフィール】
根鈴雄次(ねれい・ゆうじ)
1973年生まれ、神奈川県横浜市出身。大学卒業後、アメリカでトライアウトを受けてルーキーリーグから3Aまで昇格。計5ヵ国でプレーし、2012年に現役を引退。独立リーグでコーチを務めた後、2014年から野球塾で若手の指導にあたる。2017年に「根鈴道場」を立ち上げた。