エリート夫婦の間に生まれた、平凡な子ども。成績を伸ばすために母親がとった異様な手段
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか？
▶前回：ある日忽然とTVから姿を消した、清純派女優。彼女がしでかした、とんでもない犯罪とは
阻止する女
おかしいのだ。
シュンタは私の子だというのに、勉強が全くできない。医者の夫と、弁理士の私の元に生まれた子だから遺伝子に間違いはないはずなのに…。
私は必死にその原因を探り…、1つの仮説にぶち当たった。
それは、同じクラスの田中ソウタくんだった。
田中ソウタと、田辺シュンタ。
似たような名前で、出席番号も隣。
勉強も運動も万能なソウタくんと、うちのシュンタは何かにつけて比べられることが多いらしい。
思い返してみれば、もともと社交的で活発だったシュンタは、彼と同じクラスになってから様子が変わったように思う。
「どうせ、僕はソウタくんには敵わないよ…」
そんなことを口癖のようにつぶやくようになり、卑屈になることが多くなった。きっと、ソウタくんに劣等感を覚えてしまっているのだろう。
…許せない。
私の可愛い可愛い息子の自尊心を奪うなんて。
…許されてたまるものですか。
ソウタくんには…、身の程をわきまえてもらわないと…。
自分の息子より優秀なソウタ君。彼にあらぬ嫉妬を抱いた、母親の狂気がいま…
◆
私は、子どもの頃から何でも器用にこなせた。
勉強や運動だけじゃない。手先も器用だったし、美術や音楽も得意だった。
でも、大した努力をした記憶はない。なせだかわからないけれど、とにかく何でも上手いことこなせてしまうのだ。
ちなみに、夫も幼い頃からそうだったという。
勉強でも、運動でも、何度も同じミスを繰り返す友人のことを、ずっと不思議に眺めていたという。
そんな私たちから生まれた、シュンタ。
優秀じゃないわけがない。
彼の秘める才能をできるだけ開花させてあげようと、幼い頃から様々な習い事をさせた。ピアノにヴァイオリン、英会話、水泳、リトミック、ミュージカル…。
でも、どれもダメだった。
絶望的に才能がないわけじゃないけれど、これといって秀でることもなく、本人がすぐに飽きてしまう。
何一つとして長続きしなかった。
でも、まあしょうがない。才能がないものを無理に続けさせる必要もない。…それに、芸術やスポーツで安定的に食べていくことは難しい。
勉強さえちゃんとできれば問題ないと、シュンタの習い事を学習塾だけに絞った。
…けれど、他の習い事と同じく、シュンタは勉強も得意ではなかった。
何度教えても、同じミスを繰り返す。何度叱っても、いくら勉強が人生において重要だということを説いても、まったくもって勉強に身が入らないのだ。
そして、小学6年生にあがり、シュンタはソウタくんと同じクラスになった。
その結果。これまではどうにか1日2時間は机に向かっていたというのに、6年生になった途端、全く勉強をしなくなってしまったのだ。
「勉強しなきゃ将来負け組になっちゃうよ！」
「もう、勉強いやだ！！」
「勉強しなきゃ、ちゃんとしたもの食べていけないのよ！」
「別にいいよ」
そんな押し問答が繰り広げられる毎日…。
中学受験を控えた、大事な時期だというのに…。
「どうして、こんな簡単な問題ができないのっ！？」
「僕はソウタくんみたいに、優秀じゃないんだよっ…」
吐き捨てるように放ったそのセリフに、シュンタの悲壮感が漂っていたような気がして、私はいてもたってもいられなくなってしまった。
ここで失敗したら、取り返しがつかないことになる。
ソウタくんには申し訳ないけど、私はある作戦を考えた。
可愛い自分の息子の自尊心を立て直すため、母親はある作戦を実行する…
『田中』という表札を目の前にして、私は驚いた。
どこぞのお坊ちゃまかと思っていたが、田中家はお世辞にも良家とは思えないおんぼろアパート。
拍子抜けしながらも、私はインターホンを押した。
「は〜い」
「6年3組で同じクラスの田辺シュンタの母です」
「あ、はぁ…」
出てきたのは、小綺麗な女性だった。
「いつもシュンタがお世話になっています」
「こちらこそ」
「シュンタ、ソウタくんととても仲良くさせて頂いているみたいで、ぜひソウタくんとうちで一緒に遊びたいと申してまして…」
「あら、そうなんですか！？うちの子、全然そういう話しなくて…」
「はい、もしご迷惑でなければ」
「ぜひぜひ、うちは構いませんよ。ソウタ〜」
ソウタくんの家はシングルマザー。働きにでる母親にとって、願ってもない話だったらしい。
それから、ソウタくんは定期的にうちに遊びにくるようになった。
◆
教育
まずはヒアリングから始めた。
「ソウタくんは、いつもおうちでどれくらい勉強しているの？」
「おうちで勉強？宿題やるくらいだよ」
― …宿題をやるだけ？シュンタは塾にまで行って、家庭教師までつけて、それでいて毎日2時間も勉強させているのに…？
「…ほ、本当にそれだけ？本当はもっと努力してるんじゃない？おばさんに、本当のこと教えてよ？」
「本当だよ。そんなこと隠す必要ないじゃん」
母親に似た大きく真ん丸な目が、不思議そうに私を眺める。
「…それも、そうね」
「うん」
それが、なぜだか私を無性に苛立たせる。
「そうだ。ソウタくん、何か欲しいものある？」
「ゲームが欲しい！お母さん、全然買ってくれないんだよね」
「そっか！わかった、じゃあ、おばさんが買ってあげよう！」
「え、いいの！？でも、お母さんにゲームはやっちゃダメって言われてるんだ…」
「お母さんが寝静まったあと、布団にもぐってこっそりやればいいんだよ」
「そっか！！」
目をらんらんと輝かせるソウタくんに、私は一筋の光を見出す。
「はい、これ。お母さんには絶対秘密だよ」
私はその翌週、スマートフォンと高音質のブルートゥースイヤホンをプレゼントした。
「これ、本当にもらっちゃっていいの？」
「もちろん、そんなに勉強を頑張ってるんだから、誰かがご褒美をあげないとね。でも、これは絶対にお母さんには内緒だよ。もし、壊れちゃったりなくしたりしたら、いつでもおばさんに言うんだよ」
嬉しそうにシュンタから遊び方を教わるソウタくんは、子どもらしい笑顔を輝かせた。
それからソウタくんは私に言われた通り、母親が寝静まったあと、布団をかぶって夜な夜なゲームに夢中になっていったようだ。
「最近ね、ソウタくん授業中に居眠りばっかりしてるんだよ」
シュンタが私に報告してきたのだ。
「そう」
なんでも器用にこなせてしまう地頭の良い子でも、授業で居眠りしてしまっては、成績も落ちるだろう。
いや、器用な子だからきっと、ゲームだって母親の目を盗んでプレイし続けるだろう。
…そして、きっと夢中になるはずだ。
― 夢中になってくれなくちゃ困る。取り返しがつかないくらい、夢中に…。
ソウタくんには悪いけど、私はあなたの将来より、シュンタの将来の方が大事なの。私の可愛いシュンタの自尊心を傷つけないでほしいの。
だからお願い、もっと、もっとのめりこんで頂戴ね。
ソウタくん。
▶前回：ある日忽然とTVから姿を消した、清純派女優。彼女がしでかした、とんでもない犯罪とは
▶Next：3月27日 日曜更新予定
次回：正社員に嫉妬した派遣社員が、夜の仕事で100万円を稼いで…
