保育園で悪いウワサを流され、息子がケガを…【悪いのは、アナタ vol.8】
愛しい我が子の育児と、やりがいのある仕事。
多忙ながらも充実した日々を送る、働くママたち。
…けれど、そんなキラキラした“ママ”たちの世界には、驚くほど深い嫉妬と闇がうずまいているのだ。
ある日、1人の幸せな女性に、得体の知れない悪意が忍び寄る―。
悪いのは、一体ダレ…？
◆これまでのあらすじ
幸せな日々を送っていた北山麻紀だったが、自身の会社のSNSへ届く誹謗中傷や保育園でのウワサに悩まされるようになる。
▶前回：「息子を傷つけるなんて絶対に許せない」悪口の犯人を突き止めた美人ママ。彼女の“怒りの決意”とは？
「今日は来てくれてありがとう。どうしても一度、きちんと話をしたかったの」
初めは話し合いを渋っていた恵だったが、麻紀の半ば強引な誘いに断りきれなかったのか、最終的に応じてくれた。
『Legato』で会うことにしたのは、開放感のある広い店内の方が、重たい話も切り出しやすいと思ったからだ。
「それで、今日話したかったことなんだけど…」
恵は先ほどから、眉間にしわを寄せてうつむき加減のまま、麻紀の目を一度も見ようとしない。きっと麻紀が何を言いたいのかわかっているのだろう。
「単刀直入に言うね。最近、海が『一緒に遊ぶと病気になる』って言われているらしいの。それで、そのウワサの出どころが恵さんと慶太くんだって聞いたの」
「………」
麻紀の言葉のあと、しばらく沈黙が続く。麻紀の知る恵なら、間違っている時にはっきりと否定するはずだ。黙っているということは、やはり何か心当たりがあるのだろうか。
彼女たちのどんよりとした空気とは裏腹に、窓の外では春めいた明るい日差しが、ビルの窓に反射して輝いている。麻紀はまぶしそうに目を細めて、窓の外に目線を外した。
そのとき、少しだけ緊張の糸がほどけたのか、恵は下を向いたまま、観念したようにゆっくりと口を開いた。
恵がずっと感じていた、麻紀へのいら立ちとは…？
「…ごめん…」
「…やっぱり恵さんだったの？でも、どうしてそんなことを…？」
覚悟していたとはいえ、友人であった恵がウワサを流した張本人だと認めたのはやはり悲しい。
ただ、彼女がどうして根拠のないウワサを流したのか、その理由が麻紀にはどうしてもわからなかった。
「慶太がそんなことを言ったのは、私のせい。私が他のママと話していたのを慶太が聞いちゃったんだと思う…。ウカツだった、本当にごめん」
「でも、何で？『海と遊ぶと病気になる』だなんて…」
残念な気持ちと怒りを何とかこらえながら、麻紀は冷静に聞き返した。
「それは…たまたま麻紀さんのSNSでの写真やコメント欄を見たのよ。そうしたらこのご時世なのにしょっちゅう夜に外食へ出かけたり、マスクを外して写っている写真が上がっているのを見て、麻紀さんの甘い考えに腹が立ったの。妊婦で小さい子どももいるのにって。
それに最近、くしゃみや鼻水の症状が出てる海くんを保育園に連れてきていたでしょう？この時期なのに信じられなくて…」
確かに恵は保守的で完璧主義なところがある。以前ランチをした時も、必要最低限しかマスクは外さず、なるべく人と距離を取っていた。
そんな彼女だからこそ麻紀の行動が軽率に映り、いつ自分の子どもにコロナをうつされるかと不安だったのだ。
でも、麻紀には彼女なりの理由があった。
「それは…海にはスギ花粉のアレルギーがあって、保育園には事前に言って許可をもらって連れて行ってるの。外食も記念日のときや落ち着いてきた時期にルールを守って行っていただけ」
恵の言葉に反論したが、彼女が言うように誤解されるような投稿をしてしまった点は、少なからず反省すべきだと麻紀は思い直した。
「でもそうだね…誤解されるようなことをしてしまった私にも非はある。不安にさせて、ごめん…」
「それにさ、この際だから言うけど、病気の海くんを病児保育に預けたりとか、可哀想じゃない？そういうところも正直、どうかと思ってた」
開き直ったのか、恵はズバズバと自分の考えをぶつけてくる。麻紀も彼女に負けまいと、自分の意見を率直に伝えた。
「それは、それぞれの家庭の考え方じゃない？私も家で面倒を見られる時には見ているけれど、仕事でどうしてもそうは行かない時があるのよ」
「仕事仕事って、私もフリーランスで仕事をしているからわかるけど、ある程度自分でセーブしないと際限ないよ？2人目生まれたらもっと大変だし。
もう少し子どものことを考えたら？お金に困っているわけでもないのに、仕事ばかりを優先していて、私には海くんが寂しそうに見えるよ」
つっけんどんに言う恵に、麻紀は腹が立ってきた。他人にどうしてここまで言われなければならないのだろう、と。しかし、ここである疑念が湧いてきたのだ。
「あのさ…、もしかして…。私のことを『育児放棄』ってSNSにコメントしたの、恵さん…？」
ずっと気になっていた、麻紀のことを『育児放棄』『子どもが可哀想』などとなじったコメント。どうして何も知らない人がそんなことを書くのだろう、と疑問に思っていたのだが、恵だとしたらつじつまが合う。
麻紀の真剣な表情に、恵は少し驚いたように目を見開いた。そして、冷めてしまった紅茶に口をつけたあと、ため息混じりにこう答えた。
麻紀はとうとう、アンチコメントの犯人を突き止める…！？
「さすがにそれは…私じゃないわよ」
「本当に…？恵さんじゃないの？」
きっぱりと否定する恵。彼女の性格からすると、ここまで話しておいて嘘はつかないだろう。
「確かに誤解して陰口を叩いてしまったことは悪いと思ってる。だけど、わざわざコメントで悪口を残そうとまでは思ってないよ」
「そう…」
てっきり恵が嫌がらせで書いたのだと考えていた麻紀は、少し安堵した。アンチコメントの犯人は、友人の恵ではなかったのだ。
その後も2人はお互いに子育てに対する価値観の違いを話し合った。いつしかそれは議論のようになり、白熱しながらも思っていることをすべて吐き出すことができたのだった。
初めは恵の態度に腹を立てていた麻紀だったが、彼女は彼女なりに真剣に育児と向き合っているのだとわかり、不思議と“母親”という同志だと感じられるようになっていた。
恵の方も同様に、麻紀への誤解が解けて本音を聞けたおかげで、彼女に抱いていた悪い感情が無くなったようだ。
「麻紀さん、本当に今回のことはごめんなさい。慶太の前で言ったことも、勝手に決めつけて陰口を叩いてしまったことも、本当に反省してる。あと、海くんの治療費は払うね」
「今度からは何か言いたいことがあれば、私に直接言ってね。海には私の方から言っておくから、もう慶太くんも海を避けないでね」
恵がしたことは簡単に許せることではない。けれども腹を割って話したせいか、どこか清々しく、これまで以上に恵を近くに感じられるようになっていた。
◆
恵との話し合いは良い方向に終わったが、麻紀にはいまだに疑問が残っている。
― 恵さんじゃないのなら、アンチコメントを書いた人は一体、誰…？
てっきり麻紀に近い人間だと思っていた。他のママ友だろうか…？それとも全然知らない人なのか…？
また振り出しに戻ってしまったように感じた麻紀は、いつまでこの件について考えなければならないのか、と肩を落とした。
コメント欄を閉鎖し、法的措置を検討していると伝えたことで、SNSでの誹謗中傷は一旦収まったかに見えた。だが、それでもしつこくTwitterなどで悪評を流す人がいるのだ。
麻紀が疲れた吐息を漏らしたとき、突如左手首が小さく震えた。身につけていたアップルウォッチを確認すると、寛人からのLINEだった。
『今日は帰りが遅くなりそうだから、先に食べてて』
最近の寛人は帰宅が早かったので珍しいなと思いながら、数週間前のことを回想する。
― 寛人が遅い日が続いたとき、お互いギクシャクしていたな。結局理由はアンチコメントだったけど…。彼の方には最近はもう来なくなったみたいだし、よかった…。
そのとき、麻紀の頭にある言葉が蘇った。
― 『パワハラ、技術盗用、不倫…』。あれって…。
嫌な予感が走る。慌てて麻紀は、パソコンに証拠として保存してあった過去のアンチコメントを貪るように読み返した。
そして、すべてに目を通した後に、ポツンとひと言つぶやいた。
「やっぱり…。これを書いた人は、きっと“あの人”だ…」
▶前回：「息子を傷つけるなんて絶対に許せない」悪口の犯人を突き止めた美人ママ。彼女の“怒りの決意”とは？
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ついにアンチコメントの犯人が明らかに。誹謗中傷をするに至った悲痛な思いとは？
