インスタのコメント欄が炎上するのを見て、微笑む女。SNSに依存する心の闇
いまや私たちの日常に溶け込んでいるSNS。
InstagramやYouTube、Twitterなど、とても便利で面白いツールだが…。
そこには、とんでもない“ヤバイ世界”が潜んでいる可能性も。
SNSの沼にハマった女たちに待ち受ける衝撃の事件と、その結末は…？
◆これまでのあらすじ
インフルエンサーのキャスティング会社に勤める優樹菜（29）は、大学時代、同じ学部だった地味な同級生・真美子がフォロワー15万人超えの人気インスタグラマーになっていたことを知る。嫉妬心を燃やした優樹菜は、自身もインスタグラマーとして成功しようと本気でInstagramを運用し始めるが…？
インスタグラマーとして成功したい女〜優樹菜（29）の場合〜【後編】
「優樹菜さん、もう入社して10年とかそこらでしょう？こんな初歩的なミスして…」
私は上司からの叱責に「すみませんでした」とそっけなく謝る。
内心、「10年じゃない、8年目だし」とツッコミを入れて、自分のデスクに戻った。
今日は、1ヶ月ぶりの出社日。
コロナをきっかけにほぼ完全リモートに移行したため、基本的に、月末の締め日だけオフィスに行く。
そんな久しぶりの出社早々、私は上司に呼び止められ、とりとめもないミスをあたかも大きなミスであったかのように誇張され、お叱りを受けた。
「優樹菜さん…大丈夫ですか？あんなの、ミスでもなんでもないですよ。気にしない！」
そう励ましてくれたのは、隣の席に座る2つ年下の後輩・真緒ちゃん。
久々に人と話しながら働けることがよほど嬉しいのか、マスク越しでもわかる満面の笑みだ。
真緒ちゃんは「あ！」と何かを思い出したように、話しを続けた。
「そういえば、優樹菜さん。3ヶ月ちょっとで1万5千人もインスタのフォロワー増やしたなんて、すごいですね！」
「まあ、インスタの勉強になればと思って開設したアカウントなんだけどね。暇つぶし程度にアップしてただけで、まさかこんなにフォロワーが増えるとは思わなかったよ」
それだけ答えて、私はPCに向き直った。
本当は内心、インフルエンサーとして成功を掴みたいという野心を燃やし、かなり計画的に、そして本気で運用している。
しかし今、アカウントのフォロワー数の伸びは鈍化しているし、コメント数も減ってきている。明らかにインスタの運用に行き詰まっているのだ。
そんな現状や、自身の心の内を後輩に知られるのは、なんだか恥ずかしいし、面目が立たない気がした。
「あ、そういえば、優樹菜さんってmamicoと同級生なんですか？」
“mamico”というワードに、思わず体がビクッと反応する。
フォロワー数15万人を誇る、顔出しなしのファッション系インスタグラマー・mamicoは、私の大学時代の同級生だ。
私は「うん」とだけ、愛想なく返事をする。
「いま、私がやっているA社のコスメ案件でmamicoを起用してるんですけど、慶応大学経済学部卒の29歳って聞いて、優樹菜さんと同じだなと思って」
「……よく知らないけど、そうみたいね。彼女とは、大学時代そんなに面識はなくて。地味なグループの子だったし」
「え〜そうなんですね。優樹菜さんがmamicoと仲良かったら、今後もオファーしやすくなるかなって思ったので」
私は心の中で「なるほど」と、真緒の言葉に納得した。
優樹菜が真緒の言葉に納得した、その真意とは…？
真美子には対抗心をを持っていたが、うまく取り入ることができれば、仕事にも、そして自分のInstagramにも確実にメリットがある。
私はインフルエンサー用の表のアカウントにログインして、真美子のInstagramに飛んだ。
『久しぶり！ 大学で同じ学部だった優樹菜だよ。覚えてるかな？
実は私、いまインフルエンサーキャスティングの会社にいて。A社のコスメ案件で真美子にお世話になってるって、後輩から話を聞きました。ありがとう！
今度ランチでもどうかな？』
DMを送信して、mamicoのアカウントをフォローした。
◆
真美子へDMを送ってから3日後。彼女からようやく返信があった。
しかし、その内容を見て、私は愕然とした。
『A社のコスメ案件でお世話になっているのは確かですが、すみません…優樹菜さんのこと、存じ上げないです』
いや、絶対にそんなはずはない。
私は、心の中で自分に強くそう言い聞かせる。
たしかに、うちの学部は1学年で1,000人以上もの学生がいたし、4年間全くしゃべることがなかった人もざらにいる。真美子とも、一度も話したことはなかった。
でも、ミスコンやモデル活動などを通して、私は明らかに目立っていたはずなのに…。
自分の顔が、次第に熱を帯びていくのを感じた。
― 私って、そんなに存在感なかったかな。
学生時代からずっと、私は誰かに認めてもらいたくて懸命に頑張っている。でも、成果が出てないし、私の心はまったく満たされていない。
一方で、真美子は15万というフォロワーに認められている。
その差を見せつけられたようで、苦しくなった。
私はおもむろに、真美子のアカウントを開き、狂ったように彼女の投稿を遡った。
そして、真美子にアンチコメントを書くためだけに作った裏アカウントから以前、コメントをした投稿に辿り着く。
私の投稿したアンチコメントには、知らないうちに何十件もの「いいね」がついてるうえに、私のコメントに返信する形でアンチコメントが連なって、予想外の盛り上がりを見せていた。
それを見た瞬間、なんとも言えない快感を覚える。
私は約2週間ぶりに、“秘密の裏アカウント”へログインした。
「裏アカを使うのは一度きり」と決めていた。が、また誰かに注目してもらいたくなってしまったのだ。
『mamico、相変わらずセンスのない投稿ですね。これでフォロワーが15万人もいるなんて…。本当はフォロワーを買ってるんじゃないですか？』
私は迷いなく、投稿ボタンを押した。
ある日曜日。
『and people ginza』で友人のバースデーを祝い、映える写真をたくさん撮影できたので、久々にインフルエンサー用のInstagramを更新した。
しかし、1時間経っても2時間経っても、「いいね」数が伸びないうえコメントもなく、がっくりする。
せっかく時間をかけていい写真を撮ったのに。これでは、運用し続けるモチベーションが保てない。
― 真美子はその日のコーディネートを載せるだけでバズるのに…。
行き場を失った虚しさから、私はmamicoののページに飛びアンチコメントを書き込む。
もはや、罪悪感はない。モヤモヤをスカッとさせるには、この方法しか思いつかなかったから。
『まだアカウント消してないんですか？ 根性図太いですね。きっと昔から性悪だったんでしょうね』
タタタッと打ち込み、スマホを伏せる。
今日はもう疲れたし、SNSを見るのはやめて寝よう…。そう思い、目を閉じた。
「なんでこんなことに！？」優樹菜の悪行がバレたワケは…
「な、なに…これ…」
翌朝、目が覚めてすぐスマホを手に取ると、ホーム画面にInstagramからおびただしい量の通知が届いていた。
何事かとすぐにInstagramを開くと、昨日私が“表アカウント”からアップした投稿にコメントが大量に寄せられている。
それに、まったく知らないアカウントからDMも…。
恐る恐る、コメントに目を通す。
『mamicoに粘着して嫌がらせするなんて最低』『自爆するあなたのほうがセンスないと思うけど（笑）』などといった、誹謗中傷の言葉ばかり並んでいる。
― なんで、私がmamicoにコメントしているのがバレてるの…？ まさか…！？
私は大慌てでmamicoのアカウントに飛び、昨夜、自分が書き込んだアンチコメントを確認する。
― しまった…！ アカウントを切り替えずに、コメント書きこんじゃったんだ…。
裏アカで書いたつもりだったmamicoに対するアンチコメントには、私の表アカウント名が表示されていた。
私はすぐさまコメントを削除したが、時すでに遅し。
過去のアンチコメントも私が書いたものだろうと、真美子のファンたちが鋭く指摘しており収まりがつかなくなっている。
私は、必死に言い訳を考えて、表アカウントからのストーリーに『アカウントが乗っ取り被害にあった』と投稿する。
しかし、そんな苦し紛れのウソを誰も信じるわけもなく、さらにコメント欄が炎上。
― こうなったら、すべてのアカウントを削除して、なかったことにするしかない。
削除ページに飛ぼうと思った瞬間、画面が切り替わり、スマホがブルブルと震えた。
電話だ。
画面に表示されていたのは、直属の上司の名前だった。
嫌な予感に身震いしながら、私は電話に出る。
「お疲れさまです…」
『確認させてもらいたいんだけど、あのInstagramのアカウントは優樹菜さんよね？』
すべてを知っているかのような断定的な言葉に、背筋が凍る。
スマホを持つ手は震え、冷や汗が頬をつたった。
『さっきmamicoさんから、“そちらの社員にコメントで誹謗中傷を受けていて、現在進行中のA社の案件はもちろん、今後一切、取引はしたくない”と連絡があったらしいの。
今、A社を担当している真緒ちゃんが懸命に謝罪して、なんとか説得してくれてるわ』
上司は私に心底あきれたとアピールするように「はー」と深いため息をつき、続けた。
『どっちにしても、今後mamicoさんといい関係を築くのは難しいでしょうね。
インフルエンサーなんか腐るほどいると思っているかもしれないけど、mamicoさんのように、フォロワー15万人を抱えて、どんな案件にも真摯に取り組んでくれる人材がどれほど貴重か。
あなたならわかるでしょう？』
私は、返す言葉が見つからない。
ただ、注目されて、誰かに認められたかっただけ。思い返せば、真美子に執着していたわけでもなくて、対象は誰でもよかったのかもしれない。
後輩の真緒、そして会社にまで迷惑をかけてしまった事の重大さを、いまさらながら痛感した。
だが、もう取り返しがつかない。
『とりあえず今日17時に、この件に関して緊急会議を入れたから、出社するようにして。
それと、会議までに経過報告書をまとめること。絶対に噓偽りなく、状況を詳細に』
上司は語気を強めて、言い放つ。
私は蚊の鳴くような声で「はい…」と返事をして、電話を切った。
私は呆然としながら、PCを開いてワードを立ち上げる。
震える指で『インフルエンサーmamicoとのトラブルに関する経過報告書』と入力した。
手元に置いたスマホは、依然として通知が鳴り止まない。
皮肉にも、今まででの投稿で1番“バズっている”ことは確かだった。
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