誹謗中傷の犯人と直接対決。驚きの犯行理由とは？【悪いのは、アナタ vol.9】
愛しい我が子の育児と、やりがいのある仕事。
多忙ながらも充実した日々を送る、働くママたち。
…けれど、そんなキラキラした“ママ”たちの世界には、驚くほど深い嫉妬と闇がうずまいているのだ。
ある日、1人の幸せな女性に、得体の知れない悪意が忍び寄る―。
悪いのは、一体ダレ…？
◆これまでのあらすじ
幸せな日々を送っていた北山麻紀だったが、自身の会社のSNSへ届く誹謗中傷や保育園でのウワサに悩まされるようになる。
▶前回：「ウワサは流したけれど、原因は“アナタ”でしょう？」開き直ったママ友が語る、女へのいら立ち
『あなたが誰だかわかりました。法的措置も視野に入れています。その前に一度きちんと2人で話したいので、金曜日の11時『ザ・ロビーラウンジ／ザ・リッツ・カールトン東京』に来てください』
麻紀はアンチコメントの中でもたちが悪く、訴えようと準備を進めていたアカウントの1つに直接DMを送ることにした。
相手の性格上、「法的措置」の言葉を入れることで、きっと無視はできないだろう。
― 今度こそ、あの人に間違いないはず。
緊張からか、指先の震えが止まらない。麻紀が予想していた人だとしたら、一体なぜこんなことをしたのか。そこがどうしても知りたかった。
正直、直接会うなんて「あなたのことが嫌いだから」と言われにいくようなもの。それでも、この件を終わらせるためには避けられない。
それから2、3日経っても、DMに対する返信は来なかった。もしかして見ていないのか、相手がこちらのアカウントをブロックしている可能性もある。
それでも麻紀は指定した金曜日、ザ・ロビーラウンジで予定通り待つことにした。家から離れた場所を選んだのは、最後に少しだけ残った麻紀なりの配慮だ。
すると、約束の時間から20分ほどして、“あの人物”がようやく現れた。
― あぁ、やっぱり…。
そこに現れたのは、長い髪を一つにまとめ、黒いミモレ丈のワンピースに薄化粧を施した彼女だった。
アンチコメントの犯人が語った、麻紀への憎しみとは…？
― そうかぁ…。
彼女がアンチコメントの犯人だと確信していたはずなのに、実際に顔を見ると妙な感情に襲われる。
安堵とあきれ、そして怒りが交差した複雑な気持ち。
― やっぱり陽菜さんだったのね…。
目の前にいるのは、無機質な文字からイメージした陰気な黒い怪物ではなく、麻紀となんら変わりのない1人の人間なのだ。
「…」
お互いに沈黙のまま向き合って座る。なんと言って切り出したものか、そう考えあぐねいていると、陽菜の方から先に口を割った。
「麻紀さん…ごめんなさい。なんでも言う通りにするから…。だから、夫には…夫と娘にだけは言わないで！」
「…」
第一声がそれなのか、と呆気にとられて言葉も出ない。だがまずは話を聞きたいと、麻紀は怒りを抑えてなんとか冷静さを保つ。
「旦那さんに言うかどうかはまだわからない。それよりもまず、話を聞かせて。やっぱり誹謗中傷コメントを書いたのは陽菜さんだったのね？でも、なぜ？」
陽菜はスカートに置いた手をぎゅっと握りしめながら、肩をわずかに震わせている。ネット上であれほど強気に麻紀のことを中傷していた人間と同一人物とは、とても思えない。
そうして彼女はポツポツと、これまでのことを話し始めた。
◆
南田陽菜、35歳
私の家は貧乏だった。
モラハラ気味の父は、稼いだお金のほとんどをお酒やギャンブルにつぎ込んだ。そのため、母はパートを3つも掛け持ちしてなんとか育ててくれたのだ。
母の口癖は「あんたはお金に苦労をしない人と結婚しなさい」だった。そんな母を、私はどこかで見下していた。
― 男を見る目がない、男に愛されないかわいそうな人。
そうして私は見た目に気を使い、一生懸命勉強もして、奨学金でなんとかそれなりの大学を出た。そして大手銀行に一般職として就職し、虎視眈々と出世頭の男を狙っていた。
夫の南田は同じ支店の上司で、仕事ができると評判だった。少し生真面目で面白みに欠けるところもあるが、塩顔で鼻筋が通った歌舞伎俳優のような顔立ちは私の好みだったし、何より出世コースに乗っていたところが決め手だった。
結婚が決まった時には、正直「勝った！」と思った。私は母のようにはならない、と。
結婚から数年は幸せいっぱいだったが、しばらくして問題が出てきた。
「おそらく子宮内膜症でしょう」
結婚4年目。いつまで経っても子どもができなかった私は、思い切って産婦人科へ相談に行く。そこで、私に子宮内膜症があることがわかった。
医者が言うには、必ずしも自然妊娠が難しいわけではないそうだ。だが、私は子宮筋腫も併発していて、治療をした方がいいとのことだった。
その辺りからか、夫が冷たくなったのは。
「あーあ、ハズレ引いちゃったよ」
陰で夫がお義母さんと電話でそんなことを話しているのを、偶然聞いてしまったのだ。
夫は優しい人だったが…実はモラハラ気味でもあった。自分が気に入らないことがあれば怒鳴るし無視もする。彼は人から「ありがとう」と言われるよりも、人に「ごめんなさい」と言わせたい人なんだと、結婚してしばらくたってからわかったのだ。
それでも治療に専念することで、私の体調は回復した。そして結婚6年目、待望の妊娠をし、結愛が生まれた。
― これで、きっと夫はまた愛してくれるはず…！
そう期待していた私に、夫は笑顔で言った。
「次は、男の子を産もうな」
彼のこの言葉は「一緒に頑張ろう」という意味ではない。「次こそは男の子を産めよ」という一種の命令だったのだ。
結婚後、夫の希望で仕事を辞めていた私だったが、すぐに仕事を探して娘を保育園に入れた。それは夫が出してくれない不妊治療の費用を稼ぐため。
医者から、今回は奇跡的に自然妊娠ができたが、2人目を自然妊娠するのは難しいかもしれない、と言われていたからだ。
なんとか契約社員として経理事務の仕事についたものの、夫は無関心。その上自分勝手に私を求めては、不妊治療に協力もしてくれない。
そんなとき、麻紀さんから妊娠の報告があった。
「実は、妊娠しているの」
その言葉は、私を一気に地獄へと突き落とした。
私が欲しくてたまらなかった男の子のママであり、しかも不妊治療のためなんかじゃなく、自分がやりたい仕事で成功している。
さらに麻紀さんの夫は、起業家として成功していながら保育園の送り迎えをしていて、家でも家事育児に積極的だという。私の夫とは雲泥の差だ。
そして何よりも許せなかったのは、彼女が妊娠報告をみんなの前でしたことだった。
陽菜が誹謗中傷の人物だとわかったきっかけとは？
「実は…次の子が欲しくて、病院で相談しているんだよね」
昔、麻紀さんの前でぽろっと話したことがある。その時は、彼女もこう言っていた。
「私も2人目が欲しくてタイミングを試しているけど、なかなかできないんだ…。いつか一緒に授かれるといいね！」
その言葉を聞いて、彼女とは仲間だと思っていた。
だから、麻紀さんだけは私の気持ちを誰よりも理解しているし、一番に気を使うべきだったのだ。
それなのに…みんなの前で発表されたら、私は自分の惨めな気持ちを隠して笑顔で祝福しなければならない。
― 幸せな人間は、平気で人を傷つける。
そんなことを言っている人がいた。今の麻紀さんはまさにそんな人間だ。
そこからだ。私が彼女への中傷が止まらなくなったのは。
◆
麻紀さんの妊娠発表があった夜、彼女の会社のSNSをのぞくと、そこには彼女へのアンチコメントが書かれていた。
『オーガニックとか、笑える。どうせ嘘でしょ』
― やっぱり、私以外にも彼女を嫌いな人はいるんだ。
そこで私もコメントを残してみた。すると、私のコメントに『イイね』がついたのだ。
初めは評価を書くことで、私が優位に立てた気になった。彼女よりも優れている、と。
そのうち、誰かから直接DMが来るようになった。そこには「気持ちわかります」という内容とともに、よその掲示板のURLが載っていたりした。
誰かが立ち上げた麻紀さんへの中傷ページ。調子に乗った私は、彼女の家の外観なんかを投稿したりした。
コメント欄を閉鎖されて鬱憤を晴らせなくなった時には、DMで誘導のように夫の寛人さんの会社のホームページのURLも送られてきた。
きっと私に『イイね』を押した人物だと思う。
そこからは麻紀さんにも寛人さんにも誹謗中傷を繰り返した。
本音はあの家族が壊れてしまえばいい、と思っていた。それほど私は自分を失っていたのだ。
『法的措置も視野に入れています』
その言葉でようやく目が覚めた。私は一体何をしていたのだろう、と。そしてこうも思った。一体どうして私だとバレたのだろう…。
◆
― そんな経緯があったなんて…。
陽菜のこれまでの話をすべて聞いた麻紀は、同情のような感情さえ湧いてきた。胸の中にあった怒りが若干収まり冷静さを取り戻した麻紀は、陽菜の疑問に答えた。
「陽菜さんだとわかったのは、あなたが言った『旦那さんの女性関係まで』っていう言葉」
前に寛人は、掲示板に「僕の不倫のことなんかも書かれていた」と言っていたが、それは彼の勘違いだった。実際には、寛人の会社へ宛てたメール内や麻紀へのDMの中にだけ書かれたもので、書いた本人以外はそのことを知るはずはなかったのだ。
「そう…余計なことを言っちゃったのね。結局、父と同じようなモラハラ夫を選んでしまった私は、何をしても幸せになんてなれないのね」
諦めたように肩を落とす陽菜に、麻紀は言った。
「でも、そんなに苦しんでいたなら、誹謗中傷じゃなくて相談してくれたらよかったのに…」
麻紀の言葉に陽菜はフッと鼻で笑う。
「そういうところが嫌いなの。私が愚痴を言っても麻紀さんは自分の愚痴は決して言わないし、いつも上から目線に感じてた」
「そんな…。私は愚痴を言うのが苦手なだけで、上にいるなんて思ったこともなかった」
しかしそんな麻紀の言葉など、彼女には届かない。そしてカバンから封筒を取り出すと、席から立ち上がってこう言った。
「これ、少ないかもしれないけど慰謝料。独身時代からの貯金がこれだけしかなくて…。今回のことはやりすぎたし反省してる、本当にごめんなさい。でも、家族にだけは言わないで」
50万円の現金が入った封筒をポンと雑にテーブルに置くと、陽菜はそのまま去って行ってしまったのだった。
▶前回：「ウワサは流したけれど、原因は“アナタ”でしょう？」開き直ったママ友が語る、女へのいら立ち
▶1話目はこちら：幸せな家庭と仕事を持つ完璧ママ。身に覚えのない誹謗中傷から始まる悪夢とは
▶︎NEXT：4月2日 土曜更新予定
ついに最終回。ママ友たちとの関係は？そして陽菜を焚きつけていた“ある人物”とは…？
