イケメン御曹司に結婚を決意させた地味女の意外な特技とは…？
恋に仕事に、友人との付き合い。
キラキラした生活を追い求めて東京で奮闘する女は、ときに疲れ切ってしまうこともある。
すべてから離れてリセットしたいとき。そんな1人の空白時間をあなたはどう過ごす？
▶前回：「先輩って、痛々しいよね」後輩の陰口がグサリ…。仕事一筋の独身アラフォー女が癒しを求めて向かった先
Vol.11 意中の彼を射止めた、私のリフレッシュ法
朝10時半。
ブラインドの隙間から漏れる日差しがまぶしくて、私は眠りから目を覚ました。
「はぁ…よく寝た〜」
「杏奈、おはよう。昨日はありがとう。両親もとても喜んでいたよ」
付き合っている彼、奏多との結婚を3ヶ月後に控え、昨日は彼の両親と何度目かの会食があった。
優しいご両親なのだが、やはり気は使う。自宅に戻ってからどっと疲れが出て、昨夜は倒れこむように眠ってしまった。
会食だけではない。ここ数日は仕事と結婚式の準備でとにかく忙しかった。
仕事は新しい案件と新人の教育係を一度に任され、気を抜けない日々が続いている。結婚式の方もドレスの仮縫いや、ゲストの方に失礼がないよう招待状やお料理のチェックなど細々した用事が結構ある。
彼と一緒に住む新居の準備にしても、内装を決め、オーダーしてある家具の搬入があり…と時間がいくらあっても足りないのだ。
そして、今日は数ヶ月ぶりに何も用事のない日曜日。
アラームに起こされることもなく、心ゆくまで睡眠をとった朝の気分は最高だ。
そう。私にとって、眠りとはすべてをリセットしてくれるもの。ベッドや寝具はそれを一層快適にしてくれる大切なもの。だから私の部屋のベッドはいつも美しく整えることを心がけている。
シーツはカトリーヌ・メミのリネンのものをローテーションで愛用し、一流ホテルのような清潔でシンプルなベッドが私の理想。
私は海外暮らしの長かった両親に、小さい頃から睡眠の大切さを教えられてきた。彼らによると、日本人は睡眠をおろそかにしすぎらしい。
そんなふうに育ってきたから、結婚したら仕事で忙しい彼のために、ゆっくり休んでもらえる居心地のよい家をつくりたいと思っている。
実は、奏多との出会いだって、睡眠第一主義があったからこそ、なのだ。
それは今から3年前のこと…。
幸せな結婚につながった、思いがけない彼との出会いとは
「杏奈、今週末暇？SFCの同級生たちが有休とって軽井沢に集まってるんだ。行かない？」
会社のカフェテリアで1人ランチをとっていると、同期の雛子が声をかけてきた。
「うーん…同級生でしょ？私だけ出身校が違うけど、いいの？」
あまり乗り気ではなかった私は、それとなく断ろうと思っていた。
「同級生って言っても私の彼を含めた男連中ばかりで、誰か女の子連れて遊びにおいでよって誘われたの」
雛子は大学時代から付き合っている彼がいて、別荘はその友達の誰かの持ち物なのだという。
「私と同じ部署の後輩のしおりも誘ったの。しおりは何度か会ったことあるじゃない？」
雛子はどうしても私を連れて行きたいようだが、私は合コンとかパーティーといった場があまり得意ではない。
でも、知らない人ばかりでもないし、久しぶりの遠出だ。軽井沢の別荘という素敵な響きにも惹かれる。
「うん、じゃあ行こうかな」と私は了承したのだった。
◆
雛子の運転で関越道をひた走り、途中寄り道をしながらの女子旅は意外に楽しかった。彼女は何度か遊びに行ったことがあるようで、慣れた様子で車は旧軽井沢に向かって行った。
寄り道ばかりしていたら、別荘に着いた時にはすでに夕方近く。
雛子の彼を含めた4人の男性たちがすでにビールを飲みながら、プロジェクターで映画を楽しんでいるところだった。
「いらっしゃい。せっかく来たんだから、楽しんでいってね」
そう言って出迎えてくれた奏多。
涼しげな目元に、すらっと長身。いかにも運動部という感じのマッチョなほかの3人とは違い、どことなく知性を感じさせるような人だと私は思った。
「え、なんか素敵…彼女いるのか知ってます？」
雛子の後輩のしおりちゃんが耳打ちしているのが聞こえる。彼に惹かれているのは私だけではないらしい。
「なんかおつまみでも作るよ」
早速雛子がキッチンに立ち、しおりもそれに従った。
一人暮らしの長い雛子はテキパキと思いつきで料理を作っていく。
しおりはというと、冷蔵庫にある食材をひとつひとつ確認してからリビングの方を振り返って明るく手を上げる。
「お料理教室で習ったカルパッチョ作りまーす！」
「いいねー！じゃあ、シャンパン開けようかな」と男性陣も盛り上がる。
「習っている」と前置きするあたり、女性の私から見てもしおりは可愛らしい。
今日一緒に過ごしてみても、彼女は美人で明るく、モテるだろうなぁと感じる。
一方、私はいたって普通だ。特別美人でもなければ、オシャレでもないから、合コンのような場ではたいがい引き立て役にまわってしまう。
料理を2人に任せきりで、私だけ何もしない…というわけにもいかないので、使ったグラスを洗い、ダイニングテーブルのセッティングを担当することにした。
ランナーやマットを敷き、カトラリーやプレートを並べ終えたところに、雛子たちが美しく盛り付けた料理を運んできた。
全員、適当に椅子に腰をかける。キッチン側に座った私の向かいには、たまたま奏多がいた。
「おしゃれで美味しそう！2人ともすごい。私、ついこの前まで実家暮らしだったから、料理全然できないのよね」
私が褒めると、彼女たちは「そんなことないよー」と謙遜した。
ヒラメのカルパッチョ、プロシュートのサラダ、からすみのパスタなど、2人の料理は見た目も素敵だったし、どれもとても美味しかった。
「雛子は確かに料理うまいけど、コイツんちの冷蔵庫の中身が高級だからっていうのもあるよな」
雛子の彼が隣の席の奏多をつつく。
そして、この別荘が彼の実家の持ち物で、お祖父様が文具で有名なメーカーの創始者だとバラされると、奏多は「つまんないこと喋るなよ」と遠慮がちに言った。
しおりが一瞬目を見開き、彼の方をチラ見したことに私は気づいていた。
テーブルの前菜をおおかた食べ尽くした頃、しおりが私に言う。
「杏奈さん、席代わりませんか？いま豚肉とビーンズを煮込み中なので、私、キッチンに近いほうがいいんです」と。
私はなんの思惑も感じず、しおりと席を変わったのだった。
軽井沢で会ったきり、と思っていた彼。東京に戻ると意外な出来事が
月曜日。
雛子の同級生たちともすっかり打ち解け、楽しかった軽井沢での週末から一転。今日は朝から大事な会議が入っている。
いつもより早い電車で会社に向かっていると、雛子からLINEが入った。
『杏奈、別荘にダイヤのピアス、忘れてない？ベッドテーブルの上に』
実はなにか忘れたような気がしていたのだ。
財布も携帯も、手帳も時計も手元にあり、きっと気のせいだろうと思っていたけれど、雛子のLINEでそれが父からプレゼントしてもらったピアスだ、とようやく気づいた。
『奏多の連絡先教えるから、取りに行って』
彼のLINEアカウントが送られてきた時、少しドキッとしたけれど、大事なピアスをそのままにするわけにもいかない。
連絡をとると、彼はすぐに返信をくれた。
『大事なものでしょ？預かっているから安心して』
『もしよかったら今夜どこかで』
私は成城学園に家があり、彼は代々木上原。お互い小田急線沿いに住んでいることがわかり、代々木八幡の『PATH』で落ち合うことになった。
◆
私が到着すると、すでに店で待っていた奏多は、グラスワインを飲みながら、静かに本を読んでいた。
「ごめんなさい。忙しいのにわざわざ来てもらって」
「いや、全然。僕の方こそ、もう一度会いたいと思っていたんだ」
そう即答した彼の言葉に思わず「えっ？」と聞き返してしまったが、この日は私の人生の中で驚くことばかりだった。
帰り際、彼はこう言ったのだ。
「あの、僕と付き合ってくれないかな」と。
私たちが帰った後、忘れ物に気づいた彼。その時、私の使っていたベッドがちゃんとベッドメイキングされていたことに感心したそうだ。
「君のベッドだけ、使っていないみたいだった」と私をじっと見る。
「料理ができないって言ったけど、料理なんて習えばできるようになる。でも寝室をきちんと整えられるって、ちゃんとした家庭で育ったんだなって思った」
彼からすれば、キッチンを2人に譲り、テーブルセッティングや片付けを率先していたことも好印象だったらしい。
あの日、しおりから「東京に戻ったら一緒に食事に」と誘われたらしいが、失礼のないように断ったとも言った。
「私でよかったら…」
こうして私と彼は、思いも寄らない形から始まり、3年間の交際を経て結婚することになったのだ。
◆
「さて、そろそろ起きようかな」
今日はこの部屋で過ごす残り少ない休日だ。
起き上がりベッドを整える。
ピローは4つ。フェザーは柔らかいから、眠っている間に頭の形に凹んでしまう。丁寧に元の形に戻して、右に2つ、左に2つ並べなおし、カバーのシワを伸ばす。
私のこだわりであり、私のリフレッシュのもと。
ピシッとベッドを整えて、今日も私の1日が始まった。
▶前回：「先輩って、痛々しいよね」後輩の陰口がグサリ…。仕事一筋の独身アラフォー女が癒しを求めて向かった先
▶NEXT：3月23日 水曜更新予定
ママ友ランチで愛想笑いの毎日に鬱屈した専業主婦。月に一度子どもを預けて変身する姿とは…
