代々木上原在住のメディア女子が、アンチ被害を男性に相談するが…【都心5区の女たち Vol.2】
港区、千代田区、中央区、渋谷区、新宿区。
通称「都心5区」。このエリアは、東京でもずば抜けて不動産価値が高い。
日本の高級住宅街を抱えるこのエリアに住めるのはもちろん、“選ばれし者たち”のみ。
特に、人生のステージが変わってゆく女たちの欲望はいつも尽きない。男、仕事、年収、プライベートの成功を“すべて”手に入れたいと思っているのだ。
飽くなき欲求を内に秘めながら、白鳥のように美しくあろうと足元でもがき続ける彼女たちの生態とは？
File2. 優子、渋谷区在住。メディアに出る人間だから代々木上原に住む！
『今日は、プロデュースさせていただいている新商品の撮影！俳優の〇〇さんとご一緒させていただきました！情報公開できるようになったら詳細アップします！』
― さてと。インスタの投稿も終わったし、そろそろお風呂に入りますか。
優子は、日々の活動をInstagramに投稿するのが日課になっている。
新卒で入社した広告代理店を皮切りに、広告・マーケティング業界で順調にキャリアチェンジをしてきた。
その一方で、趣味と実益を兼ねたYouTubeやSNSに頻繁に出演。そのおかげで、優子のInstagramはフォロワー数が1万人を超えている。
そんな彼女の今の住まいは、渋谷区・代々木上原だ。
大学進学を機に山形から東京に引っ越した優子。上京当初こそ23区外に住んでいたが、徐々に都心へと住まいをアップグレードしていった。
― 周りも、そして自分もメディアに出る人間なのだから住む場所は大事。言って恥ずかしくない場所に住んでないと。
こんな価値観を持つ優子が代々木上原に住んでいる理由は、周りのメディア関係者が多く住むエリアであること。そして、誰から見ても恥ずかしくない場所ということだった。
そういった理由でこの場所を選んだが、いざ住み始めると閑静でありながらもオシャレなお店も多く、代々木上原という街をとても気に入っている。
ポール・シェリーのバスオイルを入れた湯舟につかりながら、優子はぼんやり考える。
― もっと、もっと目立ちたい。1人でも多くの人に認められたい。次は、何しようかな…。
そう考える優子には、揺るぎない“あるポリシー”があったのだった。
優子が考える“あるポリシー”とは、一体…？
優子の原点は、ある反発から…
優子のポリシー。
それは「とにかく目立つこと。そして、自分を多くの人に認識してもらうこと」だった。
広告代理店に就職して勤務する一方で、メディア露出の機会を逃すまいと執心しているのも「目立って認められたい、とにかく注目を集めたい」という一心からだった。
なぜ、優子がこんなにも目立つことに執心するのか。その理由は、優子の育った環境にあった。
◆
優子の出身は、山形県酒田市。
両親が地方公務員という家庭で育ち、高校までは地元の公立校に通っていた。
公務員という職業柄もあり、地域になじむ穏やかな性格の両親は、「堅実に生きる」ということを何よりも重んじていたのだ。
そんな両親のもとで、優子は小さい頃からこう言われて育ってきた。
「今のことだけでなく、将来のこともきちんと考えて進路を選びなさい。分をわきまえて、堅実に生きていきなさい」
しかし優子はというと、両親とは異なり小さい頃から人前に出ることが好きで好きでたまらないタイプだった。
例えば、保育園のお遊戯会や小学校の演劇会などでも「主役」に自ら手を挙げていたし、クラスでも中心グループに入ることを何よりこだわっていた。
そんな優子に、両親、特に母はことあるごとにこう言うのだった。
「優子って本当に目立ちたがりね。そんなに目立って、一体何がしたいの？」
「実力があるならいいけれど、自分のやるべきことをやっているのか、自分で考えたら？」
「堅実に」「分をわきまえる」「目立つな」
穏やかな口調でありながらも母親から何度も繰り返されるその言葉は、まるで呪文のようであり、優子を苦々しい思いにさせるのだった。
― 田舎も両親も本当にうんざり！絶対に東京の大学に合格して、自分の好きなように生きてみせる！
車がないと生活できないような田舎で育ったこと。堅実であることを強要する両親への反発。
「早く東京に出たい。華やかに生きたい」優子がそう考えるようになるのも、無理はなかった。
◆
「優子、大学は地元の山形大学に進みなさい」
大学受験の時には案の定、両親からこう言われたが、1日も早く山形から脱出したかった優子は東京の大学のみを受験した。
そして、大学進学を機に上京。
― もうこれで、両親からの呪縛から解き放たれたわ！これからは、自分の思った通りに生きるんだから。
優子は、元々の顔立ちやスタイルは十人並みだった。
しかし、メイクの研究やダイエットに励み「それっぽく、美人風に」自分を仕上げて、SNSで自分をうまく露出させていくのだった。
そんなセルフプロデュース力を武器に、今度はメディアでさらに有名になるべく業界での転職を果たした優子。
30歳にして、年収も1,000万円を超えた。世間一般から見たら、勝ち組であることは間違いない。
しかし…。
そんな優子に対して、徐々によからぬ声が聞こえてくるのだった。
◆
優子は、スマホの画面に浮かぶInstagramの通知をタップした。
『優子さんって、業界内の評判良くないですよー』
『また会社変わったんですか？まるで転職ロンダリングですね！ところで優子さんって、何か成果出したんですか？笑』
― またアンチからのコメントだわ。正直、ムカつく…。
悪意に満ちたコメントを見た優子は、思わず舌打ちしてしまった。
目立つ人間は往々にして嫌われることくらい理解している。
しかし、最近自分のInstagramで『転職ロンダリング』とコメントされることが多々あり、優子をいら立たせるのだった。
一方、転職した会社でも、裏でこう言われ始めていることに、優子は薄々気がついていた。
「あの子、確かにメディアには出ているけれど、実力は微妙なんじゃない？」
「ホント、何でああいう人を採用しちゃうんだろうね」
― あーぁ、何だかうまくいかないなぁ…。いつものバーで、愚痴でも聞いてもらおうっかな。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、優子は気心知れたメディア関係者がよく集まるバーに向かうのだった。
バーで少し愚痴を言っただけなのに、こんなことになるなんて…
『Yuko.T：金井さん、急なお誘いでごめんなさい。いつものバーでちょっとだけご一緒できませんか？仕事の相談に乗っていただきたくて…』
『Atsushi Kanai：お疲れー。俺ももうすぐしたら上がるから向かうよ。先に飲んで待っていてね』
優子は金井から来たLINEの返信を確認して、行きつけのバーに向かうためにタクシーに乗った。
LINEを送った金井は大手広告代理店のディレクターを務めている、業界の有名人だ。彼とは男女の関係ではないが、こうして軽く飲む時によく誘い合う仲だ。
「お疲れー。お待たせしてごめんね」
優子から20分ほど遅れて金井はバーに現れた。
「で、どうしたの？仕事の相談って」
乾杯を交わし、他愛もない話をした後に、金井が話を切り出した。
その言葉を優子は待っていましたとばかりに、澱のように心の奥底に溜まっていた愚痴を金井に吐き出しはじめた。
「最近、インスタにイヤなコメントが多いんですよ。私、色々と活動しているじゃないですか。
まぁ、自分の活動をアピールするためなんですけど、目立っちゃっているんですかね？人にコメントする暇があったら、自分も目立てばいいじゃないって思っちゃうんですよね」
愚痴を一通り聞いた金井は、優子にこう尋ねた。
「ところでさ『活動をアピールしている』って言うけれど、優子ちゃんは何をそんなにアピールしているの？」
― …？金井さん、何でそんなこと聞くのかしら…。
質問の意図がわからない優子に、金井はこう言った。
「質問を変えようか。何で優子ちゃん、そんなに目立ちたいって思うの？」
― なぜ目立ちたいって？この世界、目立つことが良いことに決まっているじゃない。この人は、一体何を言っているのかしら？
腑に落ちないでいる優子を横目に、金井は話し続けた。
「普通はさ、何か達成したいことがあって、そのために頑張る。そして、その結果で人に認められる。ときに目立つこともあるものだと、俺は思うけれど。
優子ちゃんは、一体何がしたいの？何か成し遂げたいことは、優子ちゃんにはあるの？」
― 成し遂げたいこと…？
金井の顔から目線を外し、カウンターの向かいに並ぶグラスに目をやりながら優子は考えた。
優子は「とにかく目立ちたい、他人に認められたい！」という気持ちだけで今まで行動していた。
しかし、その先に「何かを達成したい」と考えたことなど、ただの一度もない。
言ってしまえば、優子は自分が目立つことさえ叶えば、仕事は別に広告やマーケティング業界である必要はなかった。
金井の言葉によって、そのことに気づかされてしまったのだった。
黙る優子の気持ちを見透かしたかのように、金井は優しく、しかしきっぱりとこう言った。
「優子ちゃん、今日も相談というよりも、ただの愚痴だよね。自分が仕事を通じて達成したいことを、もう一度考えてみた方がいいんじゃないかな」
「……」
優子は金井に対して、答えに窮してしまう。2人の間に流れる沈黙の時間が、優子にはとても重い。
― 確かにセルフプロデュース力でそれなりに有名になったけれど、私は一体、何がしたかったんだろう。
そんな就職活動のような問いを、今さらされたことがただただ恥ずかしい。そして、何だか急に自分がとても薄っぺらい存在に思えてくるのだった。
「私が成し遂げたいこと、私が成し遂げたいこと…」
幼い頃からの反発から、目立つことに執着してきたが「自分が本当に成し遂げたいこと」に向き合わなければならない時が来たことを、ようやく理解した優子だった。
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