お泊まりデートの当日、彼が待ち合わせ場所に現れなかった…。女が後から知った、酷すぎる理由
恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。
盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。
だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。
恋に狂った彼らのトラップに。
▶前回：早朝6時、年下彼女から突然の着信が…。電話口ですすり泣きながら懇願された、まさかの内容とは
2012年 3月29日
「友美さん、僕と付き合ってくれませんか」
世田谷線山下駅の近くにある小さなカフェで、竜人は切れ長の目を潤ませながら、そう言った。
社会人1年目で同い年だという彼は、半年前、ここで本を読んでいた私に声を掛けてきた。読書好きという共通点があった私たちは意気投合し、週末には同じ席で待ち合わせるようになったのだ。
「嬉しい。私も竜人さんが好き。ただ1つだけ、言っておかなきゃいけないことがあって…。私、外泊禁止なの。母との約束で、22時までには帰らないといけなくて」
私の母は、電車の中吊り広告で見ない日はない、エステグループの経営者だ。
プライベートでは結婚と離婚を繰り返し、私は2人目の夫との間にできた1人娘。三宿通りから1本道路を挟んだところにある、母子2人には広すぎる“脱毛御殿”で育った。
「男のせいでひどい目にあった」と語る母は、自分が認めた相手と結婚するまで、私が家を出ることを許さなかった。さらに30歳まで結婚してはいけないと、ありえない約束までさせていたのだ。
そんな話を、竜人は嫌がらずに最後まで聞いてくれた。
― 告白されただけなのに、結婚の話までしちゃった。引かれたかな…。
しかし竜人から飛び出したのは、思いもよらない言葉だった。
「じゃあ7年後の今日、結婚しよっか！30歳の誕生日に、このカフェでプロポーズする！」
そう言ってくれた彼の言葉が、本当に嬉しかった。
…だけど、その数ヶ月後。竜人は私の前から姿を消したのだ。さよならも言わずに。
彼が突然消えた理由
竜人が消えたのは、私たちが付き合い始めて4ヶ月ほど経った、ある週末のことだった。
その日は母が海外出張へ出かける日で、しばらく家を空けると言われていたのだ。そのことを彼に伝えると「なら、こっそり泊まりに来なよ」と提案された。
こうして私は、山下駅近くにある竜人のマンションへ行く約束をしたのである。
人生で初めての外泊。スーツケースを部下に運ばせる母の目を盗み、彼へLINEを送る。
友美：お母さんが出かけたら、いつものカフェに集合ね
竜人：おっけー！着いたら教えて
そのとき、いきなり背後から声を掛けられた。
「あら。友美、出かけるの？」
心臓が口から飛び出しそうになる。振り返ると、母がそこにひっそりと立っていたのだ。
「うん…。夕方には家に戻ります」
「留守中もしっかりお勉強しなさいね。食事は、系列店のシェフにデリバリーを頼もうと思っているんだけど」
「大丈夫。私もう23歳なんだから、放っておいてよ」
「何、その言い方。…あなたのためを思って言ってるの！」
― あなたのためを思って言ってる、か。
その言葉が重荷になり始めたのは、いつからだろう。服装や持ち物、勉強や学校選びまで全部言いなりになってきた私は、初めて母との約束を破ろうとしている。
母がレクサスに乗りこむのを確認して支度を始めた、そのとき。
「あれっ、スマホがない！」
さっきまであったスマホがなくなっていたのだ。どこかに置き忘れたのかもしれないと家中を探すも、見つからない。
そうこうしているうちに、竜人との約束の時間が近づいてくる。
「どうしよう…。とりあえず、向かわなきゃ」
私は最寄り駅へと駆け出す。山下駅で降り、いつものカフェへと向かったが、そこに彼の姿はなかった。
― ああ、マンションの場所まで聞いておけばよかったな。
諦めて携帯ショップへ向かい、代替機に交換する。そしてLINEアプリをダウンロードすると、画面に映し出されたのは、まさかの内容だった。
「えっ、なんで！？」
友達リストに竜人の名前がない。それに、朝までやりとりしていたメッセージもすべて消えていたのだ。
こうして彼と会うこともできず、連絡すら取ることができなくなってしまったのである。
それでも竜人を諦められなかった私は、いつか再会できることを信じてカフェに通い続けた。
週末はコーヒーと紅茶を交互に飲み続けながら、日が落ちるまで店内で過ごす。そして桜の花が散り、また雪が降るのを眺め続けた。
2019年 3月29日
それから時は流れた。私は母からの紹介で出会った、翔太と婚約。3ヶ月後には結婚を控えている。
彼の両親は、化粧品会社を経営しているらしい。つまり政略結婚だ。私は彼に対して一切の恋愛感情はなかったし、きっと翔太も同じだと思う。
そして婚約を機に、ようやく実家から出ることを許された私は、三宿にあるマンションで彼と暮らすようになったのだった。
でも「30歳の誕生日に、このカフェでプロポーズする！」と言ってくれた竜人の言葉を、私は今でも信じている。…私が本気で好きになったのは、彼だけだったから。
7年前の約束をいまだに信じているなんて、自分でもバカだと思う。でも、あのカフェに行かないという選択肢はなかった。
小さなカフェやインテリアショップが立ち並ぶ三宿通りを越え、世田谷線に乗り込み、山下駅へと向かう。
カフェに行くのは、およそ1年ぶりだった。竜人に会えるかもしれないと何度も通っていたが、婚約してからは足が遠のいていたのだ。
― 今日、もし竜人がいなかったら。もう彼のことは忘れよう。
そう自分に言い聞かせ、カフェの扉を開けた。
そこに竜人はいたのか…？
「えっ、嘘…！」
そこには、桜の木を眺めている竜人がいたのだ。
体型は少しふくよかになった気がしたけれど、その姿は私の記憶の中に生き続けた竜人そのものだった。一瞬にして思い出がよみがえり、涙があふれる。
「竜人、どうして…？」
「だって友美と約束したから。…ここ、座って」
変わらない切れ長の目で見つめられ、ドキドキと心臓が高鳴る。
「あの日、スマホをなくしちゃって。連絡できなくてごめん。それから何度もこのカフェに通ったんだけど、全然会えなくて…」
「…俺は、怖くて行けなかった」
そう言って竜人は、画面が割れている古いスマホを差し出してくる。
「何、これ…」
そこには、私が送信した記憶のないメッセージが残されていた。
竜人：大丈夫？今、どこにいるの？
友美：あなたには、もう会えません。あなたのような人と私は、釣り合わないと思います。もう私に近づかないでください
「これ、私じゃない！こんなメッセージ、送った記憶ないよ」
「俺もそう思ったよ、最初は。でもこれを見ても、そう言える？」
そこには、私が母の会社を継がなければいけないということ。そして、竜人には会社を任せられないことなどが書いてあった。
「これって、もしかして…」
焦る気持ちを抑えて、トーク画面を下にスクロールする。そして最後のメッセージを見た瞬間、息が止まった。
友美：竜人、あなたのためを思って言ってるの
― ああ。これ、お母さんが送ったんだ。
「竜人、行こう！ここから逃げよう」
私は彼の手を取り、走り出した。
2022年 3月29日
「お姫様は、こうして幸せに暮らしました。めでたしめでたし…」
私は母と縁を切り、翔太との婚約を破棄。竜人と結婚する道を選んだ。
彼にはすべてを話した上で、空白の7年を埋めるように何度も愛を誓った。そして、今年3歳になる娘の加奈子を授かったのだ。
「ママ、もっと！」
「ダメよ。1日1冊って決まりでしょう。さあ、お勉強しなさい」
…しかし、おとぎ話のように「めでたしめでたし」とはいかない。
結婚して幸せだったのは、最初の1年だけだった。ベンチャー企業で働く竜人の給料は少なく、今は2LDKで築28年の部屋に3人暮らしだ。
母の会社の手伝いしかしたことがなかった私も、最近はパートの求人情報に目を凝らすようになっていた。
「加奈子、どうしたの？ひらがなドリルは？」
「やらない〜」
「何言ってるの！ちゃんとした学校に入って、自立した人にならないと、お父さんみたいになっちゃうわよ」
すると加奈子が目に涙を浮かべて「ヤダ！やりたくない！」と騒ぎ出す。私は反発してくる娘に向かって、咄嗟にこう叫んでいたのだった。
「何、その言い方。…あなたのためを思って言ってるの！」
▶前回：早朝6時、年下彼女から突然の着信が…。電話口ですすり泣きながら懇願された、まさかの内容とは
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