「今日はタイミングなの」妊活中の妻が夫を誘っても…。仲が次第に冷えていくワケ
女にとって、33歳とは……。
32歳までの“20代の延長戦”が終わり、30代という現実に向き合い始める年齢だ。
結婚、キャリア、人間関係―
これは、33歳を意識する女たちが、それぞれの課題に向かって奮闘する2話完結の物語だ。
▶前回：夫のシャワー中、スマホを盗み見る32歳妻。見てしまった衝撃のLINE履歴とは…
33歳までに子どもが欲しかった女・葉山凛子（33歳）【前編】
2022年3月。
土曜日の夕方、大学時代のサークルの後輩である静佳から相談を受けた帰り道。
「いえいえ。私でよければいつでも連絡してね」
表参道の地下鉄入り口前で彼女と別れた後、私はなんとなくすぐに帰る気になれず、ぶらぶらと外苑方向に歩き始めた。
17時半の青山通りは、それなりに人通りが多い。大学生くらいの女の子たちや、流行のファッションに身を包んだ若いカップル。そして、左手の薬指に指輪をきらめかせて歩く、幸せそうな夫婦たち。
― 私と春樹にも、あんな時期があったのになあ…。
自分と同世代の夫婦を見かけると、幸福だった時を思い出して、胸がぎゅっと締め付けられる。
夫の春樹とは、3ヶ月ほど前から別居している。
外向きには「夫の女遊びに耐えられなくなった」ということにしているが、実際のところ、それだけが理由じゃなかった。
― もっと早く、お互いの考え方の違いに気づけていたら…。違う結末もあったのかな。
目的もなく歩きながら、夫と出会ってから今に至るまでの顛末を、私はぼんやりと思い返していた。
別居中の夫・春樹と出会った場所は…
2015年 シンガポール
春樹と知り合ったのは27歳の時。
慶應の経済学部を卒業して大手金融機関に就職した私は、入社4年目でシンガポール駐在を命じられる。配属先は海外M＆Aを手掛ける部門で、難しくもやりがいのある仕事に夢中になって取り組んだ。
勤務地はラッフルズプレイスの高層ビル。当時は毎朝オフィス近くのカフェに立ち寄り、カヤトーストを片手に新聞を読むのを日課にしていた。
そんな毎日が1年ほど続いた頃、春樹と出会う。
春樹は日系大手不動産会社から派遣された駐在員で、現地の開発プロジェクトに従事していた。
カフェで挨拶を交わすうちに時々ランチを共にする仲になる。
3つ年上の彼は仕事に対するプロ意識が高く、働く業界こそ違うものの、一緒に話すのは私にとって良い刺激になっていた。
爽やかな笑顔に、いかにも育ちのよさそうな雰囲気が漂っていた春樹。当然、彼女がいるものだと考えていた。だから恋愛に発展することなど想像もしなかったけれど、ある時彼から誘われたのだ。
「葉山さん。ランチもいいけど、今度は夜にお誘いしてもいいかな？」
彼氏のいない私に、断る理由なんてない。
日本で付き合っていた会社の同期とは駐在を機に別れてしまっていたし、赴任後は仕事づくめで、恋愛する余裕なんてなかった。だから久しぶりの恋の予感に、ものすごく浮足立った。
初めてのディナーデートは、クラークキーのイタリアン。風が気持ち良い夜、オープンテラスでリバービューを楽しみながら、初めて仕事以外の話をした。話題は尽きなくてあっという間に時間が過ぎる。
「この時間がずっと続けばいいのに」なんて思った。
それから何度かデートを重ね、私は晴れて春樹と付き合うことになる。シンガポールでの1年ほどの交際期間は、思い出すと少し泣けてしまうくらい、私の人生の中で最も幸せな時期だった。
今から思えば、異国の地での恋愛にハイになっていたのもあるかもしれない。
英語を流暢に話す春樹はカッコよく見えたし、頬をなでる南国の風や鼻をかすめるエキゾチックな香りは高揚感をかき立て、何もしていなくても気分は盛り上がった。
だからなのか……当時の私は、強く信じて疑わなかった。私は27歳にしてやっと、運命の相手と巡り会えたのだ、と。
2016年〜2019年 運命の人と結婚したものの…
28歳の時、3年の任期を終えて私は帰国した。
その半年後に春樹も帰任となる。
彼は日本に着いてすぐに、正式にプロポーズしてくれた。もちろん私はOKし、すぐに両親への挨拶を済ませて入籍したのだった。
しかし、新婚生活は少し落ち着かない形でスタートした。
私は丸の内の本店へ、春樹も大手町の本社配属となった。しかし、彼は海外事業部メンバーとして、出張を頻繁にこなさなければならない役回り。
行き先はシンガポールのほか、インドネシアやミャンマーなどで、月の半分家にいないこともざらだった。駐在時代はほとんど毎日一緒にいたから、寂しかった。
そんな日々が2年近く続き、私は30歳になっていた。
その頃、私の周りでは妊娠・出産する友人が増える。
友人を通じて赤ちゃんと触れ合う機会が重なると、自分の中で「母親になりたい」という願望が強くなっていく。できれば2人産みたい、35歳以上は高齢出産と言われているから、33歳までに1人目がほしい…そんな皮算用をするようになった。
すると次第に、夫がいない寂しさだけでなく、焦りも覚えるようになる。
― こんなすれ違い生活で、子どもなんて授かれるのかな…。
結婚生活にも慣れてきた当時、出張がちな春樹とは、夜の頻度も減っていた。「自然の流れに任せていても授かれない」と危惧した私は、彼が日本にいる時は、排卵日に合わせて夜に誘うことにする。
意図を話すと彼は理解してくれ、毎度、私の誘いにきちんと応えてくれたけれど…。なかなか妊娠はかなわなかった。
そんなある日。
いつものように彼が出張で不在の日、私はスマホでInstagramを眺めていた。そして、“あること”に気がついたのだ。
妊娠できないことに焦る凛子が、Instagramで見たものとは…
― あれ…？春樹、エリナたちと遊んでるんだ。
駐在時代に通っていたベリーダンス教室の友人・エリナ。彼女がInstagramに投稿した写真の中に、春樹の姿を見つける。
エリナは現地の航空会社で働くCAだ。
帰国子女の彼女は、東京の大学を卒業してすぐ、シンガポールに移り住んだらしい。
私より2つ年下だが在星歴は長く、交友関係も広く、春樹とも飲み友達だった。
だから、2人が一緒にいるのには違和感がなかったけれど…私が気になったのは、彼らがいる“場所”。
― 結婚してからは、ナイトアウトは控えていると思っていたのに…。
春樹はもともとクラブが大好きで、赴任前はよく六本木に繰り出していたらしい。
現地で私と付き合っていた時も、友人とちょくちょく足を運んでいたのは知っている。
ただ結婚してからはその様子はなく、彼のクラブ通いを内心快く思っていなかった私は安堵していた。
しかし…この日を境に、エリナのInstagramには度々、春樹が登場するようになった。エリナの同僚とみられる美女に囲まれ、シンガポールのナイトシーンを満喫する夫の様子に、私は不満をつのらせた。
― でもまあ、出張で疲れてる中、妊活にも協力してくれてるわけだし…。出張先でのストレス発散くらい、大目に見るべきなのかな。
これまで容認してきた以上、なんとなく言いづらい。
それに、ただでさえすれ違い生活の中、揉め事を起こすのも怖くて、耐える日々が続いた。
けれど数ヶ月後、そうも言っていられない事態が発生する。
「ごめん、出張帰りで疲れてるんだ。さすがに勘弁してくれないか」
「え…でも先月もそう言って、できなかったじゃない。お休みの日に誘っても、『疲れてるから今度』って…」
春樹から、夜の誘いを拒否されるようになったのだ。
2ヶ月連続で断られた私は愕然とした。それをきっかけに溜めこんできた不満が噴出し、涙ながらに「シンガポールで彼女ができたのではないか」と問い詰めた。
しかし彼は心底申し訳なさそうな表情で、言った。
「凛子、違うよ、浮気なんてしてない。ただ、息が詰まるんだ。毎月決まった日に必ず“する”っていうのが…自然じゃないだろ。なんだか、作業みたいでしんどいんだ」
だから気分が乗らず、どうしてもできないのだ、と彼は説明した。
本当にショックだった。
かつては――シンガポールで付き合っていた頃は、「毎日でも君と抱き合いたい」なんて言ってくれた彼が、今は気まずい顔で、私のことを抱きたくないと言う。女として、これほどプライドが傷つくことはなかった。
― でも…。彼がそう言うなら、仕方ないよね。排卵日はいったん忘れて、自然に任せるようにしよう。
それからは、彼と一緒にベッドに入るたびに、横にいる彼の様子をうかがった。
でも、考えれば考えるほどいつ誘うのが“自然”なのかわからなくなり、結局ほとんど自分から誘うことができないまま、私は31歳になっていた。
◆
気づけば私は、外苑前駅も通りすぎて、青山一丁目の交差点まで来てしまっていた。
― 今思うと31歳の時が一番つらかったかもしれないな…。
「33歳までに第一子を産みたい」という目標を掲げたものの、授かれない日々。
毎月訪れる女性のサインに絶望し、協力してくれない夫を恨めしく思った。春樹にまだ期待していた分、思うように動いてくれない彼にストレスを溜めていたのだ。
そこから考えてみれば、33歳になってしまった今の自分は、もう少し図太くなっているような気がする。
春樹とは別居して、離婚協議中。当然、妊活どころの話じゃないけれど、今は新しい人生に向けて、頑張るしかないと思っている。
― このビルの地下のお店、春樹と一緒に来たな…。
ふと、そびえ立つ青山ビルを見上げ、以前に彼とここを訪れたことを思い出す。
31歳の冬の日、「33歳までの出産」という自分の希望を彼に改めて伝え、理解してもらおうと、食事の中で彼に切り出した。
ただ、悲しいことに、春樹の反応は、私が期待していたものとは、まったく異なるものだったけれど。
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妊活への想いを改めて夫に伝える凛子。春樹の反応は…。
